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ep4 魔術との出会い

 4回目の冬になったある日のことだった。

 冷たい風が村の小道を駆け抜け、雪解け水が静かに土を湿らせている。幼い僕は、この季節になると少しずつ外へ出る機会を増やしていた。アルヴァに手を引かれ、村の通りを歩きながら、目に映る景色に少しずつ慣れ始めていた。


 最初に自分の家を見たときは「古い家だな」と思っていたが、村の他の家々を目にするとその認識は変わった。立ち並ぶ家々はどれも同じような木造りで、どこも大差はない。村の人々の移動手段は徒歩か馬がほとんどで、車や自転車などは見当たらない。最初に馬車を見たときは驚いた。映画の中でしか見たことがないその光景に、現実感が薄れていくような気さえした。


 それにしても馬は大きい。僕がまだ子供だからという理由を差し引いても、その巨体には圧倒される。そして村の通りを行き交う人々の中には、腰に剣を下げた者もちらほらといる。まるでファンタジーの世界だ。最初は中世の北欧あたりに転生したのだろうかと考えていたが、どうも文明はそれよりも発達していないようだ。


 前に一度アリオに尋ねた事がある、今は何年なのかという質問だ。だがその答えはいまいち要領を得なかった、アリオは「今か?現王メルリウス様の統治二十年だな」と言った。なんの事だかさっぱりだ。メルリウスなんて王様がいた史実を僕は知らないし、そもそも西暦でないとよくわからない。王様が変わればまた1からカウントされるようなのであまり役には立たないとがっかりしたのを憶えている。


 今西暦だと何年なのだろう――日本では戦国時代より前なのだろうか?そう考えると日本に転生していたら髷を結っている可能性もある…外国でよかった…まぁなんにせよ16世紀くらいなのかもしれないと大雑把に考えていた。


 ――だが、その認識は今日大きく揺さぶられることになる。


「今日はソルスの町へ行くよ。ミカ!」


 アルヴァがそう言った。ソルスとは、この村、シュマの村から一番近い町だという。アリオがどこからか馬車を引いてきて、僕を抱え上げると馬車へ乗せてくれた。馬車に乗るのは初めてで、アルヴァに抱えられていたにも関わらず、乗り心地はひどく悪かった。木の車輪が石畳にゴトゴトと響くたびに、体が揺さぶられる。ゴムタイヤとか舗装された道路とか贅沢は言わないがもう少しなんとかならないかなぁ…これ


 やがてソルスの町に着くと、その光景に思わず息を呑んだ。村と比べると明らかに規模が違い、木造建築のほかに石造りの教会や、二階建ての建物が立ち並んでいた。見上げると尖塔が空を切り裂くようにそびえており、その美しさに目を奪われた。僕が育ったシュマの村とは雲泥の差に驚きを隠せなかった。ここには文明がある!


 市場に到着すると、アリオは商談に向かうと言い、僕はアルヴァに手を引かれて市場の中を歩くことになった。


「迷子になったら二度と会えないから、手を放しちゃダメだよ。」

 アルヴァの言葉に、僕は少し大げさだなと思ったが、考えてみればこの世界の治安状況もわからない。しかも馬車で1時間もかかった町だ。子供の足で歩ける距離ではない。迷子になるのは確かにまずいと納得し、彼女の手を強く握りしめた。

 市場は活気に溢れていた。人々の声が交錯し、聞き慣れない言葉が飛び交う中、見たこともない果物が山積みにされている。その隣には、用途がまるで想像できない道具や装飾品が並んでいる。初めて見る風景に胸が高鳴った。


 僕がキョロキョロと辺りを見回していると、アルヴァが笑みを浮かべて声をかけてきた。

「ミカ、初めての市場、楽しい?」

 僕は「うん!」と頷き、目の前の果物をじっと見つめていた。そのとき、遠くから


「――泥棒!!!!」


 という叫び声が聞こえた。


 その声で市場全体がざわつく中、僕らの近くで一人の男性がゆっくりと立ち上がるのが見えた。彼は古びたローブを身に纏い、杖を手に持っている。落ち着いた様子で周囲の混乱を無視し、空に向かって手を伸ばす。そして、低い声で何かを呟いた。


 その声がわずかに聞こえた瞬間、僕の心臓が一瞬止まった。彼の口から発せられた言葉は、日本語のように聞こえたからだ。


「――えっ?」思わず首をかしげる。自分の知っている言葉だと確信したが、その意味までは理解できなかった。


 次の瞬間、杖の先が淡い光を放ち、周囲の空気がわずかに震えたように感じた。男性は光が消えると同時に再び座り込み、穏やかな笑みを浮かべる。周囲の人々が彼を見る目には、どこか敬意のようなものが宿っていた。


 広場の角から衛兵たちが駆け込んできたのは、その直後だった。彼らは素早く市場を横切り、男の近くで足を止めた。市場の人々が顔を見合わせる中、一人の衛兵が男性に向かって深々と頭を下げ、「ご報告ありがとうございます」と述べると、他の衛兵たちと共にその場を離れていった。


「え、なに今の……」


 僕は完全に状況についていけなかった。彼が衛兵に何かを伝えるような仕草はしていなかったし、そもそも衛兵たちが来るのがあまりにも早すぎる。


「あの人は何かしたの?」

 僕がアルヴァに尋ねると、彼女は特に驚く様子もなく普通の口調で答えた。


「ああ、あれは魔術師様ね。」


「魔術師……様?」ドン引きしながら思わず聞き返す僕に、アルヴァは笑いながら続けた。


「そう、魔術師様は魔法で遠くの人と繋がることができるのよ。今も衛兵に泥棒がいた事を伝えるために合図を送ったんだと思うわ。」


 僕は驚きを隠せなかった。目の前にいるのは、童話や映画でしか聞いたことのない“魔術師”という存在なのか。いやいや、魔術だなんて、科学的にはあり得ないことだ。しかし確かに前世でも錬金術や魔術が存在していると思われている時代はあった。この時代ではそういう物が信じられている可能性もある。科学的排他が行われてないのだ。


 だが――確かに僕は目にしたのだ。杖が光り、衛兵が駆けつけたその瞬間を。

 そして衛兵は男に「ご報告ありがとうございました」と伝えた。

 魔術?本当に実在するのか?


 そこまで考えて僕は第二の選択肢の存在にようやくたどり着いた。


 もしかして、この世界は過去の地球ではないのかもしれない。


 ――異世界転生。そんなあり得ない発想が、頭をよぎった。



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