3話
家に帰ると、アイガは部屋の中心にある小さなテーブルにケーキを並べる。
「おい、ほんとにそんな食えんのか?」
改めて見るケーキの量に情はもう一度聞く。
「うん。食べれる」
聞いたが、返って来た返事は同じものだった。情は「はぁ…」とため息をつきそうになったが、口を開けたその瞬間にもう一言付け足された。
「だって、あなたの分もあるから」
「……え?俺の?」
情は驚いた。まさか自分の分まで選んでいたなんて思いもしていなかったから。(まぁ、代金を払ったのは情ですが…。)
「うん。だって、夜ご飯食べてないでしょ?」
確かに大学から帰ってくる途中でアイガに出会ったので、夜ご飯はアイガの言う通りまだだった。
よく見ると座布団も向かい合って二人分、敷いてあった。
「じ、じゃあ、食べるわ。俺も」
少し照れくさそうにレシートをゴミ箱に入れながら答える情にアイガは微笑んだ。
「うん。お腹空いたから先食べるね」
「おい!そこは一緒に食べるんじゃねーのかよ!」
思わず情はアイガにツッコミを入れた。普通そこは、一緒に食べたいから早く座って?とかじゃないのかよ!と。
「うん。だって私お腹ペコペコ。いただきます」
ズッコケーと転げたくなる回答に情はおかしくなって笑う。
「あははっ、なんだそれ」
「……?」
アイガはフォークでパクッとケーキを口に含みながら「今、面白いとこあった?」という顔で不思議そうに情を見上げた。
「あー食った食った」
情とアイガはお腹が空いていた事もあって、あれだけあったケーキをペロリと平らげた。
手を組んで腕がひし形になるようにして、横になった情はその姿勢のまま時計を見上げた。時刻は間もなく午後7時になる。
「おい、そろそろ帰らないと親が心配するんじゃねーの?それか一人暮らしか?」
情は外が真っ暗になる前にアイガに家に帰るよう促す。
「……うん。そうだね」
「じゃあな、忘れ物するなよー」
情はヒラヒラと片手を上げて振る。その後に発せられるアイガの言葉も知らずに、実にテキトーなお見送りだ。
アイガは座布団に座りながら下を向いて少し迷った後、顔を上げて情に向けて言う。
「ねぇ、一ついいかな?」
「おん、なんだ?」
「私ね、家──────────無いの」
「い、家が無いだーーーーーーーっ!?」
情は予想していなかったアイガの言葉に思わず飛び起きる。
「家が無いってなんだ?家出でもしたのか?」
情とは相反して声色を変えずに、アイガは淡々と答える。
「ううん。家は元から無いの」
「元から……?一家でホームレスなのか?」
「ううん。家族も───────居ないの」
情は訳が分からなかった。まぁ、出会った場所も場所だったし、着ている服も、ケーキ屋を見た時も、まるで初めて見たかのような反応だったので普通では無さそうだと思っていたが…。
「おい、じゃあ今日お前どこで寝────」
「ここで寝させてほしい」
流石に否定されると思ったのかアイガは、ギュッと握った両手を太ももに置いて俯き言う。
「…………。」
「……。」
その言葉を境に沈黙が生まれる。流石の情も今の発言には驚いた。今まで女の子と遊んだり食事をした事はあっても、家に泊めた事は無かった。
どうするか、帰すにしても家が無いとは…。カプセルホテル代でも貸すか?——いや、そんな雑に追い出した所でその次の日はどうする…。というか、今まではどうしていたんだ……?見たところ手ぶらだ。財布も何も持っていなそうだ。
数分続いた壁掛け時計のカチカチという針の音が響く程の沈黙を破ったのは、またひし形になるように手を組んで枕にし、横になった情だった。
「あーあ。なんか今日は友達用の布団を敷いて床で寝たい気分だなー。歯ブラシも買っておいた二本目を開けたい気分だわー。まぁでも今日はいつもの使うけどー。風呂も湧いてからあえて一時間くらいした後に入るかー」
「……!」
アイガはその言葉に驚いて目をぱっちりと開け、オッドアイの目で真っ直ぐに情を見た。
「……いいの?」
「ん?あー、良いよ。たまたま今日はそういう気分だからな。さて、湧いてから一時間後に入りたいから風呂沸かして来るか」
情はそう言って扉を出て廊下に行った。
遠くから「い"で"っ」と言う、頭を洗面所の下の収納スペースにぶつけたであろう音と声が聞こえてくる。おそらくは『買っておいた二本目』の歯ブラシを取ろうとしたのだろう。
「ふふっ」
アイガは思わず笑みをこぼす。そして
「こういう時は、『ありがとう』……だね」
と、情には聞こえない位の声で呟いた。




