【ウィズ】覚醒
―~*✣*✣*~―
次に目を覚ました時、翡翠のような瞳が、すぐ間近で私を心配そうに覗き込んでいた。
「……あの……あなたは……?」
か細い、しかし確かな人間の声。私はまだ重い体をゆっくりと起こしながら、できるだけ優しい笑みを浮かべて答えた。
「私はミナ。……覚えてる?」
私の声に、アリーはこくりと頷く。その視線が、私の貌を、手を、恐る恐るたどっていく。その仕草に、私は自分の姿を思い出した。
そっと自分の頬に触れる。ごわごわとした、硬い毛並みの感触。突き出した鼻面。やっぱり私はまだ、ワーウルフの姿のままだった。アリーを助けるために力を使い果たし、もしかしたら元の姿に戻ったかもしれないという期待もあった。しかし、現実というのは残酷だ。もう、受け入れる他ない、そう思いながら目の前の少女に視線を戻す。
「……ごめんね、怖がらせちゃったよね」
私はもう、このまま獣として生きていくしかないのだろうか。崖の上で一度捨てたはずの絶望が、再び胸の奥に冷たく広がっていく。
しかし、アリーはふるふると首を横に振った。
「ううん、怖くないよ。だって、あなたの魂は、とても温かい光をしているから。その狼の姿は、なんだか……借り物の服みたいに見える」
「借り物の、服……?」
「うん。私の村には古い言い伝えがあるの。『魂の形こそが、その人の本当の姿』なんだって」
魂の、形。
アリーのその言葉が、私の心に小さな灯火をともした。私はゆっくりと目を閉じ、自分の内側へと意識を集中させる。
私の本当の姿とは、なんだろう。
全てに絶望し、命を投げ出した、無力な「人間」の私か。
それとも、アリーを護り抜いた、この力強い「ワーウルフ」の私か。
違う。どちらかじゃない。
何も護れなかった後悔も、今度こそ護りたいと願う祈りも、その両方があって、今の「私」なんだ。
——私の本当の姿。それは、私が護りたいものを、護りきれる姿だ!
そう強く願った瞬間、体の芯が灼けるように熱くなった。全身を柔らかな光が包み込み、硬い毛並みが滑らかな肌へと変わっていく感覚がする。骨格が軋み、人の輪郭へと再構築されていく。
光が収まった時、私の手は、見慣れた人間のそれに戻っていた。
ワーウルフだった時の大きすぎる服が、はだけかけた寝間着のようになってしまっている。私は慌てて襟元を合わせたが、その心は不思議なほど穏やかだった。魂の奥で、ワーウルフの力強い鼓動が、いつでも呼びかけに応えると告げている。
「……すごい。ミナさん、人の姿に……」
アリーが目を丸くしている。
「どうやら、どっちの姿にもなれるみたい。アリーのおかげだよ、ありがとう」
私はアリーの頭を優しく撫でた。目の前には、私が護ると決めた、か弱い少女がいる。
ふと、大樹に癒しの力を注ぎこんだ時の感覚が蘇る。あの時、確かに感じたのだ。ノーチスを止めようとする、リーリエという女性の悲痛な想いを。人間への憎しみで、ただ、道を違えてしまった我が子。そんな子どもを思いやる、母親のような深い悲しみと愛が、奔流となって私の中に流れ込んできた。
だから、ノーチスの歪んだ正義も、わかる気がする。もしかしたら、ステラの悲しい救済も、私にはまだ分からない「何か」があるのかもしれない。だからこそ、自分の目で確かめなきゃいけない。この世界の真実を。そして、アリーのような子をこれ以上増やさないように。
その決意に応えるように、洞窟の入り口が、不意に淡い光に満たされた。
見ると、そこにいたのは、砕け散ったはずのステラだった。以前よりもその体は少しだけ透き通り、額のルビーが、穏やかで、しかし以前とは比べ物にならないほど強い輝きを放っている。
「……ステラ……!」




