ep15 特訓の日々
ここ数カ月、メイル先生の元で毎日講義を受けている。
毎日、何かしら新しい知識を得ることができ、魔術に対する理解が深まる一方で、まだまだ未知のことばかりだと実感している。
まず、魔術量についてだ。最初に先生は、僕とリーナの血を採取して魔術量を測定した。あれは魔術量を測る道具だということだ。人の血に魔力が宿り、その血から魔力を一定の割合で吸い取る仕組みらしい。つまり、1滴の血液を道具に落とすと、魔道具が血液中の魔力を吸い出し、吸われた血液は無色透明に変わっていく。
その時間を測り、血液の中にどれほどの魔力量が含まれているのかを知ることができる。体が小さい子供は成長するにつれて魔力が増すが、血液中の魔力濃度はその人の才能を示しているらしい。
リーナはその魔力が非常に多く、潜在的に大きな才能を持っていることがわかった。
そして、3つの基本魔術──索敵、伝達、治療──についても学んだ。これらは、現代において魔術師が戦争で活用されるための必須技術で、約300年前から魔術師の教育で必ず習得することになった魔術だ。
驚くべきことに、これらの魔術の詠唱がどう聞いても日本語だという事実。どういう因果かはわからないが、この点で僕は魔術の詠唱において先生が驚くほど精度と速度、記憶力で発動できるようになった。
特に範囲索敵を自分の魔力で実際に使ってみると、その時にまた別の驚くべき発見があった。Möbiusの使う範囲索敵は、脳内で自分を俯瞰するようなイメージで非常に緻密で正確だ。しかし、僕が行使した場合、浮かぶのはあくまで抽象的な映像だ。おおまかに「あれがここにあって、これがそこにある」といった感じで、物体が動いているのがわかる。ただし、その精度はMöbiusのものに比べると遥かに低い。
さらに、魔術を使うたびに魔力が恐ろしい速さで消費され、10分も使えば貧血に似た症状で倒れそうになる。これが「魔力切れ」というものらしい。
一方、Möbiusの疑似魔術はほぼ無限に使える。先生には「詠唱なしで高精度、魔力も消費せず使える理由は何か?」と何度も問い詰められるが、Möbiusのことは秘密にして、ただ「なんとなく…」と曖昧に返事をしている。先生はそれに対して疑念を抱き、いつも部屋の奥で本を読み返し、色々と調べているようだ。
そして、最も僕を驚かせ、感動させたことがある。それは、魔術にはこの3つの基本魔術だけではないという事実だ。魔術師が戦争で運用されることを目的として、魔術研究の資金やパトロンを集めようとした結果、この3つの魔術が急速に普及し、発展したらしい。
それ以前の魔術──火を出す、氷を作る、そういった魔法──ももちろん存在する。この事実を知ったとき、僕はかなり驚いた。これらは「古代魔術」と呼ばれ、研究している魔術師は少ないと言われている。先生も少し古代魔術を使えるが、僕が「火を出したり、氷をぶつけたりできないんですか?」と尋ねたとき、先生は「ん?できるぞ?」と答えた。その時、僕は本当に驚いたが、先生はその時もまた不思議そうな顔をしていた。
「じゃあ、手から火の玉を出したり、相手を凍らせたりできるんですね!」と興奮して言ったが、先生からは「人を燃やしたり凍らせたりするにはどれほどの魔力が必要か考えたことがあるか?」と諭される。確かに、言われてみればその通りだ。
日常生活で使うのは火を少し使う程度で、戦闘であれば索敵の方がずっと重要だろう。火を使っても、せいぜい軽いやけどを負わせるか、相手を驚かせるくらいの効果しかないだろうと笑い合った。
ちなみにこっそり前世の記憶を頼りに小説や漫画にある詠唱を唱えてみたが何も起きなかった。単純に日本語といってもその言葉に何か意味や規則性があるのだろう。
だが、僕はなぜか古代魔術の研究ばかりに熱中してしまう。それは転生者としての宿命なのだろうか…。Möbiusとあれこれ相談しながら古代魔術で使えそうな魔術ばかりを研究している。
そんな横で、リーナはすごい勢いで魔術師としての才覚を発揮していた。彼女は既に範囲索敵をなんと既に1時間も展開できるほどの魔力量を持っている。先生いわく、まさに天才の域に達しているとのことだ。
僕から見ると、先生の目には、天才で無邪気な魔術師リーナと、古代魔術ばかり研究している偏屈な魔術師ミカという風に映っているのだろう…。
こういった魔術に関して、考えれば考えるほど、以外と敷居が低いのではと考えた事があるが、そもそもこの世界は識字率が低く研究の文献が伝わりにくい、そもそも魔術師自体が既得権益を失わないために門外不出としている。
そういった事情で魔術師の数が少ないって事だ。まぁ確かに、日本語の詠唱にはリーナもかなり苦戦していた。例えば発音が少し違うと大きく効果がかわる。普通の人が一代でなんの知識もなく正解にたどり着くのは難しいのだろうと感じた。
メイル先生は魔術以外にも僕らに多く教えようとしてくれている。それは学問もそうだし人としての生き方みたいな物も含まれている。やはり人はみかけによらないのかこの人は優しい人なのだろう。僕らの事を案じてくれているのが伝わる。
僕らは師に恵まれた。
こうして僕とリーナは魔術訓練の日々に明け暮れた。




