プロローグ
纏わりつく黒い靄は、途切れることなく痛みを運ぶ。
どこかに仕舞い忘れた意識に、石畳を打つ音がそっと囁く。
コツ、コツ、コツ……
不規則な音。乱れる間隔。沈黙と軋みのあわいで、記憶の糸が絡まり始める。
(……ここは……)
身体は冷えきって動かず、左頬を伝う冷感だけが、わずかに己の実在を教えてくれる。
そして――
ギィィィ……ガチャリ。
鉄の呻きが空気を裂き、封じられた空間が目覚める。
見開いた眼に映るのは、足音。いや、その主。
ただ、恐怖だけが先に胸を満たした。
けれど、
「マ……リク様」
その名が漏れたとき、自らの恐れが誤りだったと気づく。
偉大なる聖堂騎士に、恐れなど抱くはずもない。
「エルミナ、大丈夫か?」
「……お、お許しください、マリク様。私では……もう、どうすることも……」
「どうしたんだ?」
「どこまでも、あの悪夢が追ってくるのです。恐ろしい……私は……」
「エルミナ、助けに行こう。大丈夫だ」
「……そう、なのでしょうか? ……ああ、セファーラ様……」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
プロローグは少し短めですが、次回から本編が動き始めます。
ご感想などいただければ励みになります。