ep7 初戦敗退
Möbiusと出会って以来、彼との会話は僕の日常の一部となっていた。ただし、その声が聞こえるのは僕の脳内だけ。周囲から見れば、僕は突然黙り込み、次の瞬間に一人で話し始める奇妙な子供に映ったようだ。そのせいで、ますます変わり者扱いをされることになった。
それでもアルヴァもアリオもそんな僕を奇異の目では見ずに愛情を注いでくれていた。だがどうしても周りの子とは馴染めず友達は相変わらずできなかった。まぁ4歳や5歳の子と話すのは子守のようで正直辛かったのでMöbiusさえ入れば僕には友人なんて必要はなかった。だが両親は僕に友達がいない事をいつも心配していた。
ある日の事だ、街のはずれの広場で、数人の子供たちが楽しそうに騎士団ごっこをしていた。その中でひときわ目立つのは、身長も大きく、自分より2歳は年上だろうか?堂々とした姿の子供だった。
僕はその遊びを、少し離れた場所から静かに眺めていた。子供たちが木の棒を使って戦っている様子を見ながら、ふと、自分がまだ小さかった頃を思い出していた。
「きっとあの大きいのがガキ大将、隊長か騎士様だな…この世界でも子供たちはこうやって遊んでいるんだな…」と、微笑ましい気持ちで眺めていた。
アルヴァから隣の家までパンを渡すようにお願いされ歩いている途中だったが、その光景に思わず足を止めて見入ってしまう。ガキ大将が仲間たちと掛け合いながら、次々と木の棒で戦う姿を見て、心の中で懐かしさが湧いてくる。
だがふとした瞬間にガキ大将と目が合う、子供たちはヒソヒソと話し始め少し不快そうに顔をしかめ、歩み寄ってきた。
「おい、お前、さっきからニヤニヤと、何見てんだ?」と、少し挑戦的な声で話しかてくる。
僕は驚いて目を逸らしたが、ガキ大将は構わずに言葉を続けた。
「お前だよ、オ・マ・エ。馬鹿にしてんのか?」
自慢じゃないが僕は前世では喧嘩なんてした事もない、平凡な人生を歩んできた。
目の前にいる相手はまだ6歳か7歳だろう、ここは毅然とした大人の対応でと思い近づくと、自分が小さいせいか相手の身長が大きい事に年齢以上の威圧感を感じてしまう。
思わず僕は彼の足元だけを見ながら「いや、そんな事は決して…」と答える。
だがガキ大将は僕のその態度を見て笑いながら言った。
「お前、近所のエルリスの家の子供だろ?母さんが言ってたぞ!友達もいない、不気味な子供がいるって!」
「ご近所さんの評判悪すぎだろ…」
そんな風に思われていた事にショックを受けたがそんな場合じゃない、目の前のガキ大将はこちらに敵意を向けているのがひしひしと伝わった。
ガキ大将は笑いながら言った。
「友達がいないなら俺達が遊んでやるよ!騎士団ごっこだ!隊長の俺が剣の稽古をしてやる!」と言い放ち木の枝をこちらに投げる。
前世の自分なら「いやいや、元気があって良いなぁ、さぁ子供は向こうで遊んでなさい!」と言う状況だが僕は今、絶賛5歳児を満喫中だ、そんな事を言っても相手の神経を逆なでするだけだろう。ここは刺激せず…
「あの、僕、喧嘩はしたくないんだ…」と潤んだ瞳で訴えかける。
さすがにこの健気な幼児を虐めようなんて事は思わないだろう!
だがガキ大将は構わず、木の棒を振り上げてきた。
なんて奴だ…と思った瞬間、脳内にMöbiusの冷静な声が響いた
『上段から攻撃が接近中。秒速2m/s、回避準備を。』
その声に反応し、必死に身をよじらせて攻撃を避けようとしたが、動きが少し遅れて木の棒が肩に軽く当たってしまう。
「いった!」肩に鈍い痛みが走る。なんてガキだ!
その瞬間、自身の脳内に自分を真上から俯瞰したようなイメージが展開される。これはMöbiusの周辺索敵だ…
ガキ大将は笑いながら、もう一度木の棒を振り上げてきた。
「おい、こんなのも避けられないのか?」
その言葉を聞き、僕は少し焦った。そしてまたMöbiusの声が脳内で響き続ける。
『右腹部に攻撃が接近。回避の準備。』
僕はその指示に従おうとするが、足元が不安定で、木の棒が軽く右腹に当たった。
「っ!!」声にならない声を上げて後ろによろめく
僕は混乱し、少し後退りながらガキ大将を見上げる。その間に相手はさらに攻撃を繰り出してきた。
『左足に攻撃。反応時間が足りません。』
動揺にガキ大将のふるう枝が僕に何発も打ち下ろされる。
うずくまった僕にガキ大将は楽しげに笑いながら、木の棒を振り続ける。「もう終わりか?」と言葉をかける。
こんな小さい子供にいいように殴られる。なんて無力なのだろうとうずくまっていると
「なんだ、弱っちいなぁ。」とガキ大将は言い残し去っていった。
僕は痛む足を引きずりながら家へ帰る。
何が強くてニューゲームだ…あんな子供に喧嘩で負けて。
前世の記憶があって、少しばかり知識がある、Möbiusもいて魔術も使える、そういう状況に僕は甘えていたんじゃないか?文明がさほど進歩していないのであれば暴力的な人ももちろんいる。だが僕にはフィジカルが圧倒的に足りない。それは年齢のせいもあるが、どうすればいい?今もMöbiusがリアルタイムに攻撃の予測を指示してくれた、そしてその通りに攻撃はきたがまったく反応できなかった…僕はまた前世のように特に努力もせず人生を繰り返すつもりか?
そこまで考え僕はMöbiusに問いかけた。
「Möbius教えてくれ、1対1の戦闘の技術やどうすれば勝率をあげる事ができると思う?」
その問いかけに、しばらくの沈黙があった後、Möbiusの冷静な声が響いた。
『戦闘における勝率を上げるには、まず反射神経を鍛えることが必要です。また、相手の動きを予測し、自分の行動を最適化する能力を高めることが求められます。』
僕はその言葉に頷きMöbiusが攻撃を予測できるのであれば、それを最大限利用できるようにしようと考えた。
翌日、朝起きた時、身体の痛みは全て消えていた。Möbiusが身体回復の魔術を使ったのかはわからなかったが、寝ている暇があるなら特訓でもしろという意味に解釈しMöbiusとの特訓を開始した。
自宅の少し先にある空き地、目の前には、いくつかの木の枝が紐でくくられ、あみだのように手元からぶら下げられている。周囲には人影はなく、訓練には最適な場所だ。
今の僕に必要なのは敵の攻撃を躱す動体視力ではない。Möbiusのサポートを受けながら、体の反応を鍛える、そしてそれに慣れる事だ。僕は容易した布で目を覆うようにきつく巻き付ける。
「準備はできた…よし、行こう。」
僕は深呼吸をし、目隠しをしたまま静かに立つ。
その瞬間、Möbiusの冷静な声が耳に響く。
『訓練を開始します。第一波、左側から枝が接近します。範囲索敵開始します』
手に握る紐の一本を離し耳を澄ませると、左側から枝が少しずつ動き、やがて音を立てて僕に向かって迫ってくる。音だけでは正確な位置が分からないが、僕の脳内ではすでに別の世界が展開されていた。
瞬間的に、視覚が脳内に投影される。目の前に広がるのは、自分を俯瞰したビジョンだ。自分の位置が小さな点として表示され、その周囲にある木の枝の位置が、透明なラインで示されている。Möbiusの解析によって、枝がどの位置から、どの方向に動いているのかが一目で分かる。
「左だ、左からだ!」
瞬時に、音とビジョンが一致し、僕は左に身体をひねり、枝を回避するために反応した。頭の中で展開されるビジョンの中で、枝が正確に僕の顔をかすめる瞬間が映し出され、冷や汗が流れる。
『回避成功。次は右側から接近します。』
右側からの音を聞き逃すまいと、再び脳内のビジョンに集中する。右から接近する枝の位置がビジュアルで示され、体はその位置に合わせて微調整される。音が近づくのと同時に、身体が反応し、右に一歩踏み出して枝を避けることに成功する。
「よし、もう一度!」
次の指示を待つ。
『次は背後から複数の枝が接近します。反応速度を保ちつつ、複数の攻撃に対処してください。』
この時、僕の脳内には複数の枝の位置が示され、背後から接近する枝が動き出すのが見えた。今度は、音だけでなくビジュアルでもその位置を完全に把握できる。
「いける!」
僕は一度深呼吸し、背後に迫る枝を避けるために後ろにステップを踏んだ。その瞬間、頭の中で再びビジョンが変化し、もう一つの枝が右脚をかすめたのが見えた。
『反応遅れ。次回はもっと早く動くこと。』
少し遅れた反応に悔しさを感じながらも、僕はすぐに足元をしっかりと固め、次の動きを準備する。脳内ビジョンで自分の位置が確認できるため、次の枝の位置を予測しつつ、今度はすばやく右脚を引き上げて回避する。
『良好、回避成功。次は上方向から。』
「上方向?」
驚きながらも、すぐに脳内ビジョンを頼りに、上方から来る枝の位置を確認した。その方向から来る枝は思いのほか速く、次の瞬間コツンと木の枝が頭に直撃する。
「いった!!!」
『反応遅れ、もっと素早く反応を』
「うるさい!これでも精一杯だ!」
傍からみたらなんとも奇妙な光景だろうと考えその場に座り込む。
「まだまだ、もっと早く動けるようにならないと…」
僕はその日を境にMöbiusとの連携をスムーズに行えるよう訓練をするようになった。
これが正しい事なのかどうかは分からないが、前世の自分が後悔した事を取り戻す。
今度は後悔のない人生を送ろうと決めた。




