良塵
「やはりお父様は私がお嫌いなのね!」
「違うって……。理由は説明しているだろう……
」
選品店のバックヤード、わざとらしく喚く姑娘にチェンは半眼になる。
「いいえ! きっと私のことは嫌いなの! 遊びだったのよ!」
「お前その台詞、言ってみたかっただけでしょ……」
『少女』となった養い子の茶番に、チェンは額を押さえた。
話は数日前に遡る。
チェンの養子リャンは、半陰陽の肉体を持ち、必要に応じて男女を切り替える。
少年のリャンには慣れているが、少女のリャンは不慣れだとチェンが告げると『なら、しばらく女子でいますから、私にも慣れてください!』と、女子のリャン──姑娘にお願いされた。
チェンは困惑しつつもその提案にのっていたのだが。
黒いフリルの衣装に、長いツインテール。整った顔立ちにつぶらな眼。
可憐な姑娘が店舗に立つと、あからさまに男性客が増えた。
彼らは品定めする目で姑娘を眺め、彼女に近寄り無駄話をして帰っていく。商品には目もくれない。
チェンが共に店舗にいる時はまだ良い。所用で姑娘を一人を店舗に残した時は、彼女の腰に手を回す者まで現れた。
営業の邪魔だし養子の情操によろしくない
そんな訳で、少女から少年に戻るよう注意したところ、この有様だ。聡いリャンはチェンの言い分を理解しているだろうに。
「お前だって下心丸出しの輩に寄られて、良い気分はしないだろうに」
「この人たち何やってんのかなって程度の感想だよ。いざとなったら叩きのめせるし」
少女の姿形から平板な少年の声が返ってくる。チェンは渋面になった。
「確かにお前は私より腕っぷしが強いけれども。集団に囲われて拐かされでもしたらどうする⁉︎ 姑娘になるのは当分禁止‼︎」
「えぇぇぇぇぇぇぇ……」
リャンは不満を露わにした。
自身を『物』と言ってはばからず、その言どおり、聞き分けが良く感情を表に出さない養子にしては珍しい。
しばし考え込み、チェンはハッとする。防犯になるし被服代もかからないので、半陰陽の子を男子として扱ってきたが。
「もしやお前、女子として育てられたかった?」
「違うよ」
速攻で否定された。
リャンはくるくると黒髪をもてあそぶ。
「俺は俺に備わった『機能』を十全に使いたいだけだよ。『良い物』ってのは、そういう『物』だろう?」
意図が掴めず顎を撫でていると、リャンはチェンを睨める。
「『良』って名前をくれたのは父さんだろ?」
「あー……」
ようやく合点がいった。
『物』の名は時として機能を表す。
洗濯機は『洗濯をする機械』。冷蔵庫は『冷やす倉庫』。蓄音機は『蓄積した音を再生する機械』。
名は体を現す。リャンはそれを実践したいのだ。『良』と名付けられたから、『己』という『物』を『良く』扱おうとしている。
『頭』は記憶する部位であるから『良く記憶しよう』と努め、『脚』は駆ける部位だから『より速く駆けよう』とする。両性であるから『男でも女でも在りたい』のだろう。なので『女子』としての姑娘を禁じられてご立腹なのだ。
卓に着く者が無くて荒ぶり走った卓のように。『収納する』という用途を奪われて観光客を喰った箪笥のように。
「……健気だなぁ、お前は」
思わずぼやく。この拾い子はチェンの名付けを全力で実践しようとしている。
久々に頭を撫でてやると、リャンも満更ではないようだ。得意げに鼻を鳴らした。
「父さんの『チェン』は、何て書くんだい?」
「塵」
苦笑しながら応えると、リャンは目を瞬かせた。
女人街の娼婦の子がチェンだ。『塵』と呼ばれても致し方あるまい。命があり、名があるだけでも幸運だ。
しかし養い子は、義父の名に目を輝かせた。
「そっか、だから『物』が好きなんだね、父さんは」
意味をはかりかねているとリャンが言う。
「『塵』っていつも、『物』にくっ付こうとするだろう?」
チェンは呆け──次いで爆笑した。腹がよじれる程笑ったのは久しぶりかもしれない。
確かにそうだ。『塵』は放っておいても『物』に積もる。いくら掃除しようがお構いなしに『物』に降り積もる。
「なかなか『良い名』をもらったものだね、私も!」
笑いすぎて出た涙をぬぐいながら告げる。
自身の名にこうも晴れやかな心地を抱いたのは初めてだった。
「あ、じゃぁ店の掃除は控た方がいい? 『塵』と『物』の逢瀬の邪魔をしてしまう」
再びチェンは吹き出した。大笑しながら養い子の細い肩を叩く。
「いや、うちの『物』とは『こっちの塵』がよろしくやるからさ。他の塵は退けておいてよ」
「わかった」
ハタキを片手に店舗に出ようとするリャンの首根っこを、チェンは慌てて引っ掴む。
「まずは女子の服を着替える!」
目ざとい養父に、リャンは舌打ちした。