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【睦永猫乃】虚闇

 私の問いに、彼女は一つ頷く。それから、

「貴女が、ミナなのですね……」

と、私を見つめながらこちらに歩み寄ってくる。


 朝日が差し込みだした森の底。

 つま先が進むたび、腰まで届く彼女のしなやかな金髪が、緑の苔に反射した光を受けて輝く。


 彫刻作品のように整った顔立ちをした、うつくしいエルフの女性だった。

 赤い目が合った瞬間、何かが通じ合う。一度、あの瞬間に繋がった魂の(えにし)が、紡がれた糸のように私たちの間に横たわっているのかもしれなかった。


「この姿に戻して下さって、ありがとうございました。おかげでこうしてまた、ノーチスと話ができた……」 


言って、長いまつ毛の下、彼女は慈しむような表情で隣のノーチスを見る。しかし、彼がその瞳に視線を合わせることはなかった。

 リーリエは、それでも彼の横顔を優しく覗きこみ続ける。


「ノーチス? もう良いのです。そんなに怒らなくても。(わたくし)は戻って来ました。また前のように、わたくしの旅を手伝ってくれませんか?」


その時だった。


「……んでだ」


 ぐっ、と噛み締めた牙の動きが、私にも見えた。


「……ノーチス?」


 首を傾げたのはリーリエだ。同時に何かを感じ取ったのか、ステラが「キュ……!」と耳を震わせる。


「危ないキュ……憎しみの、におい」


ステラの言いたい事は、繋がっている私にも伝わってくる。でもノーチスを信じたい私は、その思いを伝えたくてステラの小さな身体を抱き上げた。私たちの間には、それで十分だった。


 けれどその間にも、彼は徐々に毛並みを逆立てだす。リーリエに向かって声を荒げはじめる。


「なんで……どうしてだ、リーリエ!」

「ノー、チス?」

「どうしてそんな、簡単に心を許す?! 確かに、ミナは貴女を元に戻してはくれただろう、」

「ノーチス、それなら、」

「――だがな!」


言いかけるリーリエの言葉すら封じて、彼は叫ぶ。


「―――だが、貴女を騙して貶めた人間ども(アイツら)はどうなる!? あの町の男どもは本当にゴミだった! そのように簡単には、俺は許せない!」


「ノーチス、私は」


 憎しんでいる。

 怒っている。

 けれどその裏にわずかな悲しみがある。と、彼の感情を嗅ぎ取っているステラの感覚が、私の中にも香りのように入り込んでくる。私たちには、それがどこか『助けて』と泣いているようにも聞こえた。


 と、さらに。


石陰(せきいん)に這い、隠れるもの

下生えの陰に潜むもの――》


 一段落ちたノーチスの声がなにか急に、ぶつぶつと呟き始める。

 ざわり、と朝の陽ざしが揺れた気がした。

 私は表情を固くする。

 大気がぞろりと裏返ったような、光が一段沈んだような、異様な気配が周囲を包みだしていた。


《集い、沈みて、(おり)となれ

黒の底より 来たりて(こご)れ!》


 背後の、崩れ落ちた大樹の黒皮がどろりと溶けはじめる。艶めきながら、幾本も幾本も、細い鞭のような形を取りはじめる。


 それが、ノーチスの唱える魔法の詠唱のせいだと気付いたときには、それらは意思を持った蛇のように鎌首をもたげ、ノーチスの周囲を無数に囲っていた。


 これに近づいてはだめ。多分それは、この場の誰にも本能的に感じ取れたことだと思う。それほどに『それ』は禍々しかった。


「みんな、下がるよ!」「キュウ……」


私がアリーの手を引いて叫ぶ中で、ステラがまた悲しそうに鳴いた。傍から声が上がる。


「ああ……そんな、ノーチス……」


「リーリエさんもですよ!」


アリーが率先して駆け出すのを確認してから、私は絶句して立ち尽くすリーリエの腕も、強引に引いて後ろに下がらせた。


「あれは……、あれはノーチスが『私のため』と言って、人間たちへの復讐に向けて会得していた外法……です……」


「え、え……」


「キュウ……あの樹は、本来はあんな色じゃなかったんだキュ」


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