ep20 それぞれの道
馬車の車輪が石畳を叩くたびに、鈍い振動が体を揺らした。薄暗い車内の片隅で、僕は窓の外をぼんやりと見つめていた。周囲には無表情な兵士たちが馬を並べ、一定の間隔を保ちながら馬車を護衛している。その姿は規律正しく、隙がない。
僕を運ぶこの馬車は、王都へと向かっている。どれだけ時間が経ったのかはわからない。ただ、心の中の不安と虚しさが、体の芯まで冷たく染み込んでいた。
手首に掛けられた魔力を抑えるための手枷は、僕が持つ力を無力化している。それでも、あの場面で選択肢が他になかったことは理解している。それでも――
記憶が薄れることなく甦る。あの投降の瞬間が。
小隊が到着したのは、あの戦闘の直後だった。リーナが兵士の一人を倒し、僕が騎兵を炎で制圧した後、状況は静寂に包まれていた。だが、その沈黙を破ったのは、隊長らしき男の冷静な声だった。
「これはどういう事態か説明してもらおうか。」
隊長は四十代半ばほどの中年男性で、鋭い目を持ちながらも、どこか穏やかさを感じさせる雰囲気があった。その声には威圧的な力はなく、むしろ対話を求めるような柔らかさがあった。
「まず戦闘はこれで終わりだ。我々も無意味な争いを望んでいるわけではない。こちらの条件に応じてくれれば、これ以上の衝突は避けられる。」
その言葉に、一瞬、場の空気が緩んだように感じた。リーナが険しい表情を浮かべながらも剣を下ろし、メイル先生が肩の傷を押さえながら隊長を睨みつける。
「条件だと?!わたしたちに選択の余地があるようには見えないが。」
「お前たちには才がある。領主に仕えることで、その力を無駄にしない道を提案する。もっとも、拒否するならば別だが。」
後方に控えていた魔術師が、にやりと不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「貴様らにはもう逃げ道はない。特にその下民の小僧――王都の研究所で十分に役立つだろう。捨て駒としては惜しい逸材だ。」
その言葉に、僕は全身がこわばるのを感じた。リーナが怒りを露わにして一歩踏み出そうとしたが、メイル先生がその肩を掴んで制した。
「投降するしかない。これ以上は無駄死にだ。」
静かにそう告げたメイル先生の声には、どこか諦めの色が滲んでいた。リーナは唇を噛みしめながら、剣を地面に突き立てた。
「先生、でも――!」
「リーナ!!大人しくしろ。ここは従うしかない。」
僕も剣を静かに地面に置き、手を上げた。これ以上の抵抗は、無意味だと分かっていたからだ。
その後、僕たちはそれぞれ別の道を選ばされることになった。
「この子は王都へ運べ。」
魔術師の指示により、僕は特異な力を持つという理由で王都行きが決まった。リーナとメイル先生は、領主の元へ送られることになった。どれだけ抗おうとしても、運命は僕たちを引き裂いた。
しかし、その場での別れではなかった。隊長は僕たちに猶予を与えた。
「家族に別れを告げる時間をやる。だが、明日の日没までに戻らなければ、お前たちを捕縛する。」
その言葉に、ほんの少しだけ安堵が広がった。せめて、最後の時間が与えられるのだ。
家に戻ると、母と父が不安げな顔で僕を出迎えた。僕は隊長の言葉を伝え、そして、これが最後の夜になるかもしれないことを告げた。
「ミカ……そんな……どうしてミカが王都なんかに?!」
メイル先生は魔術を教えているなんて事は内密にしていたせいで両親の混乱はひどい物だった。この世界の魔術師の多くは家系が多い、まさか自分の子供が魔術師を習ってるなんて事は思いもよらなかったのだろう。
アルヴァが僕を抱きしめる。アリオは何も言わず、ただ厳しい顔つきで僕を見つめていた。
「大丈夫だよ。僕は必ず帰ってくるね。」
そう言って、自分自身にも言い聞かせるように頷いた。
アルヴァもアリオも僕に聞きたい事は沢山あっただろうがこの日は静かに抱きしめてくれた。
そしてその日の晩は家族全員で一緒に寝た。
翌日、リーナとメイル先生と再び集まり、それぞれの道へと分かれる準備が整った。
「絶対にまた会おうね!ミカ!絶対だよ!」
リーナが泣きながら叫ぶ。
僕は何も言えなかった。ただ、力なく頷くだけだった。そして、メイル先生は静かに僕を見つめ、最後に一言だけこう言った。
「こんな事になってすまん…だが必ず生きてくれ。」
現実に戻る。馬車の揺れと共に、僕は窓の外に広がる景色をぼんやりと見つめた。別れの瞬間の記憶が何度も胸を締め付ける。けれど、この無力感に押し潰されているわけにはいかない。
メイル先生の言葉が、心の中で響き続ける。
拳をぎゅっと握り締め、僕は静かに決意を固めた。
必ずリーナとメイル先生の3人でシュマの村に帰ってくると。




