ハッピー屍:前
元気な死体がログインしました
「たすけて、くれぇぇぇぇぇぇ──‼︎」
閑古鳥の鳴く選品店の穏やかな午後。ゆったりとした空気は店に飛び込んだ客の叫びで儚く散った。
寝椅子のキ物に転がって昼寝していたリャンは飛び起き、我鳴日々報──ガセと真実がごちゃ混ぜになった我鳴の新聞──に目を通していたチェンも顔を上げる。
駆け込んできたのは淡い髪色の青年だ。肌は紙よりも白く、白い寿衣──死装束をまとっている。
「餅米はつらい、餅米はつらい、何か知らんけど餅米はつらい……‼︎」
青年はぶつぶつ呟き卓のキ物の下に逃げ込む。買い物をしに来たようには見えないが、店に入ったからには金を落としてもらおう。チェンは卓のキ物に寄り、笑顔で青年を迎える。
「我鳴選品店へようこそ。何がご入用かな?」
「うーわー‼︎ 綺麗なお姉さん‼︎ 窮地に花‼︎ 掃き溜めに鶴‼︎ 助けてお姉さん‼︎ 助けてぇ‼︎」
青年は卓の下からにゅっと這い出て、チェンの手を両手で握った。氷のように冷たい手にチェンは目をみはったが、すぐさま笑みをもどす。
「お姉さんではないけどね。洗濯機のキ物が入ったけどどうだい? もちろん財布は持っているよね?」
「えっ、男⁉︎ お姉さんじゃなく⁉︎」
負けじと手を握り返すと、青年は手を振りほどいた。チェンの営業を無視して彼はわめき散らす。
「とにかく助けてください‼︎ お袋とダチが凄い顔して餅米撒きながら追ってくるんすよ‼︎ 餅米つらい‼︎ 何か知らんけどつらい‼︎ ここに隠れさせてください‼︎」
言うが早いが青年は寝椅子の裏に身を隠した。彼が誰で何をしたかは知らないが、ろくな予感がしない。
とりあえず店先を覗くと、確かに怒声をあげながら周囲を見回す一団があった。各々手には米を盛った枡を持ち、米を──青年の言葉とうりなら餅米を──撒きながら、騒々しく通りすぎていく。
面倒事の臭いしかしない!──チェンは静かに扉を閉めた。チェンの顔が陶器だったら、艶やかな笑みに亀裂がはしったことだろう。
死人のように白い肌に、氷のように冷たい手。極め付けに死装束。青年の様子は尋常ではない。
加えて彼は家族と友人から餅米を撒かれたと言った。中つ国の文化が色濃い我鳴では、邪気祓いに餅米を撒く風習がある。屍物──キ物になった死体──が出た場所にしつこく餅米を撒く老人を時折り見かける。
つまり青年は屍物の可能性があった。だが、なめらかに動きよく喋り、そこいらの気だるげな通行人より余程元気だ。
色白で体温が低くて変わった服の趣味をしている普通の人かもしれない。チェンは青年の様子を伺うことにする。
「お兄さん、何でそんな格好してるの?」
父の思惑を知らぬリャンは、寝椅子の裏の青年に無邪気に尋ねる。青年はにゅっと伸びて寝椅子の背もたれに顎をのせた。
「路歩いてたら、硬いものが落ちてきて? 脳天に直撃したっぽいんだよ。ドゴォって凄い音したし。それでおにーさん気を失ってぇ──」
青年はげんなり語る。
「で、気付いたら暗くて狭い場所に居てさ。ビビって飛び出たらお袋やみんなが居るだけじゃなくて、坊さんが経を唱えてて。なんでだか俺、この格好でドライアイスの詰まったせっっまい箱? に閉じ込められてたみたいでさぁ」
それ、あんたの葬儀では? ──チェンは天を仰いだ。
我鳴住民の大半は金と手間を惜しんで葬儀を省くが、この青年は葬式をしてもらえる程度には恵まれているようだ。しかし気にすべきはそこではない。青年が納棺されていたことの方が重要だ。
「ちょっと失礼」
青年ににじり寄ったチェンは彼の脈をとる。あって欲しい脈動は微塵も感じられない。
「またまた失礼」
今度は死装束の胸許に耳を押し当てた。聴こえてきて欲しい音──鼓動はいっさい聴こえてこない。
裁縫道具を持ってきて、白い肌を針で突いてもみた。だが青年の肌から血がにじむことはなく、痛みも感じていないようだ。手の甲をずぶりと刺された彼は「手品すか?」と呑気に首を傾げている。
この針、手品用だっけ……? 自信を無くしたチェンは自分の手の甲を針で突いた。ばっちり出血したし、しっかり痛かった。
「お兄さん、触れ合い大好きすね? お兄さんがお姉さんならお触り嬉しかったのになー」
戯言をぬかす青年は恐らく死んでいる。めちゃくちゃ動くしよく喋るが、心拍と脈がなく、血も通っていない。生命活動が停止していると思われる。
──どうしよう、これ……──
チェンは数秒悩んだ後、リャンの首根っこを掴んでともにバックヤードに身を隠した。青年に悪意や害意はないようだが、子供を得体の知れないものの側に置くほどチェンは能天気ではなかった。
黒電話の受話器を外す。不本意ではあったが、とある人物の番号にダイヤルした。
「喂、美煌。うちの店に屍物っぽいの? が居るんだけど。何とかしてくれない⁉︎」
大いに混乱しながら、チェンは功夫使いに助けを求めた。




