闘戦経について
【闘戦経】
【闘戦経】は平安時代(794年~1185年)末期、大江匡房(1041年~1111年)が著した(大江維時(888年~963年)とも言われている)現存53章から成る『武士道の基本』となる日本最古の兵法書である。
大江家は代々朝廷に仕え、また朝廷の書物を管理する家でもあり、大江匡房も幼少の頃から多くの書物に触れて育った。
其れらの書物の中に【孫子】があり、大江匡房は【孫子】の専門家でもあった。
だからこそ大江匡房は、【孫子】を後世に伝えることの危険性に気付いた。
【孫子】は『知略』『策略』『謀略』に重きを置いており、其の思想は日本の伝統や文化、時代背景とは大きく異なっていた。
「もし【孫子】を其のまま後世に伝え日本が其れを受け入れれば、日本は合従連衡の策を駆使した戦い方が主流となる。
そうなれば国の中で歪みが生じ、裏切りや対立が横行し、日本も何れ漢(中国)のように無秩序な世界に陥ることになるであろう」
大江匡房は、憂慮した。
「戦に於いて『知略』『策略』『謀略』は、ある程度必要ではあるが、其れに特化してはならない」
「策士策に溺れ、策により策が瓦解することになれば其れは無策となるだけでなく、其の策が却って仇となる可能性がある」
「『知略』『策略』『謀略』は人々を疑心暗鬼に陥らせ、懐疑的な世界をつくり、其の世界は何れ信頼関係を破綻させることになるであろう」
「信頼関係で成り立っている日本に、『詭弁』を弄する【孫子】の訓えは合わない」
「【孫子】の訓えを全て受け入れることは、何れ日本の脅威となる」
「【孫子】を伝え続ければ日本が日本でなくなり、日本人が日本人でなくなる」
大江匡房は【孫子】を学び、知り、気付いたからこそ、「本当に学ぶべきことは何か」「本当に伝えるべきことは何か」「取り返しのつかないことが起こる前に対処できることは何か」を考え、答えを導き出した。
そして後世の為に、【闘戦経】を書き遺した。
前九年の役(1050年~1062年)の後、勝利した源義家(1039年~1106年)は大江匡房から秘書である【孫子】と共に【闘戦経】を伝えられ、学んだ兵法を用いて後三年の役(1083年~1087年)で再び勝利を手にした。
大正以降の海軍兵学校や海軍大学校では、【闘戦経】が講義で使用されていた。
そして今も、【闘戦経】は伝えられている。
日本の戦い方は、昔も今も変わらない。
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【闘戦経】
〖第一章〗
我武在天地初 而一気両天地
如雛割卵
故我道萬物根元 百家権與也
〖第二章〗
此為一 彼為二
何以諭輪與翼
奈何者固蔕載華
信哉
天祖先以瓊鋒造馭矣
〖第三章〗
因心因気者未也
不因心不因気者未也
知不有知 慮不有慮
密識而化骨 化骨識矣
〖第四章〗
金知為金矣金
土知為土
則金為為金矣即
土為為土
爰知天地之道純一為宝矣
〖第五章〗
天以剛毅不傾
地以剛毅不堕
神以剛毅不滅
僊以剛毅不死
〖第六章〗
在胎而骨先成
在死而骨先残
天翁與地老以強為根
故李眞人曰 実其骨矣
〖第七章〗
有風払黄霜萎蒼
日南而無暖
仰観造化有断
知吾武在中也
〖第八章〗
漢文有詭譎
倭教説眞鋭
詭哉詭哉
鋭哉鋭哉
以狐捕狗乎
以狗捕狐乎
〖第九章〗
兵道者能戦而巳
〖第十章〗
先学仁乎
先学智乎
先学勇乎
壮年問道者失南北矣
先呑水乎
先求食乎
先取枕乎
百里而疲者奈彼是矣
〖第十一章〗
眼雖崇明 豈願三眼
指雖為用 豈為六指
善亦善者却非兵勝之術
〖第十二章〗
説死説生 不弁死與生
而忘死與生 而説死與生之地
〖第十三章〗
孫子十三篇 不免懼字也
〖第十四章〗
気者得容生 亡容存
草枯猶癒疾
四体未破而心先衰者 非天地之則也
〖第十五章〗
魚有鰭 蟹有足
倶在洋
曾以鰭為得乎 以足為得乎
〖第十六章〗
物之為根者五矣
曰陰陽
曰五行
曰天地
曰人倫
曰死生
故見其初之始者為
神神而為衆人舌者為聖
〖第十七章〗
軍者有進止而無奇正
〖第十八章〗
兵者用稜
〖第十九章〗
儒術死 謀略逃
見貞婦成石 未見謀士残骨
〖第二十章〗
将有胆軍無踵者善也
〖第二十一章〗
先得翼乎
先得足乎
先得觜乎
無觜者難全命
無翼者難遁締
無足難求食
嗚呼奈何乎我是
却生蝮蛇毒矣
〖第二十二章〗
疑則天地皆疑
不疑則万物皆不疑
唯随四体存没而万物用與捨矣
〖第二十三章〗
呉起書六篇 庶幾説於常
〖第二十四章〗
内臣為黄金不行
外臣為猶予不功
〖第二十五章〗
草木者懼霜而不懼雪矣
知懼威而不懼罰矣
〖第二十六章〗
視蛇捕蜈 多足乎不若無足矣
一心與一気兵勝之大根乎
〖第二十七章〗
可取倍可取
可捨倍可捨
鴟顧狐疑者智者不依
〖第二十八章〗
木火 石火 水亦火
五賊倶有火
火者太陽精 元神鋭也
故守而不堅 戦而見屈
困而降者 不在五行英気也
〖第二十九章〗
食而万事足 勝而仁義行
〖第三十章〗
小虫之有毒天性歟
以小勢討大敵亦然乎
〖第三十一章〗
鬼智亦智也 人智亦智也
鬼智出人智上有無
人智出鬼智上乎
〖第三十二章〗
戦国主者捨疑在益権
〖第三十三章〗
在手勿懐指
在口勿動舌
懐與動者将有災心者虎而為羊
〖第三十四章〗
知変為常知 怪為物與 造化若合夢矣
〖第三十五章〗
胎子以有胞 識造化護身也
〖第三十六章〗
瓢生葛 毒有蝮 芥子入須弥
天地之性豈謂少乎
〖第三十七章〗
先断脚下蛇 而重可制山中虎
〖第三十八章〗
玉珠湿潤者知乎
影在中
故智者可顧
炎火光明者勇乎
影在外
故勇者可進
是陰陽自然乎
以自然不為至道 至道亦何謂乎
〖第三十九章〗
鼓頭無仁義 刃先無常理
〖第四十章〗
得体得用者成得 用得体者変
先剛学兵者為勝主 学兵志剛者為敗将
〖第四十一章〗
亀鴻万年 終不成
螺祝子一朝能化
得與不得者夫天乎
〖第四十二章〗
龍騰大虚者勢也
鯉登龍門者力也
〖第四十三章〗
単兵急擒者 討毒尾矣
〖第四十四章〗
箭離弦者 討衆之善歟
〖第四十五章〗
知所以輪為輪則螂臂可伸
不知所以輪為輪則螂臂可折
然則智初而勇為終乎
昔人有作船者
或問曰
作帆後作楫乎 作楫後作帆乎
舟工擲鑿曰
子奚得渡洋海人乎
〖第四十六章〗
虫而飛解飛乎
蝉而知蟄乎
一物為二岐
得彼無是得是無彼
〖第四十七章〗
人張神気則勝
鬼張神気則恐
〖第四十八章〗
生水有甲有鱗
守者以固
生山者有角有牙
戦者以利
〖第四十九章〗
擲石撃衆者力也
放矢飲羽者術也
術却勝力矣
雖然兵術如草鞋
其足健而可着
豈為跛者所用乎
〖第五十章〗
化為龍致雲雨乎
化為虎懼百獣乎
化為狐為妖怪乎
為龍者威也
為虎者勇也
為狐者知也
威不久
勇易缺
知無実
故古人不頼威 不頼勇 不頼知也
〖第五十一章〗
斗向背 磁指子者天道乎
〖第五十二章〗
兵本在杜禍患
〖第五十三章〗
用兵神妙不堕虚無也
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【孫子】には、『心』が無い。
極めて『唯物的』である。
一方、【闘戦経】は『唯物的』且つ『唯心的』である。
【闘戦経】は『知』『智』『勇』『力』『正』『誠』『心』『信』を重んじ、戦いの先を見据えた戦い方を目指した。
先を読み、先を知り、先を創造する為の戦いを念頭に置いていた。
故に【闘戦経】は、【孫子】のように勝つことのみを目的とし、『知略』『策略』『謀略』を巡らす戦い方を勧める書物とは全くの別物である。
日本の先人達は【孫子】を読んで『兵法』の基礎を学びながらも、日本の伝統・文化・歴史・民俗・背景・場所・環境に鑑みた戦法を『選択』『選別』してきた。
日本の先人達は大江匡房のように多くのものの中から日本や日本人に『合うもの』『良質なもの』を日本に入れ、『合わないもの』『悪質なもの』を日本に入れないよう、常に取捨選択して今まで日本と日本人を守ってきた。
中国文化のみならず外来文化なら何でも取り入れ、無節操に受け入れようとする風潮が高まった時、日本の先人達は危機感を持って都度拒絶してきた。
日本が誤った方向へ進もうとする時、先人達は事前に其れを防ぎ、何らかの形で軌道修正してきた。
『鎖国』も同様である。
『鎖国』は、日本に於ける身分制度や伝統文化の崩壊、キリスト教を通した他国の侵略、日本人奴隷の海外での人身売買を防ぐ為に行われたものである。
先人達は、意味も無くキリスト教の流入を禁止したのではない。
『鎖国』をしていたからこそ、日本の伝統文化や日本人は守られた。
ただ『鎖国』とはいっても、オランダや中国とは貿易を続けていた。
日本は門扉を狭めてはいたが完全に入り口を閉じることはなく、新しい文化も適宜取り入れていた。
元々、日本人は好奇心旺盛で、多くのものを取り入れ、尊重し、融合し、原物を日本や日本人に『合うもの』に変え、原物よりも優れたものを創ることが得意な民族である。
但し日本に入って来たものは、日本に入ることを日本によって許され、選ばれた、僅かな素晴らしいものに限定していた。
全てが素晴らしいものであったとは言えないかもしれないが、そうやって日本の先人達は日本や日本人に『合わないもの』『悪質なもの』は受け入れず、『合うもの』『良質なもの』を受け入れて『新しいもの』を生み出してきた。
キリスト教を布教しに来た宣教師の中には勿論、純粋に人々を救う為に日本に渡ってきた者もいたであろう。
しかしキリスト教を隠れ蓑にして日本人をキリスト教徒に改宗、つまり日本の精神や民族を置き換えて、日本を内側から少しずつ侵食し、人々を対立させて国の分断を煽り、最終的に日本をキリスト教の支配下に置こうと画策した者達も少なからずいた。
此れは、謂わば宗教を通した『人口侵略』である。
『人口侵略』は、戦わずして静かに国を乗っ取ることが出来る。
互いを知る為には先ず互いを受け入れ、知ろうとしなければならない。
但し、人が『何か』を求め、『何か』を受け入れ、『何か』を与える時は、『其れ』が相手の『善意』からのものなのか、其れとも『悪意』からのものなのかを見極める必要がある。
見極めた後、『合うもの』『良質なもの』は受け入れ、『合わないもの』『悪質なもの』は拒み、『合わせられるもの』は合わせるという、『選択』と『選別』をしなければならない。
全てを見境なく否定してはならないが、全てを無条件に受け入れてもならない。
其れが、互いにとって良い『選択』なのである。
其れが互いを尊重し、信頼関係を構築する為に必要なことである。
一方が『合わない』と感じれば、他方も『合わない』と感じるはずである。
其れでも『合わない』『合わせない』『合わせようとしない』ものが強引に押し入ろうとするのであれば、其れには何らかの意図があると考えた方が良い。
否定せず、全てのものを出来得る限り受け入れようとする日本の寛容さはとても美しいことではあるが、其れが悪意ある者達に利用されることがある。
悪用を許し続ければ、必ず増長する。
日本にとって『合わないもの』『悪質なもの』を無理をして受け入れ続ければ、少しずつ日本社会は破壊されていく。
日本の『良質なもの』を残し、守り、悪用されないようにする為には、絶対的な規則や条例、法律の制定と遵守、罰則が必要である。
人によって様々ではあるが、日本人は『個』の為だけに生きる民族ではない。
日本人は今まで『個』と『他』、両方の為に生きてきた。
だから、『個』の為だけに生きる人間とは相容れない。
『個』の為だけに生きる人間と『共に生きる』など、其のような言葉は美辞麗句に過ぎない。
気候・風土など環境的背景、文化・伝統・慣習など歴史的背景が異なれば、必ず『合わないもの』が存在する。
『合わないもの』は、『合わない』。
無理矢理『合わせる』ことによって秩序が乱れるのであれば、合わせる必要も、受け入れる必要も無い。
全てを統一する必要もない。
抑々、異なるものを統一することなど出来はしない。
結局『何か』を優遇し、『何か』を冷遇することになる。
其れは必ず、軋轢を生む。
それぞれの国には、それぞれの国に『合うもの』がある。
それぞれの国には、其処に古くから住んでいる人達が今まで生み育て守り続けてきたものがあり、其れは其の土地に根付いた其の国『独自・固有のもの』である。
もし其の国に『合わないもの』が大量に入って来れば、多くの『独自・固有のもの』は『合わないもの』に塗り替えられることになるであろう。
其の国が受け入れようとするものが其の国に『合わないもの』であれば、其の国は『合わないもの』を断じて受け入れてはならない。
其の国に『合わないもの』を受け入れ続ければ、見えないところで少しずつ『独自・固有のもの』が『合わないもの』に侵され、全てのものが『合わないもの』に置き換えられ、何れ其の国も其処に古くから住む人々も衰亡するであろう。
故に自分の国に『何か』を受け入れる際には、細心の注意を払う必要がある。
判断を誤れば、取り返しのつかないことになる。
失ったものを取り戻すことは極めて難しい、若しくは出来ないと考えた方が良い。
自分の国には今『欲しいもの』が『不足している』から他国から『何か』を大量に受け入れようとすることは、とても危険なことである。
『不足しているもの』を『量』で補うなど、愚かな行為である。
『良質』であるなら良いが、『悪質』なものを大量に受け入れれば、元々あった『良質』なものが『悪質』なものによって蝕まれ、『良質』なものは少しずつ『悪質』なものへと変容し、何れ『良質』なものは消滅することになる。
『不足している』からと言って、『量』で補ってはならない。
『量』で補うのではなく、『質』を高めた方が国は豊かになる。
其れは、日本に於いても同様である。
日本に『不足しているもの』を補う為に『何か』を受け入れる際は、「日本や日本人に合っているかどうか」「受け入れることは日本の為になるかどうか」「受け入れることによる損益は何か」「本当に受け入れるべきものであるかどうか」を『選択』『選別』しなければならない。
『合っているかもしれない』などという曖昧な判断をして例外を認めれば何れ法は瓦解し、秩序が乱れるきっかけとなる。
『選択』『選別』は、断じて誤ってはならない。
そして『選択』『選別』した結果『合うもの』『良質なもの』だけは受け入れ、其れらを日本や日本人に合わせ、其れを以て日本の『不足しているもの』に充てれば良い。
其れとは別の『不足しているもの』は、今『有るもの』そして『有るもの』を改善・改良・向上して補えば良いことである。
現在とは状況も環境も異なるが、江戸時代は少ない人数や物で全てを賄っていた。
我慢できることは我慢し、必要以上に求めず、『不足しているもの』は『有るもの』で補っていた。
不足していたからこそ、日本人は「どうすれば補えるのか」「何が必要なのか」「此れを試してみよう」「此れを代わりにしてはどうだろうか」「此の部分を変えれば使えるのではないか」と、試行錯誤を繰り返して多くのものを生成して困難を乗り越えてきた。
そうやって人や文化が発展し、技術革新が進んだ。
不足しているなりに、『発展』『革新』した。
不足していたからこそ、『発展』『革新』した。
不足している時を、今までを見つめなおす『良い機会』と捉え、今まで出来なかった『発展』『革新』を進めていけば良い。
『不足しているもの』は、知恵と知識と技術で補えば良い。
『不足しているもの』は、皆で協力して創れば良い。
出来得る限りのことをすれば、出来ないことはない。
自分の心得次第で、どうとでも出来る。
人口が減少すれば、『何か』で対応しなければならない。
しかし人口増減は、昔から幾度となくあった。
自然災害や食糧不足による『天災』や戦や悪政による『人災』など、様々な要因で人口増減は繰り返されてきた。
つまり増えたものが減るには原因があり、減っても増える方法があるということである。
人口増減の根本的原因を追究し、どのような対策を講じ、どのように克服し、どのように乗り越えたのかは、今までの『歴史』を遡れば見えてくるものがある。
打開策や解決策は、『歴史』の中にある。
日本と日本人は、様々なところで先人達に守られてきた。
そして『今』も、私達は先人達が遺してくれたものに守られている。
否定しようとも、其れが『事実』である。
『今』を生きる私達には、『守られてきたもの』『守ってきたもの』を未来へと繋げる『責務』と『役割』がある。
だから『今』を生きる私達も先人達と同様、後世の人々の為に『今』を守り、『今』を伝えなければならない。
もし『今』、窮地に陥っているのならば
『何が起こったのか』
『原因は何か』
『どう対応したのか』
『何を必要としたのか』
『どう感じたのか』
『何を思ったのか』
『今後どうすれば良いのか』
『何を残すべきか』
『何を伝えるべきか』
を先人達と同様に、後世の人々の為に『歴史』として残さなければならない。
先人達も、『成功』と『過ち』を繰り返してきた。
しかし『成功』は『成功』のまま、『過ち』は『過ち』のままにしたのではない。
『成功』と『過ち』を、次の『成功』の為の糧とした。
後世の人々が自分達と同じ『過ち』を繰り返さない為に、『成功』は教訓とし、『過ち』は戒めとして、其の『歴史』を遺した。
そして其の『歴史』を受け継いだ人々が先人達の『成功』を手掛かりとし、更なる『成功』へと導いた。
其の『歴史』を受け継いだ人々が、先人達の『過ち』から学び、生かし、嘗ての先人達の『過ち』を『成功』へと変えた。
其の繰り返しである。
何十年、何百年、何千年、其の先も、『歴史』は繋がり続けてきた。
其の『歴史』を無駄にしてはならない。
其の『歴史』を途絶えさせてはならない。
先人達の気質は、『今』の日本にも日本人にも受け継がれている。
だから、先人達と同様のことが『今』の日本や日本人に出来ないわけがない。
必ず成し遂げることが出来る。
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〖参考文献〗
大江匡房 家村和幸 編著 『闘戦経』(2011年)並木書房
浅野裕一 『孫子』 (1997年)講談社




