第四話 鍛冶の火と冒険者たち
思いのほか、自分は器用だったらしい。
ただ生き延びるため、必死だっただけかもしれない。これまで木材を組み上げて小屋を建て、簡素ながらも炉を築き、レンガや鉄のインゴットを作り出した。
それほど複雑な作業ではなかったとはいえ、果たして自分にここまでの器用さがあっただろうか。
そして今、鍛冶作業台を製作し、さらに鉄を使った道具類の製作に取りかかろうとしている。
先日、村の鍛冶屋に足を運んだ際、手持ちのインゴットを無償で譲る代わりに、作業台や道具類を見せてもらった。その時、これは必要な設備だと直感した。そして──たぶん、自分にも作れるのではないかという予感があった。
もっとも、これ以上に複雑で高度なものとなると、自信はないが。
材料が揃った今、さっそく作業を始める。
まずは鉄製のツルハシ。これさえ完成すれば、採掘効率は格段に上がるはずだ。あの店で見せてもらったものと比べれば粗雑な代物になるかもしれないが、使えるレベルのものなら自作で十分だ。
カン──カン──カン、カンッ!
時間はかかったが、予想通り作成に成功した。
「……できた!」
その手に握られた鉄のツルハシは、これから自分ができることがさらに広がった証でもあり、生存率を引き上げる大きな武器でもあった。改めて、自分の器用さに驚いていた。
続けて、鉄製の剣、ナイフ、木材伐採用の斧も打つ。どれも出来栄えは低級な部類だが、間違いなく鉄製の実用品だ。
「よしっ!」
基礎装備はすべて、最低限ながら揃った。
特に鉄のツルハシは、鉄鉱石の採掘効率を飛躍的に高めてくれた。夢中で採掘を続けていたら、気づけば夕暮れを迎えていた。それだけが、少しばかりの失敗か。
この場所は生活には適さないが、鉱石資源が豊富で効率が良い。この小拠点をしばらくの拠点と定め、資金を蓄え、装備の充実を図っていこうと考えた。
本当はレンガ造りの小屋を建てたかったが、現状ではまだ難しい。とりあえず木材で簡素な住居を設え、準備を終えて村へと向かった。
村へ戻る道すがら、ふと考える。
次に岩トカゲと遭遇する可能性は高い。だが、今度はこちらにも鉄の剣がある。危険を承知で、いざ現れれば戦ってみるつもりだ。
──そして、以前に遭遇したあの場所へ、再び戻ってきた。
慎重に進むと、やはりいた。前に戦った個体だろうか?
岩トカゲの姿を視界に捉えた瞬間、あの日の恐怖が微かに蘇った。が、今の自分はあの時とは違う。手には、確かな重みを持った剣がある。
同じように間合いを詰め、剣を振るう。
ザシュッ──鉄の軌跡が空を裂く。
『グアアアァァッ!!』──咆哮が鼓膜を突き破り、腹の底に響いた。
今度は明確な手応えがあった。
敵意が矢のように突き刺さる。跳びかかる影を捉え、反射的に身を沈めた。土煙が爆ぜ、地面を裂く爪が髪をかすめて通り過ぎる。
岩トカゲは低く身を構えたまま、四肢を粘土のようにねじらせ、地を抉りながらこちらへ迫ってくる。鱗の隙間から光が反射し、そのたびに硬質な骨格が浮かび上がるようだった
反撃は一拍遅らせた。焦れば隙を突かれる。
肩口を狙って踏み込み、力の限り斬り下ろす。剣が鱗に当たる感触──だが、手応えは浅い。
(でも、これなら……戦える!)
鉄の刃をもってしても、奴の鱗はまるで岩壁のように硬く、弾かれるような感触が伝わってきた。
ならば──狙うは脚、動きの要となる関節部だ。
一瞬、踏み込みの間合いを外し、奴の呼吸に合わせて身を捻る。回り込んだ足元を狙い、刃を払うように滑らせる──裂ける皮膚と、骨の手応え。跳ねた返り血が頬を灼いた。
息が上がる。喉が焼けるように乾いていた。
だが、岩トカゲの巨体が倒れ伏したまま動かないのを見届け、ようやく自分が勝ったのだと実感した。辺りの静けさの中、心音だけが耳に響く。
敵の絶命が静けさを連れてきた。勝ったという実感よりも先に、胸の奥を冷たい波が撫でる――ざわり、と不快な余韻が残った。
鉄のナイフで皮を剥ぐ。肉は食用になりそうだったので、その場で焼いて食べてみた。味は可もなく不可もなく──だが捨てるのは惜しく、小屋まで運ぶことにした。
その後、再び村に戻り、革製品を扱う店を訪ねた。
「……らっしゃい」
「この皮、買い取ってくれるか? 岩トカゲのやつなんだが」
差し出した皮を見た店主は小さく頷き、
「ほう……買い取りは銀貨一枚と銅貨五枚だな」
続けて、俺は相談を持ちかける。
「その皮は無料で譲ってもいい。代わりに“なめし台”を見せてくれないか? 職人の道具を見るのが好きでな……触らせてくれとは言わない。だが、大事な商売道具をただ見せてくれと言うのも虫が良すぎるとは思ってる」
「変わった奴だな? ……まあ見るだけなら構わん。触るなとは言わんが、壊すなよ?」
「ああ、心得ている」
壊れそうにない部分を軽く触れ、仕組みを観察して店を後にした。
そのうち自作することもあるかもしれないが、今すぐに必要なものではなさそうだ。なにより、やるべきことが山ほどある。焦らずに、今は一つずつ進めるべきだろう。
この後、鍛冶屋に立ち寄り、鉄のインゴット十個を売却。五十ゴールドを得た。これが、生まれて初めて自分で作った物を売って稼いだ金だ。
大切に仕舞っておこう。
──あれから、十日あまりが過ぎた。
今では生活の流れがある程度整ってきた。拠点で鉄を打ち、岩トカゲを狩っては村へ持ち込み、売る。それが日課となった。
拠点の近くには頻繁に岩トカゲが現れ、そのたびに小屋や設備が破壊されては修理される。泊まり込みはしていないが、討伐と修繕、鍛冶作業、売却の繰り返しだった。
戦いを繰り返すうちに、戦闘技術も自然と上達してきた。攻撃の数が減り、倒すまでの時間も短くなっている。実戦経験は、やはり何よりの糧だ。
このまま戦闘に限らず、さまざまな経験を重ねながら技能を磨いていくことが必要なのだろう。
だとすれば──これからは、自分がどの技能を伸ばすべきかを見極めていかなければならない。
ものづくりの技術は、生活を支え、収入源ともなり得る。だが、戦闘技術を疎かにすれば、モンスターとの遭遇時に命を落とす。
両方を高い水準で両立できれば理想だが、それは現実的には難しい。だからこそ、当面は戦闘技術の強化を優先し、必要な物資は金で賄う方向で考えている。
──数日後。
ついに、皮製の胸当てを購入した。貯金はほぼ消えたが、防御面の強化は心強い。
さらにレザーブーツも手に入れ、見た目にもようやく冒険者らしくなってきた気がする。
そんなある日。
村に赴くと、見慣れぬ者たちの姿があった。三人の冒険者──全身を鎧に包んだ男、軽装の女、そしてローブ姿の男。彼らは村人と話をしていた。
旅慣れた雰囲気は、彼らの乗り越えた修羅場の数によるものだろうか。
「……ですが、お止めになった方がよろしいかと。何かあっても知りませんよ?」
「俺たちは冒険者だ。危険は承知だし、何かあったとしても文句は言わねえ。そんな事より、この辺りに詳しい案内人はいないか?」
「……あの辺りなら岩トカゲが出る。わざわざ危険地帯に足を踏み入れている者など、そうそう居ませんが……」
岩トカゲ? それなら、自分の拠点周辺のことではないか?
平原や森に奴らは現れにくい。もし案内が必要なのだとすれば、こんな都合の良い依頼はない。
「……ちょっといいか。話を、聞かせてくれないか」
なんとなく声をかけた──ただそれだけだった。
……そして気づけば、俺は案内人を引き受けていた。
話を聞きたいだけのつもりだったのに、戦士風の男が慌てて地図を広げて説明を始め、俺がだいたいの場所を把握していると知ると、強く同行を求めてきた。
俺自身はさほど乗り気ではなかったが、戦闘への参加は求められないという条件と、冒険者から何か有益な話を聞けるかもしれないという期待から、承諾することにした。
戦士風の男の名はブルードン。筋肉質な体格で、斧と盾を携え、深緑色の鎧を纏っている。
軽装の女はエミィ。革鎧に身を包み、弓とナイフを装備。後方支援を主に、偵察役も兼ねる。
そして、ローブの男はホーキンス。濃茶のローブにフードを深くかぶっており、顔ははっきりと見えないが、しっかりとした足取りから年老いてはいないようだ。火を操る魔法の使い手らしい。
彼らは遺跡や洞窟を渡り歩く冒険者で、この地に眠るという廃墟の噂を聞きつけ、やって来たのだという。
そんな不確かな情報で? と問いかけると、彼らは笑ってこう言った。
──「だからこそ、誰にも見つかってない宝が眠ってるってことさ」
なるほど。それが冒険者という生き方なのだろう。
出発の道すがら、さまざまな話を聞かせてもらった。
これまで、俺は生きることで精一杯だった。だがこの時、彼らのように──自分の意志で、世界を見て回りたいと、初めてそう思ったのだった。
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