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2話

 「うわっ!何だ!?びっくりし──」

 そう声がして目を開け、体を起こして声がした方へ顔を向ける。そこには自分の事を不思議そうに、でも驚きながら見つめる見知らぬ男子大学生がいた。

 

 

「あなたは…だれ?」男子大学生に問いかける。

「俺か?俺は糸川(いとがわ) (じょう)。お前は…?」

 

 自分の記憶を思い出す。私の……名前?

——そうだ、私の名前は…。


少しの沈黙の後、あまり感情がないような一定のトーンの声色だったが、しっかりとした声で言う。

 

「私はアイガ。あなたが私を助けてくれたの?」

「あ、あぁ。それで君は──」


「ぐうぅぅ~」

 アイガは鳴ったお腹が恥ずかしくて目を見開いたまま固まった。時計の秒針がカチカチカチと三回ほど鳴った後、情が口を開いた。

 

「……お腹、空いてるのか。しゃーねー、俺料理は出来ねーし、そこのケーキ屋の甘い物でいいか?」

 

 アイガは頭だけ動かして頷く。

 

「りょーかい。んじゃ、ちょいと待ってろ。すぐ買ってくる」

 情はあぐらをしていた足をくずし、財布を持ってケーキ屋に向かおうとする。しかし、行く方向とは真逆に服がグッと引っ張られる感覚があった。

 何かに引っかかったのかと思い振り向くと、アイガが情の服の裾をちょこんと掴んでいた。

 

「なんだ、一緒に行くのか?」

 アイガは情の問いにコクンと頷いた。

 

「でもお前、怪我したまんまで行けんのかよ」

「……怪我?」

 アイガは言われて初めて自分の体に傷がある事に気がついた。

 

「救急箱はあるけど、俺あんまし手当の仕方とか分かんねーよ?」

「大丈夫。私出来る。慣れてるから」

 アイガはそう言った。

 

「…………?慣れるほど怪我してんのかお前?まぁいいや、じゃあ取ってくるな救急箱」

 情はそう言うとすぐそこのクローゼットの中から救急箱を取ってアイガに渡す。

 

「救急箱、クローゼットの中に閉まっているの?」

 アイガは救急箱のしまう場所に疑問を抱いていた。一般的には棚とか机とかにしまう物なのでは?と。

 

 情はそれを聞いて親指を立て、指さしして答える。

「あぁ、棚は見ての通り漫画が置いてあるし、俺あんま服とか興味なくてクローゼット空いてるし」

 

 確かによく見ると棚には漫画が並べてあって、情のクローゼットは数枚シャツやズボンがあるくらいで、半分以上はスカスカだった。

「とりあえず、早くケーキ屋行こうぜ。早くしないと無くなっちまうぞ」

「うん。分かった」

 

 アイガは本当に慣れた手つきで自分の体を手当てしていく。消毒をして腕に絆創膏、太ももにクルクルと包帯を巻いていった。

 服がコスプレの衣装のようなので、包帯などをしていても逆に馴染んでいるように見えてしまう。

 

「……終わったよ」

「んじゃ、行くか」

 

 アイガは情の後をついて行く。玄関を出て階段を下り、細い裏道のような路地を通っている時、アイガが口を開いた。

「私、どこに居たの?」

「ん?そこだよ。そこ。ゴミ箱の辺りに紛れてた」

「…………。」

 それを聞いてアイガは不安そうに下を向いて、自分のスカートをギュッと両手で掴んで見た。

 

 横目でチラリとそれを見ていた情は言う。

「大丈夫だよ。ゴミには紛れていねーよ。ただ、ゴミ箱の横に倒れていただけだ。ほら、閉まっちまう前にケーキ屋行くぞ」

 

 アイガは裏道を抜けると、珍しい物でも見るようにケーキ屋をじっと見つめた。そのケーキ屋は、良い意味で素朴で優しそうな雰囲気がしていて、外壁は上半分は青に白が少し混ざったような明るく淡い落ち着いた色で、下半分は薄茶色の木目が縦にある木で出来ていた。扉や窓は白色で、何となくアンティークな雰囲気があった。

 

 

「…これがケーキ屋?お人形遊びする時のドールハウスみたい」

「そうか?ケーキ屋って甘いもん売ってるし、こんな感じじゃね?」

 情はアイガの様子に少し違和感を抱きつつもケーキ屋の扉を開く。

 

 アイガもケーキ屋に入ると、その瞬間からフワッと優しくて甘い空気が全身を包む。

 一番目立つショーケースには、もう数が少なくなっているとはいえ、何種類かの色とりどりのケーキが並んでいた。

 

「わぁ、…綺麗」

 アイガは子供のように、ケーキのショーケースにハッキリと自分の顔が反射する程近くにしゃがんで、じーっとケーキを見つめる。

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

 アイガたちに気がついた清潔感のあるエプロンをした女性店員さんが奥の部屋から出てきて声をかける。

 

「あ、えーっと、おい、どれにするか決まったか?」

 情はアイガに問いかける。

「これと、これと、これと、これと、あとはこれ」

「おい、そんなに食えんのか?」

 アイガが選んだ中には、切り分けられていない丸いアップルパイもあったので思わず情はそう言ったが、アイガが食べれきれるかどうかよりも、どちらかと言えば正直、自分の財布の方が心配だった。

 

「うん。食べれる」

 しかしアイガは迷いなく答える。

 

 バイト代がこんな形で消えていくのは初めてだ。

 

「では、箱にお入れしますね」

 二人の会話を聞いていた女性店員さんは、少し大きめの箱にケーキを入れてお会計をする。

「合計で五点、4400円になります」

 情は財布からなけなしのお金を取り、レシートを受け取った。

 

「ありがとうございました。またお越しください」

 女性店員さんの声と共にケーキ屋の外に出ると、アイガはケーキ屋の白い箱を持ってルンルンで来た道を戻って行く。

 

「はぁ、俺のバイト代がぁ」

 情は軽くなった財布を見ながら置いたままだった自転車を回収して押し歩きながら、切ない気持ちになる。ただでさえ、家賃や光熱費などを自分で払っているのに……。仕送り無しの一人暮らし大学生アルバイターにとっての4400円は実に大きな金額だった。

 

 情がトボトボと自転車を押して歩いていると、前を上機嫌で歩いていたアイガが急にふと振り返って、ケーキの箱を持っている腕をピンと伸ばし、片手は持ち手、もう片方の手は底を支えて自分の顔が隠れる高さに持ち上げてこう言った。

 

「ケーキ、買ってくれてありがとうございます」

「お、おう。別にいいけど、随分と丁寧な言い方だな」

「……?違う言い方があるの?」

 

 アイガの聞いた事のない問いに、情は一瞬戸惑ったが

「まぁ、店員さんとお客さんとか、先生と生徒とかの関係じゃなければ、大体は『ありがとう』とかじゃないか?」

 

「……そっか」

 アイガはポツリとそう言うと、また踵を返してルンルンで情の家に戻って行った。情はそんなアイガに少し違和感を抱いたが特に何も言わず後に続く。

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