【睦永猫乃】焦幻
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今さら人間どもと馴れ合えるものか。
我が、リーリエを継ぐように薬売りをしていたのも、その訪問先に人の村を入れていたのも、すべてリーリエの――――最愛のひとの面影をなぞる、ただそれだけの行為に過ぎなかった。我に懐いてくるアリーも、本当は鬱陶しくてならなかった。
我は幼いあの日、森を焼き払った人間達に全て奪われたのだ。我は目の前で家族を殺された。
小さい弟妹たちと父母。その顔。その声―――いまも愛しているはずなのに時間は残酷で、我はもう、そのどちらも何も思い出せない。
なのに名前の音と、触れてくるのに触れられない、優しい風のように曖昧な記憶だけが残る。死の間際の、聞くに絶えない叫びが、人間への憎悪と共に、記憶の底に澱のように沈む。
故に、リーリエは我の救いだった。彼女だけは死ぬまでそばにいてくれると思った。エルフは長命だ。リーリエは私より先に逝かない。リーリエはどこにも行かない。
……しかし結句、彼女すら下劣な人間達に害され、奪われたのだ。
そして今…………。
彼女の声をまた聞けたあの瞬間は、震えるほどに嬉しかった。元に戻れるという。また共にいられるという。
なのに、人の形を取り戻したリーリエはミナ達に味方し、ミナ達と共に行こうと諭してきた。ずっと人間を憎み、嫌い、昏い炎に灼かれて生きてきた我に、今更その火を消せという。
しかし、もはや我に、貴女の隣以外に行き場も救いもありはしない。故にこの場に縫い止めてでも、もうそばを離れて欲しくなかった。
思えば彼女が樹に変わってしまったあの瞬間から、我の中ではなにかが決定的に変質し、捻れてしまっていたのだと思う。
人間と獣人の和解? ふざけるな。
我から父母と弟妹を奪い、リーリエを奪い、我から二度も家族を取り上げた人間どもと、心の底から分かり合えるなどと思うか? いいや、共に居られるとは思わない。
なのにリーリエは彼女たちにはついていくといってきかなかった。
許せなかった。ここで袂を分かてば、我は今度こそ、いつか彼女の顔と声も思い出せなくなる気がして怖かった。
我にはリーリエさえ居ればそれでいい。
胸の中で、幼い我が泣いている気がする。
どこにもいカないで。
置いていかないデ。
現在に息をする我の中で火が燃える。
人間をユルサナイ、許せない。
奪われるならば、行ってしまウナラば、ここデ我と共に。
いつしか内と外の境目すら曖昧になって、ただ、言葉にすらならなならない叫びで、すぐそばにいるのに届かない、リーリエへの想いだけを叫んでいた気がする。
暴れまわっていることすら、あのときは分かっていなかった。
しかしそこへ一筋、ミナの光がやって来て、私の胸をつらぬいたのだ。
憤怒の炎に焼かれた胸にもなお響く、ミナの、ステラの想い。
さらに次の瞬間、温かく我を包んだのは――そして最愛のリーリエの愛だった。
それは円環であり、揺れる波であり、赦しであり、慈愛だった。
――――あの瞬間、我の中ですべてが繋がっていった。
◆
「――――……リーリエ……?」
そして夢から醒めるように我にかえったとき、我の前にはリーリエの顔があった。
まるで幼子にそうするように、リーリエは我を抱き、我の頭を撫でている。
ほんの一瞬その安らいだ表情に、今までに我が被った受難すら、すべて嘘であったかのような幻想に囚われる。
……しかし、そんな都合のいい幻の中で息ができたのは、本当に――本当に一瞬だった。
「リー、リエ……?」
次の瞬間、我はリーリエの身体が透き通りだしていることに気付き、息を呑む。
考えたくもない結末が頭を過り、彼女の名を呼ぶ私の声は、いつしかかすれた囁きではなく、必死の叫びへと形を変えていた。




