選品店
「こちらが我鳴防波名物、『キ物』で御座います。こちらの選品店では箪笥から鉛筆まで、様々なキ物を取り扱っております」
キ物立ち並ぶ「我鳴選品店」の店内、華やかな観光ガイドが拡声器片手に告げる。観光客の一団は色めき、手にした板でキ物を撮り始めた。
「洗濯機が跳ねてる‼︎ 気色悪‼︎」
「あ、人形がこっち見た‼︎ こわ‼︎」
「筆が勝手になんか描いてる‼︎ すご‼︎」
観光客は思い思いの感想を述べる。
「でも思ったより動かないな」
一人の観光客がいらぬ一言をこぼした。
観光客一団は鎖や縄でいましめられたキ物を見、次いで観光ガイドを見た。観光ガイドは選品店店長──チェンを見た。
「よく動くキ物は危険だよ」
安全のためだと告げると観光客から一斉にブーイングが巻き起こる。
チェンはうんざりしながら桐箪笥のいましめを解き、箪笥に収納していた衣類を取り払った。
いましめを解かれ『収納する』という用途を奪われた箪笥はぶるりと震える。そして、側に居た観光客を『収納』しにかかった。
箪笥の用途は衣服や細々とした物の収納だ。だが、収納できるなら『人間』でもかまわないらしい。
「うぉぉぉぉぉ⁉︎」
箪笥に喰われた男は悲鳴を上げる。
他の観光客は歓声をあげ、手にした板で箪笥が男を収納する様を撮影していた。
『外』では人がキ物に襲われる動画は受けが良いらしい。『ばずる』とかなんとか。
何が面白いのか尋ねると、観光客の一人は笑いながら答える。
「物が動くのって面白いし、他人が必死になってるのもなんだか面白いじゃないですか」
観光客は無邪気だった。
「助けて‼︎ 助けてくれよ‼︎ ガイドを雇えば安全じゃなかったのかよ⁉︎」
半身が収納されつつある観光客を見ながら、チェンはほっこりする。
この桐箪笥は、捕まえて中をあらためた時、人の木乃伊を収納していた。状態の良い木乃伊だったので、リャンと一緒に薬屋に売りに行ったのは良い思い出だ。
「ちょっと‼︎ ガイドのおねーさん、助けて‼︎ 助けてよ‼︎ 早く‼︎」
「追加料金が必要です。貴方の命のお値段は?」
観光ガイドは淡々と告げる。
「じゅ、十万紙幣!」
「お安い命ですね。お助けする価値はありません」
観光客は悲鳴をあげた。
「百‼︎ 百万‼︎ 百万紙幣‼︎」
狂乱した観光客は叫ぶ。
「承りました」
観光ガイド首を縦に振ると半身をひねり、左手に力を溜めるような型をとる。チェンの笑顔が引きつった。
「──疾!」
掛け声とともに観光ガイドが掌打で穿つと、桐箪笥は四散爆裂。チェンの笑顔に青筋が加わった。
「凄い‼︎」
「何これ‼︎」
「意味不明‼︎」
観光客は湧き立ち、砕けた箪笥を撮影する。喰われかけた男は腰を抜かしている。
「……美煌、ちょっと」
チェンは観光ガイドを連れてバックヤードに引っ込んだ。
「うちの商品を壊すのはやめてくれと言ったよね⁉︎」
「人命救助です。『清く正しい人助け』」
観光ガイド──美煌は棒読みした。
──これだから功夫使いは‼︎──
チェンは天を仰いだ。
功夫使いは経絡を熟知し、練った気で相対者を降す武人だ。彼らの点穴術は人のみでなくキ物にも威力を発するため我鳴の功夫使いたちは、キ物退治を担っている。
清く正しい功夫使い。僕たちの正義の味方──功夫使いたちのスローガンである。
が、この街で彼らは煙たがられていた。破壊力が強すぎるからだ。
キ物退治でうっかり家屋を倒壊させる功夫使いや、歯の治療中にびっくりして壁を壊す功夫使いとか良くいる。
観光ガイドの美煌も功夫使いであり、たまに商品をぶっ壊している。観光客を連れてきてくれるのはありがたい。その一点だけにおいてのみ、ありがたいが。
「──六十万」
色々堪えて、チェンは商品の賠償金額をつげる。
「高価いです。四十万」
「安い」
「四十五万」
「誠意」
「……五十万」
「良し」
賠償金の交渉を終えると、二人は足早に店内に戻った。
観光客たちは写真コーナーに群がっていた。
チェンが撮った我鳴の風景写真を売っているのだが、キ物よりよく売れる。値段は一枚一万紙幣。
『外』の物価は我鳴防波の十倍以上という。この程度、観光客の懐には微風だろう。
観光客を見張りつつ箪笥の残骸を片付けていると、目の端にちょこちょこ動く肌色の物体がひっかかった。
丸鶏だ。キ物化したらしい。
当たりを引いたなぁ──昨日丸鶏を買ったことを思い出しつつ、ホクホクしながらチェンは丸鶏を捕まえた。キ物化した食材は活きが良くなる。大変美味い。
「キャー‼︎ なにそれ‼︎」
「きも‼︎」
「かわいっ‼︎」
「きもかわいっ‼︎」
歓声にチェンは我に返った。丸鶏を捕まえたチェンに観光客たちが手に持つ板を向ける。突如被写体となり、チェンは固まる。
「お兄さん‼︎ 鶏を顔の横に‼︎」
「こっち見て‼︎ もっと笑顔で‼︎」
「もっと可愛く鶏を持って‼︎ ポーズももっと良い感じに‼︎」
「自然体‼︎ もっと自然体で‼︎」
次々に飛び交うオーダーにチェンは無と化す。
──何だろうなぁ。この状況、何だろうなぁ──
しかし、転んでもタダで起きてたまるものか。死んだ魚の目でチェンは告げる。
「……一撮り、五万紙幣頂戴します」
◼︎──────
世の中には訳のわからないことが多過ぎる。
なぜ『物』がキ物化するのか誰も知らない。
国境沿いの砦に過ぎなかった我鳴が、縦横無尽にビルが寄り合いひしめき合う異形の巨大都市となった経緯もわからない。
だが、チェンにとって一番不可解なのは常識を異にする人間だった。
なせ観光客はああも色々撮りまくるのか。
なぜキ物一つにはしゃぎまくるのか。
なぜ『自分だけは安全』と信じて疑わないのか。
なぜ無法の街と分かった上で観光に来るのか。
なぜ……なぜ……なぜ……なぜ……。
卓に着いて呆けていると、目の前に茶が置かれた。リャンだ。
「疲れている?」
「……今日は観光客が来たから」
頭のネジが外れた客は稀に良く来る。が、この街の住人であればそう骨は折れない。ハジけていても彼らは根底でチェンと常識を共にする。
団体で訪れる浮かれた観光客は金を落とすし害は無いが相手をしずらい。
彼らは無害な害悪で、無邪気な邪悪だ。少なくともチェンの目にはそう映る。
養子の入れた茶を啜ると、チェンはげっそりと呟く。
「観光客が居る時は、リャンは店内に来てはだめだよ……」
「どうして?」
「馬鹿……じゃなくて、呑気さがうつったら困るからさ……」
痛切にチェンは告げるのだった。