また会いましょ
見つけて下さりありがとうございます。
初めて小説で拙いと思いますが最後までお読みいただいたらなと思います。
それでは、短い物語へどうぞ。
卒業式の前日。
いつもより少し長めに差し込む夕陽が、教室の黒板をオレンジに染めていた。
「……あれ? 佐伯くん?」
不意に名前を呼ばれて、俺は心臓が跳ねた。
その声の主は、俺の予想どおり――いや、ある意味、予想外だった。
「宮下さん……?」
「うん。びっくりした? 私も残ってる人、他にいるとは思わなくて」
そう言って笑った彼女は、三年間ずっとクラスの中心にいた“あの”宮下紬だった。
学級委員で、明るくて、みんなに頼られて、なんだかんだで男子にも女子にも好かれてるタイプ。
──まるで自分とは、真逆の存在。
「ていうかさ、佐伯くんってしゃべるとき、ちょっと声小さいよね。ずっと思ってたけど」
「……今、初めて話したよな?」
「えっ、そうだっけ?」
人懐っこく笑う彼女に、俺は思わず目を逸らす。
くそ……まぶしい。夕陽のせいか、彼女の笑顔のせいか。
どっちにしても、目がチカチカする。
「じゃーん。飾り、持ってきたんだ」
紬が出したのは、カラフルな折り紙と花の装飾。
「これ、みんなで貼る予定だったんだけど、ほとんど帰っちゃったみたい。
結局、残ってるの、私たちだけかぁ……」
「手伝うよ」
「えっ、いいの?」
「っていうか、俺も片づけ要員だったし。逃げそびれただけだけどな」
「ふふっ、正直でよろしい。じゃあ、助手くんとして雇ってあげよう!」
気づけば俺たちは、二人きりの教室で卒業式の飾り付けを始めていた。
紬は机に乗って、身を伸ばして画鋲で飾りを貼っていく。
俺は落ちないように机を押さえる役だ。
「……思ったより、こういう作業って地味だね」
「まあ、卒業式ってだいたいそういうもんじゃね?」
「ふふ、なんかその言い方、佐伯くんっぽい」
「俺っぽいって……」
「うん。なんか冷静で、ちょっと諦め入ってて、でも手伝ってくれるとこ優しい感じ」
「あー……なんか褒められてる気がしない」
「褒めてるって! むしろ、もっと自信持ってよ」
彼女の声は、なんだか自然に俺の心に入り込んでくる。
それが、少しだけくすぐったい。
作業がひと段落した頃、紬がぽつりと呟いた。
「……この教室、明日には空っぽになるんだよね」
「まあ、そうだな。卒業だし」
「なんかさ、寂しいっていうか……。三年間いた場所って、簡単に“終わる”んだなって」
彼女は窓の外を見ながら、小さく笑った。
「意外だな。そういうの、あんまり気にしないタイプかと思ってた」
「うん、自分でもそう思ってた。でも、最後になるとやっぱり――惜しくなるんだね、色々」
俺は返す言葉を探して、少し黙った。
「……俺さ」
「うん?」
「三年間、特にこれってこと、なかった。
でも、つまらなかったわけじゃない。たぶん、ただ平凡に過ごしただけで」
「そっか」
「でも今、こうして宮下さんと話してるの、なんか変な感じ」
「うん、私も。だって、初めて話したもんね」
「そう、初めて。……でも、今だけは、ちょっと惜しいと思ってる」
それは、俺にしてはかなり勇気のいるセリフだった。
「そっか。……ねえ、名前で呼んで?」
「え?」
「“宮下さん”じゃなくて、“紬”って」
彼女は少しだけ顔を赤くして、でもまっすぐこちらを見ていた。
「……紬」
「うん、合格!」
思わず笑ってしまった。
この空気が、卒業しても消えなければいいのに――そんなことを思った。
翌日の卒業式。
花で飾られた教室の黒板を見上げて、ふと思い出す。
「……あ、画鋲、曲がってる」
たぶん、あのとき紬が貼ったやつだ。
彼女の姿を探したけれど、卒業証書を手にした人波の中で、見つからなかった。
けど、たぶんまた、どこかで会える気がする。
そのときは、名前で呼ぶよ。
ちゃんと、まっすぐ前を向いて。
「紬――またな」
最後までお読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたら何よりです。
また、何かの作品でお会いいたしましょう。
ありがとうございました。