姑娘
「──という訳で銭がなく、ご覧の有り様です」
青菜だらけの献立を前に、チェンは悔恨に顔歪めた。リャンは無表情でタンパク源皆無の飯をかっ込んでいる。
観光ガイド兼功夫使いの美煌に商品を破壊され続けたチェンは、彼女との提携頻度を減らした。当然、観光客の来店は減る。
我鳴の住民はキ物や故郷の写真など求めない。そもキ物を扱う店になど寄り付かない。選品店の売り上げはわかりやすく激減した。
チェン一人なら薄めた粥でも啜っていればいいが、育ち盛りのリャンはそうはいくまい。
どうしたもんかと壁のシミを見ていると、リャンが言った。
「姑娘を出そうか？」
チェンはギョッとする。
「確かに彼女に出てもらえれば稼げるけれど。お前はいいのかい？」
「かまわないよ」
少年は青菜の汁を飲み干した。
◼︎──────
「いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。粽はいかがですか？」
鈴の音の声が告げる。
選品店の前で、少女が粽を売っていた。黒いフリルの服を着たツインテールの可憐な少女だ。
通りすがった男は鼻の下を伸ばして彼女──姑娘に近づいた。
「一つもらおうか」
「有難うございます。二千紙幣となります」
「ちょっ、高価くねぇか！？」
少女はスカートの両端をふわりと持ち上げ一礼した。
「申し訳ありません、母の薬が入り用でして……。夜なべして粽を包んだ私の孝行に免じてお許し願えませんか？」
「お嬢ちゃん手ずからの品なのかい！ なら仕方ねぇな！」
嘘である。夜なべして粽を包んだのはチェンだ。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ──」
陽の指さない汚れた峡路にたおやかな声が響く。
姑娘は彼女に目を留めた男たちに、巧みに品を売り捌く。
「立ち食いではなんですし、よろしければ店内の卓へ。ご安心ください。キ物は全て縛めております。危ないことはありませんよ──」
「──はい。いらっしゃい」
店内に入った客はチェンが捕まえる。
初手は白湯を振る舞い客の警戒心を解き。
「どうだい、旦那。モップのキ物は。人間様が使わなくても勝手に床を磨いてくれる。家中ピカピカになるよ」
次いで生活に有用なキ物の商談を仕掛ける。負けが九割だが、一割はささいな品を購入してゆく。
姑娘が単身観光客を捕まえたら稼ぎ時だ。キ物と我鳴の風景写真の両方を勧めまくり、紙幣を巻き上げる。
楚々とした姑娘の『出勤』により、チェンは当面の生活費を工面した。
◼︎──────
「助かったよー。これで青菜生活とさよならだ」
二人で店舗奥の住まいに引っ込むと、チェンは告げた。
「お礼なんていいですわ、お父様」
姑娘の一言に、チェンはぎくりとする。半眼で尋ねた。
「……何時も思うんだけどさ。お前、それ疲れないの？ リャン」
「どうして疲れるのさ」
くだけた口調で姑娘が応える。平板な声は、間違えなくリャンのものだった。
「俺は男だけど」
黒いスカートをなびかせリャンはくるりと回る。
「女子でもあるのです。女子の服を着て女子の仕草をしたところで、特段疲れはしませんわ」
可憐な声で姑娘が告げる。
リャンは奇異な生まれをしていた。キ物から生まれた子なのだ。
死んで『物』となり、キ物化した妊婦。それがリャンの母だ。
生まれのせいか、それとも他の要因か。リャンは男性にしては余分が多く、女性としても余分が多かった。要は半陰陽だ。
『物』から生まれ、自身を『物』と認識するリャンは己の肉体という『物』を巧みに扱う。
必要に応じ身体能力を上げ、必要に応じ男女を切り替える。
「でもお前、普段は完全に無愛想な小僧だし、そっちの方が多いだろう？ 『人間』って『物』は慣れないことをすると疲れることが多いのだけど」
「疲れないけど、しばらく出してないとやり方忘れかけるよ。だからもっと、あっちも呼んでよ」
チェンは閉口した。容姿の優れたチェンは、しかし中身は凡庸だった。
息子と過ごす時間が多いため、たまに娘に会うと毎度律儀に混乱する。『混乱する回数を増やせ』と言われても困る。
「お父様は私がお嫌い？」
姑娘がこてんと無邪気に首を傾げる。チェンは深すぎる溜め息をついた。
「どっちも『お前』だから決して嫌いではないよ。ただ……ちょっと慣れない」
「でしたら私、しばらくこちらで過ごしますね！ どうか私にも慣れてください！」
──そうきたかぁ──チェンは天を仰いだ。
「──ところでお前、その振る舞いは何処で覚えたんだい？ 我鳴には、貞淑な女人なんて、そうそう居ないだろう？」
「ご本を読んで覚えたの！」
「ご本かぁ……」
チェンは魂が抜けたような面になる。
息子で娘の養育は難儀だった。
