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【睦永猫乃】焦幻

 ―~*✣*✣*~―


 今さら人間どもと馴れ合えるものか。


 我が、リーリエを継ぐように薬売りをしていたのも、その訪問先に人の村を入れていたのも、すべてリーリエの――――最愛のひとの面影をなぞる、ただそれだけの行為に過ぎなかった。我に懐いてくるアリーも、本当は鬱陶しくてならなかった。


 我は幼いあの日、森を焼き払った人間達に全て奪われたのだ。我は目の前で家族を殺された。


 小さい弟妹(きょうだい)たちと父母。その顔。その声―――いまも愛しているはずなのに時間は残酷で、我はもう、そのどちらも何も思い出せない。


なのに名前の音と、触れてくるのに触れられない、優しい風のように曖昧な記憶だけが残る。死の間際の、聞くに絶えない叫びが、人間への憎悪と共に、記憶の底に(おり)のように沈む。


  故に、リーリエは我の救いだった。彼女だけは死ぬまでそばにいてくれると思った。エルフは長命だ。リーリエは私より先に逝かない。リーリエはどこにも行かない。


 ……しかし結句、彼女すら下劣な人間達に害され、奪われたのだ。


 そして今…………。


 彼女の声をまた聞けたあの瞬間は、震えるほどに嬉しかった。元に戻れるという。また共にいられるという。


 なのに、人の形を取り戻したリーリエはミナ達に味方し、ミナ達と共に行こうと諭してきた。ずっと人間を憎み、嫌い、昏い炎に()かれて生きてきた我に、今更その火を消せという。


 しかし、もはや我に、貴女の隣以外に行き場も救いもありはしない。故にこの場に縫い止めてでも、もうそばを離れて欲しくなかった。

 思えば彼女が樹に変わってしまったあの瞬間から、我の中ではなにかが決定的に変質し、捻れてしまっていたのだと思う。


 人間と獣人の和解? ふざけるな。


 我から父母と弟妹を奪い、リーリエを奪い、我から二度も家族を取り上げた人間どもと、心の底から分かり合えるなどと思うか? いいや、共に居られるとは思わない。


 なのにリーリエは彼女たちにはついていくといってきかなかった。


 許せなかった。ここで袂を分かてば、我は今度こそ、いつか彼女の顔と声も思い出せなくなる気がして怖かった。


 我にはリーリエさえ居ればそれでいい。


 胸の中で、幼い我が泣いている気がする。


 どこにもいカないで。


 置いていかないデ。


 現在に息をする我の中で火が燃える。


 人間をユルサナイ、許せない。


 奪われるならば、行ってしまウナラば、ここデ我と共に。



 いつしか内と外の境目すら曖昧になって、ただ、言葉にすらならなならない叫びで、すぐそばにいるのに届かない、リーリエへの想いだけを叫んでいた気がする。

 暴れまわっていることすら、あのときは分かっていなかった。


 しかしそこへ一筋、ミナの光がやって来て、私の胸をつらぬいたのだ。


 憤怒の炎に焼かれた胸にもなお響く、ミナの、ステラの想い。


 さらに次の瞬間、温かく我を包んだのは――そして最愛のリーリエの愛だった。


 それは円環であり、揺れる波であり、赦しであり、慈愛だった。


 ――――あの瞬間、我の中ですべてが繋がっていった。




「――――……リーリエ……?」


 そして夢から醒めるように我にかえったとき、我の前にはリーリエの顔があった。

まるで幼子にそうするように、リーリエは我を抱き、我の頭を撫でている。


 ほんの一瞬その安らいだ表情に、今までに我が被った受難すら、すべて嘘であったかのような幻想に囚われる。


 ……しかし、そんな都合のいい幻の中で息ができたのは、本当に――本当に一瞬だった。


「リー、リエ……?」


 次の瞬間、我はリーリエの身体が透き通りだしていることに気付き、息を呑む。

 考えたくもない結末が頭を過り、彼女の名を呼ぶ私の声は、いつしかかすれた囁きではなく、必死の叫びへと形を変えていた。


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