第六話 石が選ぶ者
俺が敵を仕留めた頃、ブルードンとエミィの戦いも終わりを迎えていた。
こちらに駆け寄ろうとしたブルードンだったが、俺の戦いが既に片付いていると知るや、すぐさまエミィとともにホーキンスの援護へと向かい、その後ほどなくして戦闘は完全に収束した。
「エイギス、ありがとう! 本当に助かったわ……!」
「よくやった! お前がいてくれて、命拾いしたぞ!」
二人が息を切らしながら駆け寄ってくる。少し遅れて、ホーキンスがふらつく足取りでこちらへ向かってきていた。
……やはり、魔術師というのは体力面に難があるようだな。
「ハァ、ハァ……ふっ、ふぅ……。感謝します、エイギス。おかげで誰一人大きな怪我もなく、済みました……」
「バカ野郎! 怪我どころか、誰かが死んでたっておかしくなかったんだぞ!」
「ええ、確かに……。最悪、私とエミィの命が危うかったかも知れません」
よく見れば血の跡や衣服の破れ、ホーキンスに関しては避けた矢が刺さったせいなのかローブの損傷が酷い。
だが、果たして本当にそうだったのか?
「いや、そこまでの状況じゃなかったと思う。そもそも俺は戦力として数えられてなかったし、ブルードンが二人を倒して駆けつけるのも時間の問題だったはずだ。焦って飛び込んだのは経験不足ゆえだけど……よく思い返せば、エミィもホーキンスも、まだ時間稼ぎの余裕はあったように見えた。下手に手を出して、邪魔にならないかヒヤヒヤしてたくらいだ」
「それは違うわよ。戦っているときに『まだ余力がある』ように見せるのは、敵の勢いを削ぐための駆け引きよ。実際は、かなり危なかったの」
「私もです。あれだけ素早く動きながら弓を操る相手など、魔法使いにとって厄介にもほどがある。エイギスは案内人として随行したはずなのに、結局、戦いに巻き込んでしまった。……我々の力不足ですね」
「こりゃ報酬に上乗せしないと罰が当たるな。ははっ、ちょっと考えさせてくれよ。期待していいぜ?」
冒険者たちの戦いぶりは、得るものが多かった。
エミィのしなやかな立ち回りも、ホーキンスの冷静さも、ブルードンの咄嗟の判断力も、すべてが新鮮だった。
「そういうことなら良かったよ。まさか、自分が戦って誰かの役に立てるとは思ってなかった。……もっと遠くへ旅したいし、その資金が増えるってのは、大歓迎だ」
「なんだ? エイギス、お前、旅がしたいのか?」
「ああ。世界のいろんな場所を、この目で見てみたい。……ただ、話を聞いてる限り、どうやら気楽な旅なんて望むべくもない厳しい世界みたいだけどな」
「確かに、この世界で生きていくのは骨が折れる。けど、悪いことばかりでもないぜ。栄えた街に行けば欲しい物も手に入るし、旨い料理だって食える。運が良けりゃ、珍しいマジックアイテムが見つかることもある。それを使って英雄になるのもいいし、売って贅沢三昧するのも悪くねえ。……俺たちは、ほどほどに名声と金を求めて冒険してる。楽しいぞ、案外な」
三人は笑った。
──なるほど、いいパーティだ。
いつか俺にも、こんな仲間ができるだろうか。
焦らなくていい。しばらくは、ひとりの旅を楽しもう。
「さて……どう思う?」
休息を兼ねて、討伐した敵について話し合っていた。
ブルードンの問いかけに、ホーキンスが静かに応じる。
「宗教絡みの組織など、世には星の数ほどありますからね。正直なところ、考えても仕方がないとは思います。ただ、一応は調べてみましょう。いずれにせよ、今後はより慎重に行動すべきです」
「俺たちをいきなり『邪教徒』呼ばわりだったしな……。もし、妙な儀式でもやってた連中なら、潰して正解だったんじゃねえのか?」
「タダ働きなんて割に合わないわよ! アブナイ奴らだったし、討伐依頼でも出てれば、少しくらい報酬がもらえるはずだわ」
「可能性は低くとも、情報収集として調べる価値はありますね」
「確かにな。──エイギス、お前はどう思う? 何か気になることでもあるか?」
倒した男のことを思い返す。
その胸元に下がっていた煤けたペンダント。歪な三重の円と、捩れた三角を組み合わせたような意匠。どこか宗教的な雰囲気を漂わせながらも、見覚えはない。
装飾にしては異様なほど精巧で、信仰の道具か、あるいは何かの象徴か──俺には判じがたかった。
「……実は、少し前に俺の住んでた村がゴブリンの群れに襲われてな。そこから逃げてきたんだが……何か関係があるんじゃないかって、ちょっと気になってる。あの村では、それまでモンスターなんて見たこともなかった。モンスターを呼び出すような儀式があるのかどうかも知らないけど……急に現れた理由が、何かあるんじゃないかって思ったんだ」
「そんなことがあったのか!? ここから遠いのか?」
「生活しながらの移動だったからな……急いでも、十日以上はかかると思うが…」
ブルードンの地図を借り、大まかな位置を指し示す。
「生き延びた人はどのくらいいたの? 大人数での移動は大変だったでしょう」
「……俺だけだ。他の生き残りはいないと思う」
「……そ、そう……ごめんなさい。辛いことを聞いたわね」
「いや、気にしないでくれ」
まさか──それで自由になれた、なんて言えるはずもない。
「苦労したのですね……。なるほど、何らかの儀式によってゴブリンの群れが召喚されたのでは、という懸念ですが……。その可能性は、あまり高くないと思われます。少なくとも私は、そのような儀式について聞いたことがありません。ただし……あの者たちと完全に無関係とも、言い切れないのが実情です。──例えば、村人を生け贄とすべく、ゴブリンを嗾けた、とか」
「……つまり、村人を殺すことそのものが儀式の要だったかもしれねえ、ってわけか。まったく、どんどん胡散臭ぇ話になってきやがる。……だが、この辺りが潮時だろう。エイギス、お前も村がどうなったか気になってるだろうが、これ以上無理をして死人が出るような真似はできねぇ。……いいな?」
「ああ、わかってる。──それより、この石なんだが……本当にもらっていいのか? 例の儀式とやらに使われた物じゃないのか?」
「可能性はありますが……何か、気になることでも?」
言うべきか、否か。迷いはしたが、今が好機かもしれない。
この三人なら、話しても悪いようにはならない気がした。
──俺はあまりに世間知らずだ。ここで聞いておかねば、きっと後々困ることになる。
「いや……この石、不思議な能力を得るための物なんじゃないかって思ってな」
「……は? 何言ってんだ、お前。……それがマジックアイテムかどうかって話か?」
「……俺が前に見つけた石で、変なことがあった気がしてな。もしかして、こういう石って……何かあるんじゃないかって思って」
その言葉には、真実を語っているようでいて、核心を濁そうとするわずかな躊躇がにじんでいた。
「付呪された装備でもなく、能力を得る石……聞いたことがないですね。世界は広いですし、絶対に存在しないとは言えませんが……にしても、信じがたい話です」
「エイギスってば、気を遣いすぎじゃない? もし価値ある物だったらって、私たちのこと気にしてるのね。いい子じゃないの!」
「そうそう、夢見がちなところもな! 若いってのはいいもんだ。ははは!」
いや、そういう話じゃないんだが……。
──気のせい、だったのか?
もう一度試してみよう。
目の前で見せることができれば、はっきりする。
俺は静かに石を握りしめ、意識を集中させた。
……前はどうやったのか、よく覚えていない。
そうだ。あの時、俺はこの石に向かって、「もっと力があれば」と強く願った──。
──このままじゃ駄目だ。もっと……もっと力があれば──。
握った石が、まるで応えるように熱を帯びた。
「……なんだ、これ……!?」
三人も直ぐに異変に気付く。
「きゃっ!? な、なに?! どうしたのよ!?」
「おい! エイギス、何をしたんだ!!」
「これは……なんですか……!?」
冒険者たちは一斉に声を上げた。
光が俺の視界を白く塗りつぶし、胸の奥に何かが流れ込んでくる。
それは、冷たく、鋭く、だがどこか懐かしい感触だった。
次の瞬間、手の中にあったはずの石が、跡形もなく消えていた。
三人はまるで時が止まったかのように、呆然と立ち尽くしていた。
事情を説明していくうちに、ようやく緊張の糸が解けたのか、彼らはその場に腰を下ろした。
「……そんなことが起こるのか、ホーキンス? いや、目の前で見せられたら信じるしかないんだが……頭が追いつかねぇ……」
「私も同じです……。記憶を辿っても、これに類する話は、まったく思い出せません」
「ねえ、それって──私たちでもできるってこと? でもエイギスってば、最初から石に何か力があるって感じてたようだったわよね? もしかして、エイギスが特別なのかしら?」
「その可能性は高いでしょう。少なくとも、我々三人のうち誰も、あの石に何らかの力を感じたことはありません。それに、もし誰にでも起こる現象であれば、最初に私が、次にブルードンが石に触れた時点で、何かしらの反応があってもおかしくなかったはずです。──今はまだ、まともに判断ができません。……これはいったん保留にしておくのが賢明でしょう」
「同感だな。余計なことを考えて、戦闘中に判断力が鈍るのはまずい」
「それで、どんな能力が得られたの? なにか新しい魔法でも使えるようになった?」
なぜか、エミィが目を輝かせて俺を見ている。……おそらく、派手な攻撃魔法みたいなものでも想像しているのだろう。
「……それなんだが……戦ってる相手の『生命力』が、わかるようになったみたいなんだ」
「…………………………は? ……どういう意味よ、それ……?」
経験豊富なはずの冒険者たちは、エイギスから距離を取ったまま、茫然としている。
「つまり、相手の“どこまで戦えるか”が見えるようになったんだ。……命の残り火、みたいなもんが」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ご感想などいただければ励みになります。