核戦争
やがて、地上の人間は全滅した。
虹の橋のふもとで新たな信者の到着を待つ必要のなくなったルシファーは、自らが作り上げた「天国」の玉座で、スワンプマンたちに囲まれながら、所在なげにくつろいでいた。
絶え間なく歌い、踊り、自分に対して熱烈な祈りを捧げる彼らの日常を眺める日々。だが、魂を持たぬスワンプマンの祈りは、いかに精巧であっても、あらかじめ入力された「演技」に過ぎない。ルシファーはその光景をいくら眺めても、微塵も心が動かなかった。
試しに子供を作らせてみたが、産まれてくるのはやはり、血の通わぬスワンプマンの赤子だ。感謝の言葉を聞かされても、乾いた心が潤うことはない。
意味もなく殺してみたが、スワンプマンたちはただ設定通りに恐れおののくだけで、反抗の意思を見せない。そのようにプログラムしたのは自分自身なのだ。なんの感情も起きなかった。
一向に拭い切れぬ虚しさ。ルシファーは、耐え難い「退屈」という猛毒に侵され始めていた。
《人間には、聖戦が必要だ……》
そう結論付けたルシファーは、選りすぐりのスワンプマンを呼びつけ、それぞれに異なる「神のお告げ」を耳打ちした。
するとどうだろう。耳打ちされたスワンプマンたちは、即座に**「我こそが真の預言者である」**と主張し合い、醜い口論を始めたではないか。
これは愉快だ。ルシファーはこの遊びに乗り遅れまいと、自分自身を三人の人間に分裂させ、それぞれが「最後の預言者」を名乗って煽り立てた。
天国は、瞬く間に混乱の極みに達した。誰の論理が自分をより強く肯定してくれるか。自らの親族は誰を信じているか。人々は異なる集団を形成し、互いを罵り合う。
ルシファーは争いを激化させるため、《異教徒は殺せ》と命じた。これを皮切りに凄惨な殺し合いが始まり、天国は一転して地獄へと塗り替えられる。
素手から道具へ、道具から武器へ。殺戮の手段はみるみるうちに研ぎ澄まされていった。
最期には、元は一つの存在であったことさえ忘れたルシファーの分身たちが、己の力を最大に出力し、世界を焼き尽くす核爆発を引き起こした。
その衝撃は、地下遺跡に潜伏するイザベルの民の元まで響き渡った。
《楽しい。もう一回やろう》
全てが灰塵に帰した世界を俯瞰し、ルシファーはご満悦だった。
再び蓮の花の浮島を浮かべ、そこにスワンプマンたちを産み落とす。――前戯となる、牧歌的な日々。彼らが家族を形成し、幸福を謳歌し始めた絶頂で、複数の預言者という「毒」を混入する。口論、そして《異教徒は殺せ》の合図で始まる武力衝突。結末は決まって、核爆発による全滅だ。
彼はこの悪趣味な再放送を、何度も、何度も繰り返して遊んだ。
始めの頃こそ、地下まで届く轟音に恐れおののいていた民も、やがて「またか……」と、定期的に繰り返される振動に慣れていった。
そんな中、レオンハルトだけは、ルシファーという存在の根底にある**『矛盾』**を冷静に見つめていた。
彼は頭の中に直接響いてくるルシファーの言葉を、余すことなく紙に書き残してきた。その膨大な記録から導き出された答えこそが、ルシファーの「自己崩壊」への鍵だった。
「『嗚呼……神よ……』と救いを求めておきながら、『私が神だ』と叫ぶ。奴は自分が救われる側なのか、救う側なのかさえ定まっていない。
『人間の罪は全て引き受けた。故に無罪だ』と言いながら、『異教徒は殺せ』と命じる。赦されたはずの人間を、殺すよう促している。
『聖地に集え』と言いながら、『聖戦が必要だ』と謳う。これでは集えばいいのか、争えばいいのか分からない。それとも聖地で争うことが聖戦なのか?そうならば、わざわざ聖地に赴く必要はない。争いなら、他の地でいくらでも行える。
そして定期的に響き渡る轟音。これは聖戦の結果、大規模な爆発を引き起こしているのだろう。
挙句の果てに、それを『楽しい』とのたまう。その悪趣味な感性も信じられないが、楽しいと言うからには、楽しくない時があることを意味している」
レオンハルトは、焚き火の傍らで仲間たちに告げた。
「間違いなく、奴は退屈している。そして、己の矛盾に耐えられなくなる時が必ず来る。その時こそが自己崩壊の始まりであり、奴が弱体化する唯一のタイミングだ」
「作戦は、弱り切ったところを叩く……そういうことか?」
カミロの問いに、レオンハルトは深く頷いた。
「本当にそんな都合よく弱ってくれるのかよ。楽観的すぎやしないか?」
「奴はご丁寧に、自分の内面を我々の頭の中に垂れ流している。独り言が弱音に変われば、私の考えが正しかったということになるな」
レオンハルトは視線をルカに向けた。
「ルカ。古代の装置に蓄えられた魔力で、私の矛を強化することはできるか?」
「できるけど……僕より魔力の質が高いフェンリルさんたちに研いでもらった方がいいんじゃないかな?」
「それでは、意味がないかもしれないんだ」
「……どういうこと?」
代わりに、フェンリルの王が答えた。
「ルカが『人間』だからじゃよ」
「奴は、人間が祈りによって生み出した神だ。ならば、その創造主たる人間の意志を込めた一撃こそが、神の力よりも深く、鋭く奴の存在を否定するだろう」




