【書き手:ウィズ】追憶
「……ん……」
重い瞼をこじ開ける。最初に感じたのは、柔らかな土と湿った苔の匂いだった。
「あれ、私……何してんだっけ……」
体を起こしながら、ぼんやりとした頭で呟く。あたりを見回すと、そこは見渡す限りの森の中だった。極彩色の羽を持つ鳥が、聞いたこともない鳴き声で空を横切っていく。地面に根を張る木々は、どれも幹が奇妙にねじれており、葉の形も日本のそれとは明らかに違う。
「え、ここ……何処……。え、日本じゃ……ない?」
いや、待て。これは夢か?昨日、全てを失って、浴びるように酒を飲んで……。そうだ、家の近くの崖で……。
うーん、思い出せ、私!
―~*✣*✣*~―
獣医、という仕事に、子供の頃から憧れていた。言葉を話せない動物たちの声を聞き、その苦しみを取り除いてあげたい。そんな純粋な思いだけで、私は獣医学の道を突き進んだ。
卒業後、私が就職先に選んだのは、町の動物病院ではなく、ペット販売を一手に担う大手企業だった。多くの命が、新しい家族の元へ旅立つその入り口でなら、もっとたくさんの動物を救えるはずだ。そんな理想に燃えていた。
しかし、現実は甘くなかった。そこにあったのは、命の尊厳などかけらもない、「商品」としての動物たちの姿だった。杜撰な管理体制、利益優先の治療方針。日に日に弱っていく子犬や子猫を前に、私にできることは限られていた。「救う」どころか、私は巨大なシステムの歯車として、その非情な現実に加担しているだけだった。情熱はすり減り、いつしか私は、ただ決められた業務をこなすだけの、感情のない獣医になっていた。




