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ep43 初等軍部教育19

 ヤハウェイは焦っていた。

 目の前の橋には敵の新兵が防衛陣を敷いている。見たところ、吹けば飛ぶような数だが、こちらの騎兵は既に大幅に数を減らしている状況だ。


 さらに、頭を悩ませるのは兵站の問題だった。先ほどの砲撃で多くの物資を失った。今回の作戦目標は敵の村や城ではなく、目の前の中隊を殲滅したところで、得られる物資はとても大隊を維持できる量ではない。騎兵は特に大量の物資を消費する。ここにきて、先ほどの砲撃がいかに痛手だったかを改めて実感する。


 そもそも、ここまで深入りして敵を追うつもりはなかった。だが、敵の2中隊をほぼ無傷で殲滅したことで、つい調子に乗ってしまった感は否めない。帰還の兵站を考えると、ここらが撤退の潮時だろう。


 そんな時、敵の救援部隊の騎兵が到着したとの報がもたらされた。


「残念だが、ここまでだな。」


 ヤハウェイは全軍に撤退命令を下し、帰路についた。

 思ったほどの戦果ではなかったが、数年間戦果がほとんど挙げられなかった自身にとっては、今回の成果は十分と言える。


 だが、撤退の最中、先行部隊の魔術師から報告が入った。それは、敵の斥候を発見したというものだった。


 ここで、新たな問題が浮上する。もし南から敵の大隊、北から援軍が到着するならば、挟撃される危険がある。そうなれば、せっかくの戦果は水泡に帰す。それどころか、自分は敗将として本国から責任を追及されるのは必至だ。


 ヤハウェイは慎重な男だった。運に恵まれたわけでも、大きな成功を収めたわけでもないが、失敗もない。そんな自分に、ささやかな満足を覚えていた。だが、ここで敗北すれば、本国の土を二度と踏むことはできない。上層部の追及を免れる術はない。


「残る騎兵を再編せよ! 魔術師を同行させ、必ず敵の斥候を潰せ!」


 命令を受け、副官が迅速に部隊を再編。騎兵隊は雪原を駆け抜けた。


 しばらくして、ヤハウェイの元に吉報が届く。敵斥候部隊の殲滅に成功、さらに魔術師を含む数名を捕らえたという報告だった。


「魔術師か…」


 本来、魔術師は情報を迅速に伝達できるため、その場で処刑するのが常套手段だ。しかし、今は撤退中であり、敵にこちらの居場所を知られても、深追いはしてこないだろう。敵の目的は、こちらの殲滅ではなく、味方部隊の救助にある可能性が高いからだ。春を前にして、大規模な戦闘に発展させたくないのは、互いに同じだろう。


 ヤハウェイはそこまで考え、指示を下した。

「生かしたまま連れてこい。」


 せめて敵の魔術師を土産に持ち帰ることを決めたのだ。


 この日捕らえられた捕虜は4名。いずれも若い新兵で、大した抵抗もなかった。


「魔術師はどいつだ?」

 ヤハウェイは捕虜たちを見渡す。


 すると、4人の中の一人の少年が震えながら声を上げた。

「頼む! 殺さないでくれ! 自分は貴族だ! 捕虜にすれば価値がある!」


 泣きながら懇願する少年の姿に、ヤハウェイは興味を覚えなかった。貴族であろうと、魔術師である以上、早めにその脅威を摘むべきなのは当然だ。この少年の親が身代金を払ったとしても、それがどれほどの利益になるというのか?


 だが、本国に渡す手土産は、些細なものであっても多いに越したことはない。そう考え、ヤハウェイは言葉を発した。


「貴様たちは捕虜として連行する。魔術師、名は何という?」


「ベイン…ベイン・アルバトラスだ。」


「よろしい、ベイン君。君は我が国の捕虜として本国まで連れ帰る。そして君の命は私、ヤハウェイ・シュタルクの名において保証しよう。ただし、魔力封じの腕輪を装着させてもらう。一切の魔術使用を禁ずる。それが守れないなら、命の保証はない。いいな?」


 ベインはうなだれながら頷いた。

 だが、伏せた顔の奥の瞳には、絶望ではなく、明確な復讐の炎が宿っていた。


「どうしてこうなった…?」

 無能な上官、無能な平民、無能な補佐官、無能な軍、無能な国家――。

 ベインは世のすべてを憎みながら、北方へと連行されていった。



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