ep3 3年経って
僕が転生をしておそらく3年が経った。
自分が生まれて今日が何日目、なんて覚えているか?もちろん覚えているわけがない。ただ朝日と共に生活は始まり日が落ちれば眠る。そんな日を繰り返しているうちに気が付いたことがある、それはこの土地には四季がある。春は暖かく、夏は暑く、秋は収穫の時期で、冬は雪が降る。そんなサイクルが何度も繰り返されている。そして今は三回目の夏だ。
身体はというと、最初の頃は自分の手足がどう動くのかも分からなかった。でも、今はなんとか歩けるようになった。最初はよちよち歩きで、足元がフラフラして転んでばかりだったけれど、今では少し自信を持って歩けるようになった自分がちょっと誇らしい。
両親は僕が歩くたびに「お、歩けるようになったな!」と喜んでくれて、僕も少し嬉しい。前世の記憶を持っている僕にとって、歩くことくらいでこんなに喜ばれるのは、逆に違和感もあるが親からすれば子供の成長は喜ばしい物だろう。転生前はそれなりに運動もできたのに自分的にはもどかしいくらいだ。
この世界の言葉や文法もだいぶ理解が進んだ。今では両親と普通に会話ができるようになったのだがそれは歩くよりも早かったせいか両親を驚かせた。
ある日、アルヴァが夕飯の支度をしている時だ、必死に調味料を探していたアルヴァに僕は何気なく声をかけた。
「ねぇ?何を探してるの?」
アルヴァは僕の存在に気づき、「ちょっとね、塩を切らしちゃったかなって…」という。
ああ、そういえばアリオが午前中パンに塩をかけると美味いとか言って棚から取り出していたのを思い出す。
「塩なら向かって左の棚、一番上の段にパパが直してたよ」
アルヴァが驚いた表情でこちらを見つめる。
「ミカ?それ本当?左ってどっちかわかるの?塩がどれかもわかってるの?」
「え…うん。たぶんそこに置いてたよ」何気なく答えてしまったけど自分はまだ3歳だ。
たしかに今のやり取りは少し大人すぎたのか?…と思った矢先に塩を見つけたアルヴァが塩と僕を交互に見る。
「ミカ?ママが持ってる塩は右手?左手?」尋ねるアルヴァ
僕は馬鹿にされてるのか?
「えっと左手に持ってるよね?」と返す。
「ミカすごい!こんな小さいのにもう右も左もわかるなんて天才!」
ああ、違う、これは馬鹿にされたんじゃない、これが世に言う親ばかってやつだ。
アルヴァは興奮冷めやらぬ様子でアリオに「ねぇねぇ聞いて!アリオ!」と一連のやり取りをアリオに説明する。アリオは「塩の場所を憶えていたくらいで大げさだなぁ…」と面倒くさそうにアルヴァの相手をしていた。
最終的にはアリオは塩を勝手に別の場所に置いた事をアルヴァに怒られていた。
台所は主婦の領域、それはこの世界でも変わらないのだろう。
ただ、やはり家の中でも外でも僕の行動は、周りの人たちから見るとやはりちょっと不気味だったらしい。というのも、あまりにも大人びた発言をすることが多かったからだ。それも仕方ない。中年男性の記憶を持つ僕に3歳児らしい振る舞いを求める方が無茶ってもんだ。そして僕が何かを知っているってだけで、みんなが「ミカ、すごいね」「さすがだね」と言ってくれるのでちょっとした優越感に浸る。
こればかりは転生者の得点だろうと調子に乗りそうになる。
もちろん、まだ2~3歳だから、アルヴァもアリオも僕を同世代の子供と遊ばせる事がある。でも、その時の自分の行動も回りからみるとちょっと不思議だったりする。自分的には3歳児らしく元気に友達に話しかけると、どうも相手がびっくりしたり、戸惑ったりする様子が見受けられる。それでも、別に気にせず話を続ける僕。
「昨日は雨も降ってないのに虹が出てたよね?すごく綺麗で驚いたよ!」と他の子供たちに話しかける、みんなが「うん!」と頷いてくれるけれど、やっぱりちょっと変な顔をしている。
あー、こりゃ恐らく言葉の意味わかってないなっていうのを空気で察した。
そんな理由で同世代の子供と話すのは子守をしているみたいで退屈だった。
天気といえば昨日からずっと、空がもやもやとしている。日差しが強く、風もあまり吹かない。肌に感じる暑さが、ただの「暑い」というものではなく、どこか異常なものを感じさせる。大人たちは「今日は暑いなぁ」と言っていたけど、僕はそれだけではなかった。
朝からアルヴァが洗濯物を干していたのが気になって僕はアルヴァに話しかけた。
「今日はきっと雨が降るよ、ママ」僕はそう呟いた。
アルヴァはすぐに振り返り、驚いたような顔をした。
「ミカ、なんでそんなことがわかるの?こんなにいい天気なのに?」と聞かれたけど、僕はすぐに答えるわけでもなく、ただぼんやりと空を見上げた。
今日は朝からずっと、湿気が肌にまとわりつくような感じがしていた。太陽が高く昇っているけれど、その割には風が弱く、気温も尋常じゃなく上がっている。この時期にこんなに暑くなることはめったにない。
「今日のお空はなんだかじめじめしているでしょ?きっと夕方になれば、急に雲がでてきて、雨が降るんだ!」
僕は何も特別な能力を持っているわけじゃないけれど、前世では日本に住んでいたんだ、この時間にしては湿気が上がりすぎていること、風がほとんどないこと、そして夏のこの時期に近づいている午後の時間帯が、ちょうど夕立を呼ぶタイミングに重なることくらいは想像に容易い。
アルヴァは少し考え込んだ後、「本当に?どうしてわかるの?」と疑いの表情を浮かべた。だけど、僕はそれをあまり気にしない。
「お昼になったらきっとわかるよ!」そう言うと、僕はまたじっと空を見上げる。
その日の午後、空が急に曇り、風が強く吹き始めた。僕の言った通り、しばらくすると雷の音が遠くで鳴り始め、気づけばぽつぽつと雨が降り出した。
アルヴァは急いで洗濯物を取り込みながら「ミカ、本当にすごいわね…どうしてわかったの?」と僕をジッと見つめていたけど僕はただ当たり前のことのように感じていた。
「ただなんとなくそう思ったんだ!」そう言って、無邪気に胸を張った。
どうしてそれがわかったのか、当たり前の事だ。気候や風の変化、温度差、そして湿気――こうしたものが自然に頭に浮かんでくるから、なんとなく予測できる。前世の経験値ってやつだ。でも大人たちがそんなことを言うから、自分がちょっと特別な存在に思えてきて、ちょっとだけ誇らしかった。
「やっぱり、ミカは天才かもしれない!」
アルヴァの言葉に、僕は少しだけ不安を覚えた。
科学が発展してないこの時代であまり知識を披露しすぎるとこいつは悪魔だとか言われたりしないか?なんて不安も覚えたが今はあまり気にしない事にした。
一方のアリオは呑気なもので
「俺とお前の子供が天才?少しばかりできがいいだけで可愛い普通の子だよ、ミカは。俺だって子供の頃は神童だ!なんて騒がれてたぞ!」
なんて言ってまたアルヴァに怒られている。
アルヴァとアリオはどうやらアルヴァがアリオを尻に敷いているのだろう。この構図がなんとも心地よい。自分の今に幸せを噛みしめる。
そしてまた夜になり3人で眠る。前世の時に何気なく過ごした幼少期、こうやって繰り返す事で僕は幸せを感じていた。