ハッピー屍:後
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「訳がわかりません」
美煌は幾度も青年──仔空と名乗った──の脈をとり、彼を凝視した後で平板に告げる。心なしか目が虚ろだ。
逆に仔空は美煌の触診中、鼻の下を伸ばしくねくねしていた。喜怒哀楽がわかりやすい青年だが、彼が何なのかだけが天高くわからない。
「経絡の位置は正しく気脈の路も整っています。気の流れが滞っていますが、この程度なら正常の範囲でしょう」
功夫使いは眉を寄せた。彼女が困惑するのをチェンは初めて見た。
「ですが彼は、脈が全くありません。心の臓が止まっているかのよう」
「体温も無いっぽいんだよね」
「しかし滑らかに動き淀みなく喋り、言動は生きた人間そのものです」
「そうなんだよね……」
チェンと美煌は揃って仔空を眺めた。どちらともなくため息がもれる。
物が動く我鳴では、|死体も動く。
屍物と呼ばれるそれらは、ぎちぎちと歯を鳴らし死後硬直した身体を歪に動かす。その様はおぞましく、哀れでもあった。
対する仔空は、心臓が止まり血流も体温もないようだが元気に動いて喋っている。本人の性格も手伝って、ぱっと見は青白いだけのただの兄ちゃんだ。
「……功夫使いから見て彼はあり? なし?」
これまでに出会った屍物の悲惨さと、仔空の無駄な明るさを比べて複雑な気分になりつつ、美煌に問う。
キ物退治を行う功夫使いだが、彼らのみなもとは屍物退治にあると聞く。なので遺憾ながらも観光ガイド兼功夫使いの彼女を呼んだのだが。
「私に功夫使いの総意を尋ねないでください。上の判断をあおがねば」
なんとも言い難い眼差しで元気な屍を睨めながら美煌はこぼす。
上。功夫使いの上長。初めて聞く存在にチェンはわなないた。
恐々とするチェンに構わず、美煌は携帯電話端末をプッシュし、要点をかいつまんだ通話を終えた。
「……呼んだのかい? 功夫使いの上司を?」
「ええ」
チェンは天を仰ぐと、店の壁にかけたトラバサミを手に取り、すみやかに店頭に設置した。
美煌単体でも店の商品を木っ端微塵にしたり、素手で扉に風穴を開けたりと破壊力が凄いのだ。これ以上店に功夫使いを増やしたくない。
店内に戻ると美煌が仔空を床に叩きつけていた。仔空は女好きなようだから、性急に美煌と距離を詰めようとして怒りをかったのだろう。
青年は頬をゆるゆるにしながら、何事もなかったように起き上がる。
「美煌さんって優しいすね」
「はい?」
「俺を床に叩きつけつつも、痛くないよう調節してくれるなんて‼︎」
「そんな芸当、私には出来ませんが?」
淡々と答え、女人はチェンを睨んでくる。
「どうにかしろ」とその目は訴えているが、チェンに出来るのは首を横に振ることくらいだった。
「このお兄さん、針でつついても血が出ないんだよ。痛がってもいなかった。まるで生きていないみたい」
「変なこと言うなよ、少年ー! 元気いっぱいのおにーさんが生きてないんなら、誰が生きてるって言うんだ⁉︎」
リャンの指摘は明るく突っ返された。
元気な死体って扱いに困るんだなぁ──チェンは痛感する。いらん知識を学んだ気がする。
元気な死体が一匹と、功夫使いが一人。ここに新たな功夫使いが加わったら、きっとロクなことにならない。
店の平穏のため、仔空と美煌を店外に放り出した方がいいのでは──チェンは思い至るも、時は既に遅かった。
勢いよく店の入り口が開かれる。あまりの勢いに扉は木っ端微塵となった。──修繕費‼︎ ──唇を噛みながら、チェンは胸中で叫ぶ。
入店したのは、かくしゃくとした老爺だ。長い白髪を一つに束ね、短く髭を生やしている。
「阿煌ーーー!」
老爺は叫び、凄まじい速さで美煌に駆け寄り抱きしめようとする。が、美煌が颯爽と避けたため、壁に激突。壁に大きなヒビがはいった。
剥き出しのコンクリートに走ったヒビを、チェンは無の眼差しで見つめる。
「こちら龍煌──通称壊老師です。功夫使いの指南役で、我鳴功夫協会の副会長であられます」
「ヤダヤダー! 阿煌が他人行儀なのヤダー‼︎ 『お祖父ちゃん』って呼んでヨー‼︎」
血縁者かぁ──チェンは虚ろに爺孫を見やる。
「話はあらかた聞いてるヨ。元気な死体ってのはどの子?」
チェンと美煌は無言で仔空を指し示した。元気な死体は唇を尖らせる。
「二人ともひっどいなー。見てのとおり、俺は元気しゃきしゃきですよ‼︎ 死んでるわけないでしょーが‼︎」
「ウワ、めっちゃ元気ー‼︎」
壊は呵呵と笑い、一転鋭く青年を見据えた。毛穴の奥まで見透かすような検分のあと、老爺は肩をすくめる。
「やっぱ儂らって目が節穴ー。気脈と経絡は見えるけど、魂魄の有無はわかんナーイ」
「こんぱくってなぁに?」
「良い質問だネ!」
リャンの問いに壊は片目をつむって笑った。
「生き物には魂と魄が宿っていてネ」
老人は柔くにぎった両手を上下に重ねた。組み合わされた両手は歪ながらも太極の図に見える。
「魂は精神をつかさどる陽気──目に見えない命ソノモノって感じカナ。魄は肉体をつかさどる陰気──身体を動かす源って感じー」
リャンは老爺の手を見つめ、じっと説明を聞いている。
「生き物が死ぬと、魂と魄が別れちゃうの。魂は天に昇り、魄は土に還る」
老爺は組み合わせた両手を解いた。片手は上昇させ、もう片方は下降させる。
「魂魄がわかたれ失せると生き物は終わる。でも我鳴はキ物化で屍が動くよネ」
壊は小さく嘆息した。
「ただ彼ら魂魄無しで動くから、生きているとは言いがたくてサ」
「そうなんだ」
リャンは静かにややこしい説明を聞いていた。自分なりに咀嚼したのか、しばらく経って少年は尋ねる。
「じゃあ屍でも、魂魄を持っていれば生きてるってことになるの?」
「うーん……多分……そーなる……かなァ?」
髭を撫でながら壊は天井を見た。自分の発言をよく分かっていない顔だ。
「要は、魂魄があればそこの彼は無害な生者。無ければ邪な屍物、ってことでいいのかな?」
「まぁ、そーいう事で良いんだけどォ……」
焦れたチェンが問いただすと、老人は言葉を濁す。
「我ら功夫使い、点と脈を診るのは得手なれど、魂魄は見れぬものでしてェ……」
きまり悪げに告げると、老爺は片目をつぶって茶目っ気のある笑みを見せた。
要はこいつら、この件では役立たずってことだな‼︎──チェンは真顔になる。
どうすればクソ厄介な来客どもを店外に叩き出せるか。思案するチェンの前で、壊はにこやかに元気な屍に寄っていく。
「なぁに。非力なれど、この場の沙汰はくだすとモ。功夫使いなりのやり方になるけどネ」
「どうするの?」
リャンが問うと、老爺は笑う。
「いつもと同じサ。経絡を突いて崩れるなら屍物。崩れないならそれ以外」
告げると壊は小指の先をそっと仔空のみぞおちに当てる。
とたん青年は猛烈な勢いで吹っ飛び、壁に叩きつけられた。衝撃で壁に深い人型の凹みが出来る。
──この店買うまでに、七年かかったんだけどなぁ!──
チェンは笑う。一周回って店を破壊されるのが楽しくなってきた。
どれだけ修繕費をせびろうか。心の中でウキウキ算盤を弾く。
「痛ってぇぇぇぇぇ‼︎ 痛くないけど、気分的に痛ぇぇぇぇぇ‼︎」
全身を強打した青年は、喚きながらもすっくと起き上がる。
やはり屍──いや、功夫使いに点を穿たれ崩れないのだから、生者とみなすべきか。どちらにせよ痛みは感じていないらしい。
「頑丈だね、キミィ! だがひとまず屍物では無し! 多分!」
「という訳で彼は、我らが崩すべき対象ではありません」
堂々たる祖父の言葉を美煌が淡々とつなぐ。
「修繕費」
チェンはにこにこしながら功夫使いたちに告げた。祖父はきょとんとしたが、孫娘はきゅっと唇を引き結ぶ。
「肉親の前で金をせびるのばどうかと。この件は後日相談願います」
「相談の日程が一日遅れるたびに、利子を五割上乗せするから」
「タチの悪い金貸しより悪辣ですねぇ」
「他人の商品や店を壊す輩に言われたくないねぇ」
女功夫使いは舌打ちすると、老爺の背を押し店をあとにした。
功夫使いが立ち去り、心底安堵したチェンだが
「やー、なんか慌ただしかったわー」
騒動のみなもとが居座っていることに気づき目を剥く。
「なんであんたがまだ居るのかな? ここは私の店で、私の家族はリャンだけなのだけれど?」
「細かいこと言わないでくださいよー。俺、多分まだお袋たちに追いかけられてるから、行く宛が無くってぇー」
「私の知ったことじゃぁないね!」
チェンは足払いして仔空をコケさせ、襟を引っ掴み店外に放りだした。が、残念ながら扉が木っ端微塵になっているため仔空は難なく店内に戻ってくる。
「……リャン、ちょっと彼を押さえていてくれる?」
「このお兄さんをどうするの?」
「縛って遠くに棄ててくる」
「やだーーーーーーーー!! ご慈悲を!!」
仔空は喚いて暴れたが、リャンの協力のおかげで縛ることには成功した。だが、その後の抵抗がしつこい。びったんびったん海老のように跳ね、中々かつがせてくれない。
「……この王八蛋っっっ!!」
キレたチェンはその辺の戸棚に青年を突っ込んだ。戸にかんぬきをかけ、戸棚の前にデカ目のキ物を積み上げる。
チェンが冷静さを取り戻し戸を開けるまで、戸の中からガッタンゴットンと元気に暴れる音が響き続けたという。




