ep21 王都到着
どれほどの時が経ったのだろう。激しかった馬車の揺れがいつの間にか収まり、ふと目を開けると、どうやら僕は馬車に揺られながら眠っていたらしい。唐突に、Möbiusの声が耳に届く。
『ミカ、王都が近いようです。』
その言葉を受けて、はっと目を凝らすと、道はいつの間にか石畳に変わり、周囲には見慣れぬ家々や賑やかな露店が並び始めていた。進む先には、まるで空を突き刺すように聳える城壁が現れ、その向こうには城がどっしりとそびえ立っていた。威容に圧倒されながらも、その光景があまりに現実感を欠いていることに気づく。
前世では、こんな光景を想像することすらできなかった。王都の光景は、まさに映画の中の世界だ。あまりに壮大で、目の前に広がる風景が夢のように感じられた。
馬車が王都に到着した瞬間、僕は内心で不安が膨らんでいった。人体実験でもされるんじゃないだろうか…そんな恐怖が頭をよぎる。しかし、現実は予想とは違った。僕はとても丁重に扱われ、最初の緊張感が少し和らぐ。
まず最初に驚いたのは、王都に到着した途端、すぐに入浴をさせられたことだった。まるで牢獄にでも入れられるような気分でいたが、実際には身元確認の調査や記録の提出、そして魔力の測定が続く、まるで事務的な手続きが行われた。
最初は、この手続きが終わったらすぐに監禁されるんじゃないかと心配だった。しかし、どうやら僕は王国に入隊するための準備を進められていることが分かってきた。
その後、僕に関する情報や、騎兵を倒した魔術についての調査が始まった。逆らっても無駄だろうと思い、正直に答えることにした。ただ、Möbiusのことだけは黙っておくことにした。これだけは、少しでも警戒されないようにしたかったからだ。
食事もまた、村で食べていたものとはまったく異なり、豪華な料理が次々と運ばれてきた。驚くほど美味で、これには思わず感心してしまった。しかし、それ以上に驚いたのは、与えられた個室だった。外から施錠されているため、自由に出入りできるわけではないが、部屋の中には書物がたくさんあり、暇を持て余すことはなかった。
特に興味を引かれたのは、「ヴァナヘイル王国」と呼ばれるこの国の歴史に関する書物だった。神話のような、まるで現実とは思えないような話が並んでおり、王族を神格化する内容には思わず唖然とさせられた。Möbiusとともに「どうしてこうなったのだろう?」と考えながら読んでいると、Möbiusは相変わらずの口調で『支配者はその支配力の誇示、拡大のために自身の血統を神として扱う事象は歴史的に多く見られます』と答えた。
そうやって本を読み考察する事で退屈する暇など一切なかった。
そして、夜が深まるにつれ、リーナやメイル先生が無事でいることを祈りつつ、次第に自分の置かれている状況に対して理解が追いつかず、苛立ちを感じる日々が続いた。無力感とも言える感情に包まれ、眠れぬ夜を過ごすことが多かった。
1週間が過ぎた頃、突然、扉をノックする音が響いた。
「ミカ・エルリス殿、王国魔道機関の魔導司祭より面会の申し出がございます。ご同行いただけますか?」
その声は、凛とした響きを持ちながらも、どこか幼さを感じさせるもので、思わず僕は一瞬驚いてしまった。フルネームで呼ばれるのは慣れていないので、反射的に上着を羽織る
「どうぞ!」と慌てて声を出す。
と、その瞬間に扉が開かれた。
扉の向こうには、白い髪、いや銀髪の少女が立っていた。少し大きめの軍服を着ており、その姿勢は直立不動、まるで任務を遂行しているかのようだ。身長はリーナと同じくらいで、年齢もそう大きく変わらないように見えるが、その姿勢と眼差しにはどこか違和感を覚える。
そして、その容姿に僕は一瞬言葉を失った。透き通るような白い肌、吸い込まれるような大きな瞳、薄いピンクの唇…。ああ、間違いなくここは異世界だ、そう思わざるを得ないほどの美しさだった。思わず目を奪われてしまう自分が恥ずかしい。
少女は、僕の反応に動じることなく、淡々とした口調で言い直した。「ご同行願います。」
目を奪われていることに気づいた僕は、慌てて言葉を返す。「は、はい!着替えますのでお待ちください!」そう言って扉を閉めさせた。
この世界の女性は、リーナといい彼女といい美少女ばかりなのだろうか…そんなことを考えながら、僕は急いで着替える。すると、Möbiusの声が耳に届く。
『心拍の上昇を検知しました。何か助けが必要ですか?』
ああ、うるさいな…。そんなことはいいんだ、ほっとけよ!と思いつつ、僕は着替えを終え、部屋を出た。
その少女は、僕の3歩程前を歩きながら長い廊下を進んでいった。冷えた空気が肌に触れるたびに、少しだけ緊張感が走る。そして、大きな扉の前に着くと、ようやく彼女が口を開いた。
「こちらになります。」




