極限の取捨選択
カミロとルカはメルカトリアの近衛兵たちに包囲されていた。先程の一件で逃げ出した元移民希望者たちが通報したのである。
「この忙しい時に、やってくれたな!貴様ら、やはり魔王軍の手先だったか!」
先頭の近衛兵が、剥き出しの敵意を向けて滲み寄ってくる。対するカミロは、吐き捨てるように鼻で笑った。
「なに訳の分からねぇこと言ってやがる。俺たちがいなけりゃ今頃、この国は存在すらしてねぇだろうが。寝言は寝て言え」
「……ならば、なぜ我が軍の兵を殺めた!」
「俺たちを侮辱したからだ。通報した奴らから聞いてないのか?」
「ここはメルカトリアの領内。我らにこそ裁く権利がある! 事情は後ほどゆっくり聞いてやる。おとなしく武器を捨てろ!」
「断る。――戦争だな」
素っ気なく答えた瞬間、カミロの体がコマのように回転した。一閃。最前列にいた近衛兵たちの胴体が、紙細工のように真っ二つに裂け、鮮血が石畳を染める。その圧倒的な力量差に、近衛兵たちは喉を鳴らして後ずさりした。だが、カミロは歩みを止めない。
「どうした? 戦争を吹っ掛けてきたのはお前らだろう。かかってこいよ」
カミロが鋭い突きの構えを取り、一歩踏み出そうとしたその瞬間――重厚な金属音が響き、矛と矛がかち合った。グンに跨るレオンハルトが、その間に割り込み、刃を止めたのである。
「今は人間同士で争っている場合ではないッ!」
レオンハルトはカミロを一喝し、そのままメルカトリアの近衛兵たちに向き直った。その瞳には、一国の王としての峻厳な光が宿っている。
「どうする? 我らイザベル共生領と戦争をするつもりか!? 今、この場で決断せよ!」
近衛兵たちは恐怖と意地の入り混じった血走った目でわなわなと震えるだけで、何も答えられない。無理もなかった。カミロの初撃で、裁量権を持つ隊長が瞬殺されており、現場の統制は既に崩壊していた。
「王子、無駄だ。行こう」
ブリューに跨りながら、カミロが促す。レオンハルトは近衛兵たちに鋭い睨みを効かせたまま、ルカが静かにブリューの背に飛び乗ったのを視界の端で見届けてから、号令を掛けた。
「行くぞ!」
次の瞬間、特別攻撃隊の姿は掻き消えるような速度で、近衛兵たちの視界から消え去った。
断末魔の叫びさえ許されない、青白いレーザー光線が交差する地獄絵図。
爆発し、燃え上がる自動歩兵機の残骸が戦場を埋め尽くしていた。メルカトリア側の自動歩兵機部隊は勇猛果敢に突き進むが、多脚の歪な形状をした魔王軍の機動部隊に包囲され、為す術なく蹂躙されていく。完全に物量で圧倒されていた。
レオンハルトたちは、その凄惨な光景を戦場傍の高地から見届けていた。この勢いでは、今夜中にも決着が付くだろう。だが、それよりも不気味な違和感が一同を支配していた。
「この最終局面に至っても、なぜ神々の軍勢は現れない……」
カミロの呟きが、皆の疑念を代弁していた。人間同士の戦争であれば、全軍出撃を控えるのは兵站や防衛戦力の温存といった理由がある。しかし、絶対的な力を誇る神々が静観し続けている理由は、そのどちらにも該当しそうになかった。
「王子、どうするの? メルカトリアを……助けないの?」
ルカが不安げに尋ねる。その問いに、レオンハルトは迷いなく答えた。
「もちろん人間は助ける。そのための特別攻撃隊だ。だが、人類が諸悪の根源であることが判明した今、助ける方法はこれまでと異なる……。我々は移民を募ることを継続する」
「でもよ、王子。もうメルカトリアもオルドヴィアも期待できねぇぜ」
カミロが当然の疑問をぶつける。レオンハルトは遠く燃える戦場を見つめたまま、静かに言葉を継いだ。
「子供だ。もう無理だと分かって、親が子供を我々に授けてきた時。あるいは子供自身が、親と心中することを拒んでいる時。その時は、力づくで引き剥がしてでも救出する。……だが、無理に親子を分かつことはしない。私は親子の心中を良しとは思わないが、両者が納得の上なのであれば、その意志は尊重する。獣より格上というプライドを捨てるくらいなら死んだ方がマシだという人間は、大勢いるだろう……。あるいは、大半がそうなのかもしれない」
「……人類全員が瀕死だから、救える見込みのある者を優先して救う。そういう方針、ということだね?」
ルカらしい、痛みを伴う解釈だった。レオンハルトは重く頷きを返す。そう、もはやこの戦争は、極限の取捨選択を強いられる段階にまで達しているのだ。
「そうと決まれば話は早い。どこから行く?」
「戦場の北、城塞の近辺に、少なからず村があったはずだ。そこからだ」
「急ごう」
身を隠すために伏せていたグンが力強く立ち上がると、皆もそれに続く。
一人でも多くの「明日を望む者」を救うため、特別攻撃隊は駆け出した。




