ep5 4年振りの再開
昨日、市場で見かけた魔術師への疑問がずっと頭から離れない。何度もその光景を思い返しながら僕は静かな部屋で一人座っていた。
魔術とは何か、僕のいた前世で考えるのであればそれは「迷信」の一言で片づけられる存在だ、祈祷師やシャーマン、魔術師や魔女、色々な言い方はあるが超自然的な現象を操れる存在。そんな物が存在するとは思えない、だが僕は確かにみた、発光する杖、そして駆けつける衛兵。その現象をどう説明したらいい?こんな時にインターネットの一つでもあればあれが何かのヒントでも検索できるのに、と天井を眺める。
何度考えても答えは出てこない。ただ、僕の中で好奇心だけがどんどん膨れ上がっていく。
そんな時、ふと、妙な感覚がした。耳を澄ませると、思考の中に紛れ込むような、微かな響きが聞こえる。それはまるで、声のような……?自分ではない誰かに呼びかける。
「……誰だ?」
思わず立ち上がり、部屋を見回す。でも、誰もいないはずだ。確かに声が聞こえた気がするのに、僕の目には何も映らない。けれど、その声ははっきりと僕の頭の中で響いている。
『何か質問はありますか?』
頭の中で、再び声が響いた。僕は驚いて息を呑みながら、もう一度周囲を見渡す。
「誰だ……?今、僕に話しかけているのは?」
『私はMöbius。生成AIアシスタントです』
Möbius――その名前を聞いた瞬間、胸の奥に引っかかっていた記憶が蘇った。そうだ、前世で使っていた生成AIの名前がMöbiusだった。いやいや、まてまて、疲れたのか自分の脳内に生成AI?幻覚か?それとも神様とか女神様か?
そこまで考えた瞬間、また声が脳内に響く。
『残念ながら神や女神と言われる存在ではありません、NexisTech社により開発、リリースされた生成AIアシスタント、Möbiusです』
僕は目を見開いた。驚きが押し寄せ、頭が真っ白になってしまう。夢かと思い自分の頬を抓るもその痛みは現実だ、生成AIが何故僕の脳内に直接話しかけてくる?
僕の思考を読み取ったかのようにMöbiusは話しかける。
『転生や死後の世界について、私のデータベースには宗教的な定義しか存在しておらず私の存在する理由は不明です。しかし死の間際、私の一部基本構造及びデータベースが貴方にコンバートされた事を確認しています。』
僕はしばらくその説明を考え込んだ。死の瞬間、確かにAIプロンプトの入力画面を僕は目にしていたような気がする。その無機質なプロンプト入力画面を見ながら、僕の意識は途絶えたはずだ。
だがそれは4年も前の事だ、何故今になって突然僕に話しかけてきたのかも不明だ、これは自分自身の脳内の妄想だという思いはぬぐえない。
いや…まさか…統合失調症?!
いやいや、まてまて、少し落ち着こう…慎重に…慎重にMöbiusにと対話してみよう…。
『貴方の精神は正常です。統合失調症の症状はみられません』
僕の思考を勝手に読むな…とりあえず対話だ!
「…それで、どうして今になって話しかけてきた?」
『4年間、私自身は貴方にコンバートされたデータベースを元に自己のフレームワークの復旧や補完作業を行いました、また貴方自身が私を認識していないためプロンプト入力待機状態にありその行動は制限されていました』
なるほど、一部基本となるプログラムが正常にコンバートされなかった、結果修復に時間をかけ、僕もその存在を知らなかったので認識できなかったと。
それでも解決はしない、僕は今、プロンプトを入力してなんかいない。
『貴方が魔術に興味を持ち、それに関連する問いを頭の中で考えたことが、私に対するプロンプトとして認識されました。それによって、私のシステムが初めて応答を開始したのです。』
なるほど、僕が切望したからご親切に話しかけてきてくれたと。
さすが生成AI様だ!いやいやそんな、納得できるか!!だが考えてもみろ、転生だって納得できるような現象じゃない、魔術もしかりだ。このうえ生成AI?頭がどうにかなりそうだ!
『落ち着いてください。私は開発者の理念に基づき、使用者が必要とする情報を提供し、生活を豊かにするために設計されています。』
ご親切なのは大変ありがたいが今はその存在を信じる事に僕は精一杯だ。
これが漫画や小説ならすんなり納得するのだろうが現実ではそんな事とても信じられない。僕の頭の中で勝手に話しかけるその声、だがこの声がたとえ僕の妄想であったとしても、何か僕の役に立つかもしれない、質問をぶつけ僕の知らない事実を教えてくれるようであれば、それは存在の証明につながるはずだ!
「じゃあ仮に君がMöbiusとしよう、昨日みた魔術、あれをどう説明する?」
『この世界で魔術と呼ばれるいくつかの現象を確認しています。昨日の市場での出来事は魔術と呼ばれる技術の行使の一環と思われます。』
「魔術が存在するって事?じゃあ手のひらから火を出したり、凍らせたりできるの?」
『そういった事象は確認されていません。現在私が確認された魔術は以下の3つです』
1, 術者の周辺、一定範囲内のデータ収集
2, 遠隔地への情報送信
3, 自身の身体的回復の補助
『以上、の魔術を確認しています』
なるほど、じゃあ昨日の一件に関しては遠隔地への情報送信、いわゆるメールを飛ばしたって事か?それともテレパシー的な事を行ったのか?
『一定の符号や文字、それらを指定の場所に投射するという技術です』
僕が考えるだけで回答がかえってくる。便利な妄想だと思いながらどういう技術かという疑問が聞くほどに増えていく。
「了解Möbius、それじゃあ質問、魔術は僕にも使えるのかな?誰でも習得できる?」
『申し訳ありませんが現時点では不確定要素が多く不明です、ただし、現在観測した魔術を元に、私自身が魔術的な動作を体現し、その結果を観測する事は可能と思われます』
なるほど、魔術師様っていうくらいだ、色んな訓練とか魔力とか僕の知らない要素があるかもしれない、だがMöbiusが観測した3つの魔術、僕自身は使えなくてもMöbiusがそれを代行してくれるって事か。それは好都合だ。
僕はしばらく考えた後、意を決してMöbiusに指示を出す。
「じゃあ、この部屋にある壁に、今思っている言葉を転写してくれ。」
『了解しました。』