人間の罪②
女神を丸ごと包み込んだ巨大な翼が二人の人間の矛を、二頭の神獣の牙を跳ね返した。
翼に包み込まれたまま、ゆっくりと立ち上がると、重なった翼の隙間から血の涙を流し、悲愴に満ちた女神の顔が覗けた。
「お前たちは愛を軽んじているッ!!」
咆哮が響き渡った。だが、レオンハルトたちが猛追の手を緩めることはない。
背後から飛び掛ったブリューが片翼に牙と爪を立て、力尽くで下ろそうと食い下がる。女神はよろめきながらも、その場に踏みとどまった。
左回りで歩み寄るカミロの斜め後ろに潜むレオンハルトは静かに答えた。
「神と人間の違いは愛を知っているか否か……だったな……だったら教えてやるよ。人間が神に。愛とは何かを……」
「傲慢なッ!」
ソニックブームが爆ぜた瞬間、レオンハルトの姿が消えた。グンに攫われたのだ。弾丸として投げつけられたレオンハルトが空中を回転しながら放った矛の縦一線。硬い翼を裂くには至らないが、その衝撃が女神を揺らす。そこへブリューが渾身の力で食い下がり、とうとう女神の巨体を横に倒した。
すかさず頭上から襲い掛かったブリューの牙を間一髪、片翼で防ぐ。
露になった胸部に深く突き刺さった刃は、カミロの矛先だ。カミロが渾身の力でグッと奥まで押し込めば、女神がカミロの首を掴もうと手を伸ばす。
だが、掴みかけた瞬間、カミロの姿もまた消えた。同時に胸を引き裂かれて、鮮血が吹き上がる。矛を掴んだままのカミロをグンが攫ったのだ。
入れ替わるように、レオンハルトの矛が胸部を貫いた。柄を掴んで抵抗する女神を見下ろし、レオンハルトは言葉を重ねる。
「人は美を愛するのではない。愛した相手が美となる。故にグンとブリューは美の基準。故に世界で最も美しい者は誰か?という問いは、世界で誰が最もグンとブリューに似ているか?という問いに他ならない」
レオンハルトが前のめりに倒れ込んだ。それにブリューが覆い被さる。突然、女神の姿が消えたのだ。
正確には消えたのではない。女神は液体化して、するりとレオンハルトの股下をすり抜けた。みるみるうちに形作られた背中は、先程の面影もない、筋骨隆々とした恐竜と人間の合の子のような異形だった。レオンハルトたちの方に向き直った顔はまだ未完成なのか、焼きただれている。鼻骨のない穴、剥き出しの歯。そこから漏れる熱い煙。
再び音速の檻を築きながら、レオンハルトは続ける。
「神々が作りたもうた生物のなかでグンとブリューより美しい者は存在しない。過去にも未来にも存在し得ない。神の最高傑作、それがグンとブリュー。私がなにを言いたいか、分かるか?」
「神に説教を垂れるなど大概にしろッ!」
恐竜の神が怒号を飛ばすが、レオンハルトは臆さない。
「愛とは極論。極論こそが、この世界の唯一にして絶対の愛だッ!」
「黙れぇッ!」
恐竜の神が掌を翳すと、一帯に電撃が迸った。しかし電撃はレオンハルトたちを避けて、不自然に一点へと収束する。
雷魔法の広範囲攻撃に備えていたルカが磁力魔法で電流を誘導したのだ。ルカは誘導した雷を球状に丸め、高出力のレーザーとして送り返した。
こめかみを貫かれ、よろめく恐竜の神。
意識が戻ったとき、既にレオンハルトの姿はなかった。首に巻き付いたのは、鎧の脚。
恐竜の神の頭をがっちりと両脚で挟んだレオンハルトは勢いそのままにヘッドシザーズ・ホイップを敢行する。ただし投げ飛ばすのではない。頭を固定したまま鉄床に叩きつけ、重力で首の骨を後方へへし折る。
矛を鉄床に突き刺して支点にすれば、グンとブリューが胴体に噛みつき、反対側へ全力で食い下がった。
ミシリ、と嫌な音がして、神の頭部と胴体が分断される。
すぐさま液体化して逃れようとした神をルカが逃さない。拘束魔法で丸めて宙に浮かべ、火炎放射で一気に炙り立てる。
蒸発し、消えゆく間際。液体が歪な顔を形成し、呪詛のような断末魔を上げた。
「哀れな人間ども……滅びよオォォォォーー!!」




