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【睦永猫乃】再遭

 途端アリーの声が、洞内に響いた。細い背中はまっすぐステラに駆け寄っていく。

 私は目を丸くし、慌ててその後を追いかけた。手首を掴む。


「ま、まってアリー!」


振り返った彼女は綺麗な花に近づくのを、危ないと止められたかのような表情をする。


「? ミナさん……? だって、ステラだよ」


(『ステラだよ』、って……)


困惑しているようだが、それは私もおなじだった。ステラの『救済』は、常人の理解の範疇を超えている。

 湿った洞窟の入口で、私の反応をみたステラが「キュウ……」と残念そうに鳴く。


「アリーちゃん。貴女、あのステラに花に変えられてしまったじゃない」

「そうだけど、でも……」


ノーチスは、『アレらは人の意思こそが世界を歪めると考え、我らが全て草木(そうもく)と成れば、世界は完全な姿になると考えている』と話していた。

 今となっては敵対してしまった彼の言葉をどこまで信じるべきか分からない。けれど、やはり、

「なにを考えているのか想像がつかないわ……。近づかない方が……」


 するとそのとき、耳のすぐ後ろから切なそうな声が響く。


「キュウン……ボクは草木に変える人間は選んでるッキュ……」


 背筋がぞわりと粟立った。

 硬直する心で振り向くと、いつの間にか背後の鍾乳石の上に、ステラがちょこんと乗って私を見つめている。


「地を汚す人間、(いさか)う獣人……しちゃいけないことをしたら、分かってもらわなきゃいけないキュ」


 私はとっさにアリーを抱えて、一足飛びに後ろに下がった。ざわりと震えだした想いに呼応して、私の身体には灰色の狼が戻ってくる。次の瞬間には剥き出した牙で、低い唸りと共にステラを威嚇していた。


「キュ……ミナ?

何でそんなに怒ってるキュ? ボク、ミナと繋がりに来たキュ」


「繋がりに? 私はあなたに用はないわよ」


「きゅうん」

途端、ふさふさした尻尾と耳はシュンと下がった。それから考えるようにその尾をはたりと揺らし、懲りもせず口を開く。額の赤が、薄暗がりに妖しく輝いた。


「もしかして、アリーを花にしちゃったこと、怒ってるキュ?

 でもアリーを苛めた獣人たちは、ボクがみんなお花にしてあげたキュ。だから、アリーにももうその人たちのこと、憎まないで欲しくて……でも生きてても欲しかったキュ! アリーはボクの大事なお友達だから……」


「なにを、言って……」


「花は争わない。憎まない。穏やかな気持ちで、世界と繋がっていられるキュ……。――だからあれはミナの力もかりて、もう死ぬしかないアリーにボクなりの贈り物だったんだキュ!

 ……でも、まさかミナが、アリーを直せるなんて思わなかったキュウ」


 ステラの声は曇天から差し込みだす日差しのような希望を帯びはじめていた。

「だから、ボク、ミナと繋がりたい。やっぱりミナはすごいキュ。ミナの中身をもっと知れたら、ボク……」


「嫌よ」


私はやはり、この獣の言い分を理解しきれない。


「……ミナさん」


 と、その時だ。腕の中のアリーが声をあげた。おずおずと袖を引いて、翡翠色の瞳が、申し訳なさそうに私を見つめてくる。


「ミナさん、あのね。ステラの言うこと、ちょっとだけ聞いてあげたりできませんか?」

「きゅ、アリー!」

「アリー、ちゃん?」

思わぬ援軍に、ステラの耳が跳ね、私の声からは色が抜ける。


「私を花に変えたことは、ぜんぜん許せないけど」「きゅう……」


「でも、ずっとお友達だったの。

 私の村は、ステラに護られてたんだ。このこ、私の村では神様の使いって大事にされててね?」


 あんな目に遭わされてなお、彼女の声は怯えず、迷惑ないたずらをされたあとのようにステラをなじる。

 そこに沈着するアリーの、この獣への揺るがなかった信頼に、私は猜疑心がほんの少しぐらつくのを感じた。


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