ゆうれい:前
我鳴防波は眠らない。
所狭しと生えるネオン看板のやかましさに夜闇は負ける。
黒社会やクスリの売人、娼婦は夜こそ稼ぎ時だ。ギラつくネオンの下、無法の街は色濃い猥雑と悪辣をかもす。
だからこそチェンは夜に眠る。無法の街でいくらかまともでいるための秘訣の一つだ。
だが安眠は、ここしばらく妨げられていた。
「いーーーやーーー‼︎ また出たぁぁぁ‼︎」
上階からのやかましい叫びに目を覚ます。寝ぼけた耳にカンカンカンと鉄階段を駆け降りる音が聞が響いた。
今日こそは狸寝入りを決め込んでやる──半眼で決意していると選品店の扉が激しくノックされた。
「チェン兄さん! チェン兄さん‼︎ 居るんでしょ⁉︎ 今夜も出た‼︎ 出たんすよ、彼女‼︎ やーーーだーーー‼︎」
無視してもノックと喚きは途切れない。苛立ちながら寝返りをうつと、寝室にリャンがやってきた。
「父さん、仔空兄が今夜も来てるよ」
眠気を感じさせないはっきりとした声で養い子は告げる。致し方なくチェンは寝床から這い出した。袍を羽織って店の扉を開ける。
転がり込んできたのは青白い肌に人好きする顔立ちの青年──仔空だ。
諸事情で選品店の上の階に住み着いた彼はガクガク震えてリャンに抱きつき、また喚く。
「わぁぁぁん‼︎ リャン坊だ‼︎ ちゃんとここに居て、生きてる人間だぁぁぁ‼︎」
心臓止まってる人間が何をぬかすか。チェンは呆れながら、リャンから仔空をひっぺがした。
「で。その様子だと、また出たんだ?」
不機嫌にチェンは続ける。
「女の鬼」
この街は我鳴防波。
巨大な違法建築群が積み重なる無法の街。
この街では物は動く。動く物は『キ物』と呼ばれる。
加えて鬼も出たりする。
◼︎──────
話は十日ほど前にさかのぼる。全ては目の前のうるさい青年から始まった。
死装束を着た心停止状態の仔空が店に逃げ込んできたので、彼の処置を観光ガイド兼功夫使いの美煌に頼んだ。
青年の生死判別に困った彼女は功夫使いの上司である壊老師を呼び寄せ、事態の収集を図った。
老師は功夫使いなりの判定法で仔空を屍物──キ物化した死体──ではないと判断。
ここまでは良いのだが、葬儀中に動き出したせいで家族に追われ、帰る場所のない仔空は選品店に置いてくれとのたまった。
拒否したチェンだが、最終的に根負けする。
選品店の上の階を所有していたことを思い出したので、そのうちの一部屋を仔空に貸したのだが──まぁ、その物件がいわく付きだった。
阿片中毒で自死した女の鬼が出るとか出ないとか。
「そういえば父さん言ってたよね。この店と上の階はセット販売しかしてなくて、異様に安かったって」
「ああ、そうだよ。鬼ごときで商品を叩き売るなんて、軟弱な商人だよねぇ」
「いわく付き物件を俺に貸さないでぇぇぇ‼︎」
呑気に話す擬似親子の前で、仔空が叫ぶ。
「鬼といっても、洗濯機のキ物みたいに人をミンチにするわけじゃあないんだろう? そんなに怖いかな……」
「怖いすよ‼︎ なんかじっと俺のこと見てくるし‼︎ 部屋を替えてもついてくるし‼︎」
「あんたに気があるんじゃない? 口説けば?」
「やーーーだーーーー‼︎」
軽く返すと、仔空は半べそかきながら喚いた。
チェンからすると、心停止状態で元気に動く何かが鬼におびえている方が意外なのだが。
「俺も一階に住ませて下さいよぉぉぉ‼︎ ここで一人はやだぁぁぁぁぁ‼︎」
一階は選品店とバックヤード、そしてチェンとリャン親子の居住スペースになっている。
「お断りだね」
チェンは即答した。やかましい死体と同居したくない。
「じゃあ、リャン坊貸してくださいよ‼︎ 抱いて過ごす……」
「却下」
こちらもすぱりと切り捨てた。少年として育てているリャンだが、正しくは半陰陽だ。女好きの仔空と二人きりにさせたくない。
「あんまりだぁぁぁ‼︎ お袋からは餅米まかれるし、新居の大家は冷たいし……‼︎」
再びリャンにひつっいた青年を、チェンはため息吐きつつはがしにかかる。
怪異といえば、我鳴の薬屋にはよく人魚の木乃伊が飾ってある。東国では人魚の肉は不老不死の妙薬とされているそうで、それにあやかった縁起物として飾っているらしい。
もちろん本物ではない。猿と魚の半身を縫い合わせた偽物だ。だが薬師にだまされ、大枚はたいてそれらを買っていく観光客もいるという。
鬼も高値で売れるかも──チェンはひらめく。
人魚の木乃伊や人の肝を干したものはたびたび見るが、鬼が売られているのは見たことがない。希少価値は高かろう。
「捕まえられないかな、鬼」
チェンがぼそりと呟くと、リャンと仔空は顔を見合わせた。




