人間の罪①
一条の銀光が廊下を、そして階段を駆け下りていく。
大地を抉る機能からして、基礎に近い下層の方が頑丈な造りのはずであり、魔王の部屋も当然そこにあるとレオンハルトは睨んでいた。
レオンハルトの読み通り、下層へ向かうほどに壁の強度は増し、漂う空気の「重圧」が肌を刺す。
廊下の先、遠方に現れた巨体の人影は――鳥の頭部に女性の裸体を持つ長身の天使、イクタァだ。
先頭のブリューが勢いのまま飛び掛った。イクタァは片手を翳してそれを空中で止める。強力な急ブレーキ。ブリューだけに結束魔法が掛けられた反動でカミロが後方に吹っ飛んで天井に叩き付けられる。立て続けにグンが飛び掛り、イクタァがもう一方の片手を翳した刹那、いつの間にかブリューから飛び降りていたルカが石床に掌を付けながら股下をすり抜けた。
水鉄砲ならぬ石鉄砲――。イクタの足元の石床が凹み、その分の体積が柱になって飛び出す。
後方に体勢を崩したイクタァの掌が標準からズレれれば、襲い掛かるのはレオンハルトの矛先だ。
イクタァの首が刎ね飛んだ。
転がる頭が向かった先でカミロが天井で磔になっている。矛は手放していない。落下しながら一刀両断。イクタァの頭を真っ二つに斬り裂いた。着地と同時に股を開いて膝を付き、片方ずつにオーバーハンドの拳骨。完膚なきまでに叩き潰す。
結束魔法の解けたブリューは頭を失ったイクタァの胴体に噛み付いている。イクタァの身体はオーバーハンドの拳骨をブリューの背中に叩き付けるが神獣の牙が一度捕らえた獲物を放すことはない。
ルカが雷魔法の槍で膝を一線。切り離して跪かせるが、それでもイクタァの身体はブリューの背中を叩き続ける。
急速転回で戻ってきたグンが頭のない首に噛み付き、縦に振って石床に叩き付ける。レオンハルトの矛先が心臓を一突きして抉り出し、壁に叩き付けて粉砕したところで、ようやく治まった。
二人目の神殺し。神が守る階層。レオンハルトの勘がここだと告げた。
「カミロ!この階だ!」
その掛け声で一斉に内側の壁を矛で切り裂くと、瓦解した壁の先に現れたのは、神話を物語る彫刻を壁に描いた荘厳な広間だった。大理石の床に水路が張り巡らされており、得体の知れない液体が一面を浅く覆い尽くしている。中央の噴水に座すトガを纏った女神と赤子のように抱かれた山羊角の悪魔――。二人は愛し合う恋人のように見つめ合い、侵入者など存在しないかのように自分たちの世界に浸っている。
この部屋に足を踏み入れてはいけない。レオンハルトの勘がそう告げていた。
矛で壁を破壊し尽くして回る。広間を丸裸にすれば、今度はルカが風魔法で足元に広がる得体の知れない液体を吹き上げ、大理石の床を破壊する。下に現れたのは、鉄床だ。ルカが掌を当てて検査し、レオンハルトに頷きを返してから一行は足を踏み入れる。
大理石の床も破壊し尽くして回った。グンとブリューが走り回れるよう、ルカが風魔法で瓦礫を外堀に追いやる。そうして残るは晒しになった鉄床の一面と、枯れた噴水だけとなった。
「ひとつ聞きたい。人間が神々に滅ぼされる理由はなんだ?人間はどんな罪を犯した?」
レオンハルトが問い掛けると、ようやく二人は顔を上げた。
しかしなにも言葉を発しない。張り詰めた沈黙だけが流れる。
「……答えぬか」
痺れを切らせたレオンハルトが矛を構えると、山羊角の悪魔がようやく口を開いた。
「なんだと思う?」
レオンハルトは構えを解き、思案した。
「理事国がなんらかの禁忌に触れたか、あるいは聖油発掘のための森林破壊……聖油そのものが禁忌か……」
山羊角の悪魔は冷めた表情のまま問い詰める。
「他に心当たりは?」
「戦争か……人間同士の領土を巡る醜い争い……」
レオンハルトがそれ以上なにも言えないのを見ると、山羊角の悪魔はくすりと笑った。
「そんなの、当事者だけを罰すればいいじゃないか。禁忌に触れたことが罪なら、禁忌に触れた者だけを罰すればいい。森林破壊が罪なら、森林破壊をした者だけを罰すればいい。戦争が罪なら、戦争に加担した者だけを罰すればいい。違うか?」
レオンハルトはその理屈に納得する。
「では、人間が全員、同じ罪を犯したということか?」
「そうだ」
山羊角の悪魔は即答し、そして立ち上がった。
「お前たち人間には更生の余地がない。慈悲深い神々に、そう判断されたんだ」
続けてトガを纏った女神も立ち上がる。レオンハルトがグンから静かに降りると、カミロとルカもブリューから降りた。即座に撹乱戦法だと理解する。グンとブリューが円を描いて加速を始めた。
鉄床を蹴る音が瞬く間にソニックブームへと変わり、音速の檻と化す。囚われた山羊角の悪魔と女神は背中を合わせて身構えるが、矛を構えたカミロとレオンハルトも歩み寄ってくる。
女神が二人の方をちらと確認した刹那、背中の感触が消えた。次の瞬間、無惨に首の千切れた山羊角の悪魔の亡き骸が叩き付けられる。一瞬の隙でフェンリルに攫われ、噛み殺され、投げ付けられたのだ。
女神は恋人の亡き骸を強く抱擁して屈み込み、泣き叫んだ。
「グオオオオオォォォーーーッ!!」
レオンハルトたちがその隙を逃すはずがない。一斉に飛び掛った。




