ep19 冬の始まり3
僕たちが先生の元に駆けつけたその瞬間、先生は鎧を着た男たちに囲まれていた。目の前に転がる兵士が三人。ここに到着するまでに、Möbiusからの報告でメイル先生がその兵士たちを切り倒したことまでは知っていたが、その光景を目の当たりにするのは初めてだ。
初めて実戦で剣を振るう先生の姿に、僕は言葉を失った。普通の人間の動きじゃない。魔術的な何かが隠されているのか、それとも完全に熟練した剣士だからこそのものなのか?その剣さばきは、まるで音もなく空気を切り裂くように鋭い。敵の隙間に、まるで無駄のない突きが次々と決まっていく。剣を交わし合いながら、相手の攻撃をいなすその動きは、僕らの想像を超えていた。
リーナがその姿を目にし駆け出す。「先生!!」と叫びながら、彼女は一瞬の隙も見逃さず、足元に転がる兵士たちを確認しながらも、先生に駆け寄ろうとする。
僕も慌ててリーナの後を追うが、メイル先生が「来るな!」と大きな声を上げたその瞬間、一人の小柄な男が顔をゆがませてメイルに叫ぶ。
「先生だと?! メイルの弟子か?! こんな村のガキに魔術を教えたのか?!貴様!魔術師としての誇りはないのか?!」
その男は魔術師のようだった。細い目、ちょび髭が気に入らない。嫌悪感を抱かせる顔をしている。
リーナが無駄に沈黙することなく、すぐに反応する。「そうよ! 先生に何かしたら許さないんだから!」 その言葉に、リーナは腰に差した剣を抜く。
だが、その瞬間、鎧に身を包んだ男たちが一斉にメイルに飛び掛かる。彼女が冷静に受け止め、何人かを倒せても、数に押されてしまうだろう。もし、僕らがいなければ、メイル先生はきっと全員を瞬く間に切り捨てていただろう。しかし、僕たちの出現により、先生の動きがわずかに鈍った気がする。
見えない左目側を攻撃され、左腕に深々と剣が突き立てられる。その痛みにもかかわらず、メイル先生は力強く戦い続けていた。
その瞬間、リーナが激高し、まるで獣のように兵士たちに飛びかかる。鋭い一撃を放ち、敵の頭を狙って振り下ろす。しかし、僕はその光景をただ、スローモーションで見つめているだけで、体が動かない。
そんな中、Möbiusの声が頭の中に響く。
『戦略的に撤退を提案します。騎兵4、歩兵3、魔術師1。』
「うるさい!黙ってて手伝え! せめて騎兵を潰す!」 思わず声に出してMöbiusに指示を出す。すぐに頭の中で、騎兵までの距離や相対的な位置情報が表示される。
その瞬間、僕は深く息を吸い詠唱を始める。
「──燃え盛る炎よ、その広がりを今は抑え、そして我が示す道へと進め、全てを焼き尽くしながら」
この6年間、僕とMöbiusで研究してきたオリジナルの詠唱。魔力を絞り、戦闘用に調整したその詠唱が、今、僕の前で火球として具現化した。頭くらいの大きさの火球が現れ、四つに分かれ、Möbiusの補正を得てまるで命令されたかのように、正確に騎兵の馬の頭を打ち抜く。
着弾と同時に、馬は倒れ、その衝撃で残りの三頭の騎兵も振り落とされる。馬たちはうめき声も上げず、瞬く間に地面に倒れ込んだ。その光景を目の当たりにした魔術師が目を見開き、驚愕の表情で僕を見つめる。
メイル先生もその場に目を見開き、驚きと疑念が入り混じった目で僕を見つめていた。「なんだ小僧?! 何をした?! 銃か? それとも魔術か?! いったい何をしたんだ?」
その言葉を無視して、Möbiusが冷徹に告げる。
『新たな小隊がこちらに向かってきているのを確認しました。数は約30。撤退を提案します。』
その言葉に、僕は息を呑んだ。魔術師が本隊に連絡を入れたのだろう…。もう、後がない。
肩で息をする僕、片腕を抑えて苦しむメイル先生、そしてその横でリーナが必死に先生を支え続けている。リーナの足元には、鎧を着た男が一人、倒れている。
「リーナ…」と僕は声を絞り出す。リーナが倒したのだろう。彼女の剣の腕、僕と大差ないと思っていたがまさか大人に打ち勝てる程とは思っていなかった…
しかし、もう言い逃れはできない。この後どうなるのか…僕の脳内で、Möbiusが冷徹に小隊の位置情報を正確に示し続けていた。




