ep11 魔術師の存在
リーナが行方不明になった事件の数日後
僕は、心の中で浮かぶあらゆる疑問をMöbiusにぶつけていた。
転生者であること、転生した理由、そしてこの世界が自分の元の世界とはまったく違う、剣と魔法の世界であることは分かっていた。けれど、前世でよく見聞きした魔法とはずいぶん違う。ドラゴンのようなモンスターは本当にいるのか?魔術師って一体どんな仕事をしているのか?政治や治安はどうなっているのか?病気や怪我を治療する方法は?病院はあるのか?医療保険は?厚生年金は?――
そういったあらゆる疑問を、次々とMöbiusに問いかけてみた。
そんな中で明かされたことがいくつかある。まず、Möbiusの知識は2024年までの前世のデータを基にしており、この世界についての情報は、あくまで僕が転生してからの5年間の間に得た周囲の情報と推測によって構築されたものだということ。つまり、転生の際、Möbiusは僕以外からの情報を一切遮断されており、この世界のすべてを知っているわけではない。したがって間違い、いわゆるハルシネーションも発生するとの事だ。
「それなら、どうして魔術が使えるんだ?」とミカは思わず口にした。
『それについては、ミカが生まれてから4年の間に、魔術の発動を確認しました。』
Möbiusは淡々と説明を続けた。
『特にミカの周囲で発生した魔術は、主に情報伝達、範囲索敵、自己治療の3つが中心です。それ以外の魔術については確認できていません。』
そうか、魔術は僕の周囲で行われたものだけを感知して、そこからフレームワークを構築していたんだ。妙に納得した。しかし、僕は魔術師という存在に関してはほとんど知らなかった。領主が村を訪れる際に必ず近くにいるのが魔術師で、その時にはいろいろな魔術を使って帰るらしいという話を聞いて、なるほどと納得した。
この世界には、携帯電話やPCはない。だから、手紙や狼煙を使うよりも、魔術で情報を伝達した方がはるかに効率がいい。そのため、魔術は発展したのだろう。僕が思い描く「魔法」とは、手のひらから火を出すことだ。しかし、この世界では魔術で火を起こすよりも、火打石などの道具を使った方が賢明だ。明かりだって、魔術を使わなくても火を灯すことができる。
生活に密着し、進化した科学技術と、科学では補えない部分を魔術が補っている。この世界では、科学と魔術が切磋琢磨し、共存しているのだろう。そう考えると、科学のみを使って生活していた自分の前世の世界が、逆に奇妙に感じられる。
そして魔術師の存在はやはり貴重なもののようだ。Möbiusによると、魔術を行使できる人間は、今までに確認された限りでは10人程度だという。全人類の数パーセントに過ぎない。そして、これらの魔術師は、大抵が領主とともに行動している。つまり、領主のお抱えの魔術師というわけだ。この世界は領主制度で成り立っており、王の命令は魔術師によって各地方の領主に伝達され、税率や運営が決まる。
戦争でも魔術師は重要な役割を果たす。大規模な行軍では、最も重要なのは情報伝達と索敵だ。魔術師がいれば、その恩恵は絶大だ。少人数での奇襲が成功するかもしれないし、夜襲への警戒も強化できる。戦国時代にレーダーと通信機があったかのようなものだ。魔術師の価値は、戦争においては非常に高い。
けれど、そういった戦争での魔術師の運用は、ここ数百年の話だろうとMöbiusは推測していた。まったくもって魔術師様々の世界だな、と思わず感心する。
そして、Möbiusの話によると、モンスターという存在は確認されていないという。これには少しがっかりした。自分が夢想していた「ゴブリンが村を襲ったり、人語を操るドラゴンが山に住んでいたり」といった光景は、どうやらこの世界には無いらしい。自分が描いていた冒険の世界は、どうやら現実には存在しなかった。
「まぁスライムに転生したり蜘蛛に転生したりしないだけましか…」皮肉を言う。
『単一細胞と想定されるスライムに知性は宿らないと思われます。』
「わかってるよ…」
生態系は違うものの、ヒエラルキーの頂点は人間のようだ。人同士で戦争をし、盗賊が出現し、国が支配している――そう考えると、少し夢がない世界だと思う。自分の命を脅かすのは、バスタルのような悪党や戦争だ。冷酷な現実がミカを突き刺す。
「どうせなら、ステータスを開いてスライムを倒し、レベルアップして最強の自分へ!みたいな、わかりやすい世界に転生してみたかったなぁ。」僕は、しみじみとそんなことを考えていた。どこかで期待していたものが、全く違う形で目の前に現れたことに、少し戸惑っていた。
そんな時だ、Möbiusから一つの提案があった。
『魔術に興味があるのでしたら、魔術師にお会いするのはどうでしょうか?』
なんて事を簡単に言うんだ…。僕は心の中でツッコミを入れた。魔術師なんてどこにいる?村に来る領主様に突然そんなお願いをしたら「無礼者め!」とかいって殺されるんじゃないか?どう考えても無理だろうと思っていたが、Möbiusは淡々と答える。
『この村に、一人の魔術師の存在を確認しています。』
僕は驚き、思わずMöbiusに聞き返す。
「は?どういうこと?魔術師がこの村に駐在しているのか?」
Möbiusは冷静に答える。
『あなたが転生した頃から、既にこの村に魔術師がいることを検知しました。その魔術師の魔術を解析し、現在のフレームワークが確立されています。』
知っていたなら早く教えてくれよ…と思いつつ、ミカは自分の立場を改めて考えた。
まぁ聞かなかった自分にも責任はあるけども…どうせなら、もう少し早く教えてくれてもよかったのに、と溜息をつく。
『ご質問がなかったため、お伝えしていませんでした。』
はいはいそうですか…冷静ですね…
だが村に魔術師がいるか…。僕は少しワクワクしながら考えた。




