ミルクの価値
~特別攻撃隊の紹介~
【レオンハルト】
辺境の小国、オルドヴィア王国の王子。魔王を討つため、特別攻撃隊を編成した。度が過ぎるほどの生真面目。
【グン】
レオンハルトに育てられたフェンリル(神獣の銀狼)の双子の兄。冷静沈着で自信家。
【カミロ】
騎士。故郷の村を魔族に蹂躙された過去を持つ。陽気で荒っぽい。
【ブリュー】
カミロに育てられたフェンリルの双子の弟。好奇心旺盛で無鉄砲。
【ルカ】
魔法使い。奴隷のように働かされていた採掘場から連れてこられた。温和で仲間思い。
山道を下る一行の前に、冬眠に失敗したのか、飢えて猛り狂った巨躯の熊が立ち塞がった。
「ちっ、手間をかけさせやがって!」
カミロが即座に矛を構え、飛びかかろうとする。だが、それを制したのはレオンハルトの冷徹な、しかしどこか見当違いな方向へ熱のこもった声だった。
「待て、カミロ。……これも貴重な実戦演習の一環だ」
「はぁ? 演習? 相手はただの熊ですよ!」
レオンハルトはカミロの抗議を無視し、顎で「陣形」を指示した。その視線は、背中のリュックで「キュ~」と間の抜けた声を上げる子フェンリルに向けられている。
「……見ているか。これが軍隊の歩法だ」
カミロが深いため息をつきながら左翼の位置につき、レオンハルトがその斜め後ろに重なる。二人は足並みを揃え、鏡合わせのような動きで左へと旋回し始めた。
「カミロ、歩幅が三センチ広い。円が歪むぞ。教育に悪い」
「王子、そんなこと気にしてる間に熊が来ますよ!」
襲いかかる熊に対し、二人は一糸乱れぬ動きで死角へ回り込み、カミロの牽制からレオンハルトの矛が喉元を正確に貫いた。無駄のない、あまりに事務的な処刑だった。
数時間後。仕留めた熊の肉を焼きながらキャンプを張っている最中、その「事件」は起きた。
リュックの中で赤子が「アン、アン」と切なげに鼻を鳴らし始めたのだ。
「……腹を空かせてやがる。だが王子、こいつらまだ肉は食えませんよ。ミルクだ」
カミロの言葉に、焚き火を囲む空気が凍りついた。一行が持つのは水と酒と血塗れの熊肉だけだ。
「あ、あの。明日には山を降りて町に着きますから」
ルカが腫れ上がった足をさすりながら、祈るように提案した。
「そこで買えばいいじゃないですか。一晩くらい、寝てれば……」
「……ダメだ」
レオンハルトが立ち上がった。その瞳には、かつて前線で撤退を拒んだ時と同じ、狂気的なまでの決意が宿っている。
「女王への誓いを忘れたか。『今この瞬間』、こいつらは空腹を訴えている。一晩の猶予など、誓いに対する明白な反逆だ」
「カミロさん、助けてください! 王子を止めて!」
ルカが縋り付くが、カミロは面倒そうに視線を逸らした。
「悪いなルカ。俺も誓っちまったんだよ。『俺の魂より大切にする』ってな。……お前は誓ってねえから、そんな悠長なことが言えるのさ」
結局、深夜。一行は松明を掲げて山を降り始めた。
「なんで……なんで僕が先頭で火を持たなきゃいけないんですか! 狙われるじゃないですか!」
半泣きで歩くルカに、背後のカミロが冷たく言い放つ。
「当たり前だろう。俺たちは『神の子』を背負ってるんだ。一番価値のないお前が灯り役をやるのは、軍事的な合理性に基づいた判断だ」
「ひどすぎる……っ!」
ガサリ、と横の茂みが揺れた。恐怖のあまり、ルカが悲鳴を上げながら振り返ろうとする。
「振り返るな!」
カミロの鋭い蹴りがルカの尻に飛んだ。
「陣形を崩すなと言ったはずだ。自分の役割を完遂しろ。お前のその醜態すら、この子らの教育に影響するんだ。王子は今、背中で『隊を守る殿の務め』を教えておられる最中なんだよ」
「……寝てますよ! この子、リュックの中で可愛く寝てますってば!」
「静かにしろ。集中力が削がれる」
レオンハルトは至って真剣だった。背中でスースーと寝息を立てる赤子の重みを感じながら、彼は「完璧な補給作戦」を遂行することだけを考えていた。
東の空が白み始めた頃。
泥だらけ、傷だらけ、そして精神的にボロボロになった一行の眼下に、ようやく小さな集落の灯りが見え始めた。




