【ウィズ】光芒
それは、もはや戦いというよりも、神話の顕現だった。
朝日を背負い、森の生命力を凝縮したかのような白き鹿。対するは、大樹を取り込み、大地そのものの怒りと悲しみを体現する黒き黒樹の狼。二柱の神獣がぶつかり合うたびに、大気が震え、大地が揺れた。
鹿の放つ浄化の光条は、黒狼が纏う闇を切り裂き、漆黒の体毛を焼き焦がす。しかし、彼の咆哮が森の闇を再び呼び寄せ、傷口は瞬く間に再生し、さらに巨大な鞭と爪牙となり鹿へと襲いかかる。
「リーリエ……!ノーチス……!」
私はただ、息を呑んでその光景を見守ることしかできなかった。腕の中ではアリーが小さく震え、隣ではステラが「力が……足りないキュ……」と悔しげに呟いている。
圧倒的な力の応酬。けれど、それは単なる破壊ではなかった。鹿の黄金の瞳には、暴走する大切な人を止めようとする、リーリエの悲痛な覚悟が宿っている。一方、狼の、血のように赤い瞳の奥には……なぜか私には悲しみの色が見えた。破壊の限りを尽くしながらも、その咆哮はまるで助けを求める子供の嗚咽のように、私の耳には聞こえたのだ。
(ノーチス……あなたも、苦しいんだね……)
これは彼の、歪んでしまった愛の形。満たされない渇望の叫び。リーリエの想いに触れた今なら、痛いほど分かる。
戦況は、徐々に狼へと傾いていた。鹿の動きに陰りが見え始める。再生を繰り返す狼に対し、リーリエの力には限りがあるはず……。先ほどリーリエが放った言葉が不吉な予感となって私の胸を締め付ける。
このままじゃ、リーリエさんが……!
「ステラ、力を貸して!アリー、私の後ろに!」
決意は、一瞬だった。
私は前に飛び出す。ステラが私の背中を押すように光を送り、アリーが小さな手で私の服を掴んで祈るように目を閉じる。
狙うは、狼――ノーチスの心臓。
「ノーチス!思い出して!」
私は叫びながら、ありったけの癒しの力を光に変え、狼の胸元へと放った。それは物理的な衝撃ではなく、魂に直接語りかけるような、温かい波動だった。
光が、黒き巨狼の胸に触れた、瞬間。
「グルル……ァ……?」
狼の動きが、確かに止まった。
その赤い瞳に、リーリエへの純粋な想いがフラッシュバックしているのが、私には分かった。幼いノーチスが、リーリエに甘える、穏やかな記憶。
その隙を、聖なる鹿が見逃すはずはなかった。
最後の力を振り絞り、その白銀の角を天へと突き上げる。角から放たれたのは、破壊の光ではない。森羅万象の生命力を凝縮したような、慈愛に満ちた究極の浄化の光だった。
光は、動きを止めた黒き巨狼を、そして戦いを見守る私たちをも、優しく包み込んでいく。それは罰ではなく、赦しにも似た温もり。黒狼の巨体が、その光の中でゆっくりと形を失っていくのが見えた。大樹から取り込んだ闇の部分が、朝靄のように溶け出し、浄化されていく。
「ノーチス……!」
悲鳴に近い声を漏らしたのは、リーリエか、それとも私か。
光が収まった時、そこに黒き狼の姿も白き鹿の姿もなかった。
代わりに、暖かな光に包まれたその場所に、傷つき、疲弊しきったノーチスが、元のワーウルフの姿で横たわっていた。その身体からは禍々しい気配は消え、ただ深い混乱と苦悩の色だけが浮かんでいる。
そして、その彼の頭を優しく膝に乗せ、慈しむように抱きしめているのは、安堵の表情で微笑むリーリエだった。しかし、その体は半ば透き通り、淡い光の粒子をはらはらと零しながら、はかなげに輝いている。
「……リーリエ……?」
ノーチスが、掠れた声で名を呼ぶ。リーリエは、ただ優しく彼の髪を撫でるだけだった。




