10年前、月は詩や愛を語るためのキーワードにすぎなかった。10年後、もう1つの空港になるだろう。
宇宙開発とは───果てしない闇、未知、そして憧憬への挑戦であり、人類が地球の外へ飛び出し、種としての生活圏を拡げる…そんな大きな、巨きな舞台への参入手段である。
20世紀初頭、その挑戦はあくまでも机上の空論だった。コンスタンチン・ツィオルコフスキーが液体燃料ロケットというコンセプトを打ち立て、ロボート・ゴダードが誰も見向きもしない荒野で鉛筆が如く小さなロケットを打ち上げ続けた。だが、宇宙はまだ詩や哲学の題材に過ぎなかった。
やがてその空論は、国家の威信をかけた巨大なプロジェクトへと姿を変える。冷戦という重圧が、皮肉にも人類を地球の外へ強制的に押し上げたのだ。「レガシースペース」時代の幕開けである。ソ連がスプートニク、つまり人類初の人工衛星を宇宙に送り、ガガーリンの「地球は青かった」という名台詞が、人類に故郷の姿を啓蒙した。アメリカのアポロ計画が月面に人類の足跡を刻んだ。それらは巨額の国家予算と、数え切れないほどの科学者、技術者の「熱」が織りなす、壮大で崇高な国家間抗争の歴史だった。
しかし21世紀、とりわけ2010年代になると、この業界に新たなプレイヤーたちが参入する。国家という巨大ギルドの方針に従うのではなく、自らのビジョンとビジネスでもって宇宙に挑む起業家たちだ。奴らは、かつての技術者が「物理演算的に不可能」と鼻で笑ったロケットの再利用技術を確立し、宇宙への参入コストを劇的に引き下げた。例えるなら、5kgの荷物を運ぶのに昔は750万円かかっていたのが、今や200万円で済む。サラリーマンの平均年収一年分の削減。おそろしいはなし。
静止軌道にはオールドスペース時代のおよそ10倍、約11000機もの衛星がひしめき合い、アルテミス計画だの火星移住計画だのが真剣に語られ、空港ならぬ「宇宙港」…ロケットによる宇宙旅行用のハブ施設が構想されている。
2025年を迎えた今、宇宙はもはや大国の独占コンテンツではない。ベンチャー企業が超小型衛星を打ち上げ、学生が宇宙実験を計画する。3Dプリンタでロケットが製造され、宇宙ホテルの試験機が軌道上を回る。宇宙はより多くの人々の手に開かれた、新しいフロンティアとなったのだ。
世はまさに「ニュースペース」時代。言っておくが……さっき紹介した話はSFじゃない。
実際にこの世界で、今まさに起こっている現実そのものだ。
そんな「現実」を、僕らはどう生きようか。
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「…レガシースペースからニュースペースへ。時代は流れ、主役は交代し、技術は驚異的な進化を遂げた。だが、その渦中にあっても、決して変わらないものが宇宙にはある」
目の前の男は、そこで一度言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見た。
「…それは、夜空を見上げた時に皆が大なり小なり感じる「綺麗だな…」とか「どれだけ遠くにあるんだろう…」といった疑問や好奇心だったり、ロケットが打ちあがるのを見て「カッコいい…」と思ったり、宇宙飛行士に憧れを抱いたり…人によって千差万別かもしれないけど、結局はこうした単純な想いこそ…僕らを宇宙へと、宇宙開発へと駆り立てる…最も強力で、最も純粋な『熱』なんだ」
男の言葉が、教室の空気と俺の身をわなわなと震わせる。
「技術がどれだけ進歩し、宇宙がどれだけ身近になろうとも、あの膨大な闇の前に立てば僕らはきっと、宇宙がもつ可能性の大きさを知る。フロンティアに挑戦する興奮。この世界と地続きの場所にある非現実への挑戦。青い故郷を見て、そして異星に降り立って感じる言葉にできない郷愁と感動。」
男はついに〆の言葉に入る。
「宇宙開発とはとどのつまり、僕たち人類がもつ可能性だ。大気圏を、軌道を、そして星を開拓し、次の目的地に思いを馳せる!その挑戦に!!終わりはない!!!」
少々テンションが最高にハイってやつになりかけただろう所で男は、ふっと息をついた。
「…以上が僕がこのサークルを立ち上げた理由かな。何か質問ある?」
なんか少し話逸れてた気がする、おそらくたぶんきっと。
大学構内の一教室、確か302号室をパーテーションで二分割した「左側」の空間。そこに作られた新歓ブースの中央に仁王立ちして実に1時間近く、ひたっすら寿限無ばりのご高説を滝行かってくらい垂れ流し続けたこの男。「宇宙開発実行委員会」とやらのメンバーとして新歓活動の真っ最中であるこの男は……一つ、致命的な勘違いをしていた。
今、こいつは俺が「宇宙開発」とやらに興味があってここに来たと思っている。確信している。だが違うのだ。俺の興味関心パラメータは、その分野において測定不能、ゼロどころかマイナスに振り切っている。
全誤解の始まりにして元凶は、学生会館の掲示板に貼られた一枚のビラだった。
「異世界・VRゲーム研究会 新歓説明会 302教室」
ついに幕を開けた大学生活。どのコミュニティに所属し、どのサークルに籍を入れるか。割と冗談抜きで結婚ばりに勇気がいる選択に悩みまくった俺は、そのビラを一目見て決めた。これだ、と。退屈で、息苦しくて、無味乾燥なこの現実から連れ出してくれる「ここではないどこか」、となると剣と魔法のファンタジーかVRMMOの世界くらいだろう。まあクラスの男友達とはそこそこ仲良くやれそうだし、趣味のVRゲームは長年やってて面白いし、そんな絶望するほど人生悲観しているわけではないんだが、とにかく、ここに入ろうと決めたわけだ。
俺はゲームが好きだ。特にVRゲーム。インディーズからメジャーまで結構幅広くやってる方だと自認している。実力もそこそこまあまあだとは思う、あんま対戦ゲーやらないけど。ゲームって対戦ももちろんいいんだけど、「未知なるものを持ちキャラのスペックで如何にして攻略するか」、が一番の楽しみどころな気がしてるんだよなあ…だから人に誘われたとき以外はあんま気乗りしないというか。これを以前友人に言ったら言い訳だと思ったのか鼻で笑われた、スマOラでボコした。勝率6割とかだったけど。
異世界の良さも分かるっちゃ分かる。派手なスキルが飛び交う戦闘、他種族との異文化交流、現代社会じゃ薄れつつあるド直球なヒューマンドラマ。俺の現実とUIがひどいゲームとでささくれた心を浄化し、盛り上げ、様々な教訓を与えてくれるいいコンテンツだ。
そんな魅力を語り合える仲間が欲しい。解釈を深めたい。そんなわけで期待に胸をハト胸くらいまで膨らませて、俺は302教室の扉を開いた。左側の扉を。
ではここで、当大学の新歓用ガイドマップの記載を確認してみよう。
「異世界サブカル研究会 新歓説明会 302教室 」
「宇宙開発実行委員会 新歓説明会 302教室 左側」
わかるかね? この初見殺しの書き方。UIデザインの担当者は誰だ、出てこい。恥を知れ!恥を!
なんで現実でまでUIの雑さに悩まされないかんのだ。そんなこんなで気づいた時には、俺は5つほどしかないパイプ椅子の一つに座らされ、宇宙、宇宙、宇宙と、ひたすら避けゲーの弾幕が如き情報量を浴びせられ続け、今に至るというわけだ。
何が悲しいって、薄い壁の向こう側、つまり本来俺がいるべきだった「右側」のエリアから同胞たちの楽しげな笑い声胞とだ。俺は野生の宇宙人に捕まって動けないのに…これ、監禁罪で訴えたら勝てるんじゃないか?あ、相手が宇宙人なら無理だな…
「…特に質問なさそう?」
質問。そうか、俺には「質問」というコマンドがあったか。ここで無言を貫けばイベントは終了するかもしれない。だがこの男の熱量を考えれば、追加で一時間言葉責めに遭う可能性も否定できない。ならば…!
「じゃあ…結局のところ、このサークルってどんな活動するんですか?」
状況打開のため、俺は当たり障りのない選択肢を選んだ。だが、予想外の答えが返ってきた。
「ああー、特に決めてないよ。今日このサークル立ち上げたばっかだし」
「……???」
未実装だと? 開発途中のβ版かなにかかここは
「で、とりあえずなんだけど君、入会決定で」
「…………は??????」
待て待て待て、選択肢は? 『はい』『YES』『喜んで』しか表示されないタイプの強制イベじゃねえk
「どうかな」
有無を言わせぬ笑み。不意を突かれ思考がバグった俺の口からは、肯定を意味する言語しか出力してくれなかった。
「えっあっ、はい。」
「おっけー、決まりで。当面の間活動は週2、活動場所はここ、時間は17時から19時まで。何かやりたいこととか、詳しく知りたいことあったら連絡して。LINEのIDこれね。じゃ、そういうことで」
そう言い残すと、LINEのプロフィールで己を「宙」と自称する男は、リアル台風の如く俺の全てを引っ掻き回した後、「別の用事がある」とかで足早に去っていった……
……。
じゃねえよ! なんで断らなかったんだ俺はああああ!!!!!!!!!!
はい。
というわけで、俺の意思とは全く無関係に、「宇宙開発実行委員会」とかいう謎のコミュニティへの参加が決定した、とさ。
あの勧誘の雑さはなんかもうひどいったらない。
だが、この出会いが俺の人生に大波乱を巻き起こす壮大なプロローグの幕開けだとは、この時の俺は知る由もなかった。
……まあ本来の目的だった「右側」研究会にはこの後ダッシュで現実乗り込んで無事、入会してきたけどな!ざまあみろUI!!!!
どうも、星とかロケットとか衛星とか、いわゆる宇宙分野が好きな一般大学生です。
今回は宇宙分野の魅力に関して自分の思うところをまとめてみたいと思い立ち、当作品の執筆を始めました。
応援のほど、よろしくお願いいたします。




