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【ウィズ】遺光

 どれほどの時間が経っただろうか。


 彼の悲しみが痛いほど伝わってくる。私も、同じだったから。チョビ助とカナンを失った日、私は何もかもを呪った。あの時の私と、今の彼は、何が違うというのだろう。


(黄色いガーベラ……。そういえば、昔読んだ花の本に書いてあった。確か、花言葉は……『究極の愛』。……リーリエさん、あなたはずっと、彼を愛していたんだね)


 意を決し、私は一歩を踏み出す。


「ノーチス……」


 私がそっと名を呼ぶと、彼はゆっくりとこちらを見た。その黄金の瞳は、憎しみでも狂信でもなく、全てを失った深い悲しみと……そして、微かな光を宿していた。


「リーリエは、あなたを憎んでなんかいなかった。ただ、あなたを……愛していた」


「……愛……だと……?」


 ノーチスの声は、ひどく掠れていた。


「愛しているなら、なぜ逝った!なぜ我を置いていく!これでは、あの時と同じではないか……!」


「違うよ、ノーチス」


私は、彼の前に静かに膝をついた。


「リーリエは、あなたを置いていったんじゃない。あなたに『光』を遺したんだ。『あなた自身が、いつか誰かの光となりますように』って……。その想いを受け取ったから、私はここにいる」


「……我自身が……光に……?」


「私にも、護れなかった命がある。自分の無力さに絶望して、命も捨てた。でも、この世界に来て、アリーを護りたいと思った。あなたとリーリエを救いたいと思った。……リーリエは、あなたにもう一度、『護る者』に戻ってほしかったんだと思う」


 私の言葉に、ノーチスは何も答えない。ただ、その手の中にあるガーベラを、壊れ物を扱うように、そっと顔に寄せた。その花弁に、彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。


 やがて彼は、その花を胸に抱き、ふらつく足で立ち上がる。そして、崩れた大樹の残骸……かつてリーリエの聖域だった場所の中心へと歩み寄った。


 ノーチスは、大樹の最も太い根が残る場所に膝をつくと、まるで赤子を寝かしつけるかのように、優しくガーベラを植えた。


 彼がそっと手を触れると、ガーベラはリーリエの光に応えるように、淡く、温かい輝きを放ち始めた。その光は、崩れた大樹の残骸を伝い、傷ついた森全体へと広がっていく。


「我は、ここでリーリエと共に生きる。彼女が愛したこの森を……そして、彼女がその身を賭して遺したこの光を、今度こそ我が護り続ける」


 それは、贖罪の誓いだった。


 彼の瞳からはもう、涙は零れていなかった。ただ、森の守護者としての、静かで力強い決意だけが宿っている。


 ステラが、私を見上げて呟いた。


「……ミナ。ボクも、分かったキュ。リーリエが教えてくれたキュ。救うって、奪うことじゃない、紡ぐことなんだキュ。」


「うん。私たちも、行こう。私たちのやるべきことを」


 私は、その小さな頭を優しく撫でた。


 ふと、アリーがノーチスの元へ駆け寄った。そして、深々と頭を下げる。


「……ノーチスさん。ありがとう。……リーリエさんのこと、あなたのこと、私、忘れない」


 ノーチスは驚いたように目を見開いたが、やがて、アリーの頭にそっとその大きな手を置いた。


「……ああ。強く、生きろ」


 ノーチスは、もう私たちを振り返らなかった。ただ、愛おしそうにガーベラに寄り添っている。


 私たちは、その背中に静かに別れを告げ、森を後にした。



 全てを失い、死を選んだ私。

 歪んだ救済しか知らなかった、ステラ。

 全てを奪われ、花にされた、アリー。

 不完全で、傷だらけの私たちだったけれど。


 アリーの小さな手を引き、ステラを肩に乗せ、朝日の中を歩き出す。私の二度目の人生は、無駄じゃなかった。

 リーリエが遺した光と、ステラが紡ぐ新たな律、そしてアリーがくれる温もりを胸に、私たちの本当の旅が、今、始まる。


【睦永猫乃】

《完》


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