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ep1 災害の日

お試しです。加筆修正は随時行ってます。

 ――誰もいないオフィス――


 ――無機質に並ぶ机――


 モニターの光だけが薄暗い部屋を照らしている。


 目の前のPCに向かい、単調な作業を繰り返す。システムエンジニアなんて肩書きがあっても、最近はAIがすべてをやってくれる。僕がすることといえば、AIにプロンプトを入力し、生成されたコードをコピーして貼り付けるだけだ。コードが動かなければ、またAIに修正を頼む。それを延々と繰り返す毎日。


「これじゃ、どっちが人間で、どっちがロボットだか分からないな……」


 そんな悪態をつきながらキーボードを叩く。「プロンプトエンジニアリング」なんて大層な響きだが、実態はこれだ。何をエンジニアリングしているんだか。


 僕がこんな虚無感に囚われているのは、生まれ落ちた時代が悪かったせいだろうか?それとも、ここまで怠惰に生きてきた自分自身のせいなのか?

 小学校、中学校、高校、大学、就職――どれも特に目立った努力もせず、平凡に過ごしてきた。気がつけば、AIが仕事をしているのを眺めるだけの人生だ。


 絵を描いたり、音楽を作ったり、何かを「生み出す」才能を持つ人たちが羨ましい。彼らは世の中に必要とされ、自らの力で0から1を生み出し、価値ある人生を送っているように思える。僕とは違って。


 もちろん、そういう人たちも「ものを作る苦しさ」を嘆いているのを見たことがある。でも、それでもなお「作ること」自体に憧れる人間がいる――僕もそうだ。苦しくても何かを生み出す人生を送りたいと、心のどこかで思っている。

 そんなことを考えている自分が情けなくなり、思わず天井を仰ぐ。


「あ~……人生やり直したい…」


 呟きとともに椅子に深くもたれかかり、両腕を頭上に伸ばす。息をつきながら、またキーボードに指を走らせ、AIに新しいプロンプトを入力する。画面には理路整然としたコードが次々と生成されていく。


 ふと目を横にやると、サブモニターに表示されたくだらないWEB記事が目に留まった。

「無人島に持っていきたいものベスト3」――暇つぶしに考えてみる。


「生成AIでも持っていけばいいじゃないか?」


 火の起こし方や食料調達の方法、サバイバル知識を全部教えてくれる。電気?パソコン?そんなもの無人島でも都合よく揃っているということで。

 くだらない妄想にふけりながら、視線をメインモニターに戻す。そこにはAIが生成したコードがびっしりと並んでいる。


 このAI「Möbius」は、2025年にNexisTech社が開発した最先端のモデルだ。ニューラルネットワークに基づいて膨大な知識を持ち、自然言語で自発的に問いかけをしてくる。プログラミング、翻訳、経済予測、自然科学、幾何学……何でもできる。まるで人類が夢見た「アカシックレコード」が実現したかのようだ。


 だが、この便利さが恐ろしい。人類はこれに仕事を奪われてしまう。まるで全員がMöbiusに向かって並ぶ死刑台への階段を上っているかのようだ。


「そのうち、『Möbiusがあれば貴方はいらない』なんて言われる日も来るだろうな……」


 そんなことを考えながらコーヒーを淹れに立ち上がる。戻ると、Möbiusが画面に新しいメッセージを表示していた。


『何か質問はありますか?』


 余計なお世話だと思いつつ、僕は馬鹿げた質問を入力する。


「転生ってあると思うか?」


 誰もいないオフィス、キーボードを叩く音だけが響く。

 そしてすぐにMöbiusからの回答が画面に入力される。


『転生については、科学的な証拠がないため現時点ではあるとは言い切れません。』


「そりゃそうだよな。漫画や小説じゃあるまいし……」と一人呟く。


 続けて画面にMöbiusからの後続のメッセージが入力された。


『宗教的観念では転生は幅広く信じられています。興味があるようでしたら宗教における転生について検索しますか?』


 僕はMöbiusの提案を軽く笑い飛ばす。

 宗教を検索して転生できる方法が解るなら是非お願いしたいものだ。


 できれば記憶は保ったまま転生したいね。そして女神だの神様からギフトだの魔法だの、そういう自分だけの能力を貰って世界を救う英雄になりたいものだ。あ、美少女の幼馴染とか美人の先生とかもオプションで付けといて。獣耳の少女ももちろん必要だ。そしたらきっと自分でも0から1を生み出せる人生をリスタートできる。


 なんて調子にのって想像を膨らませる。


 ――その瞬間、揺れを感じた。最初は、ただの小さな揺れかと思ったが、次第に強さを増していく。


「え?」


 思わず椅子から立ち上がる。オフィスの中に響く、鈍い音が次々と響き渡る。ビルが揺れ、天井から照明が落ちてくる。床が揺れる感覚、そして遠くで聞こえる人々の悲鳴。瞬間的に、すべてが現実でないように感じられた。ビル内に設置された警報機が唐突に鳴り響き携帯からは地震速報の警告音の不吉な音が鳴り響く。


「地震!?」


 その瞬間、再び揺れが強くなった。オフィスビルが縦に大きく突き上げられた瞬間、目の前のPCに手を伸ばし、何とかその上に覆いかぶさるように身を寄せる。その直後、建物が大きく左右に揺さぶられる、目の前に天井が落ちてくる、僕は崩れたガレキに押しつぶされていった。


 がれきの中で意識を失う直前に最後に目にしたのは、PCの画面だった。その画面に浮かぶ生成AIのプロンプト入力画面は、まるで自分を見守るかのように思えた。次に浮かんだのは、何もかもが止まったような感覚。全てがぼんやりと消えていく。その時になって僕は自分が死ぬ事を悟った。


 ――――死は唐突にやってくるのだと。――――


 ――死後の世界、そんな物は信じていない。

 それはきっとTVの電源を落とすように瞬間的にスイッチが切れ、もう目覚める事はないのだろう。僕が生まれてから死ぬまで、それどころか人類の歴史、戦争、科学の発展、そんな途方もないような世界の出来事が頭の中で高速で再生される。これが走馬灯?まるで地球の歴史を全て内包するような経験。死の間際の走馬灯とは自分の想像よりもはるかに壮大だった。


 ――そしてその時が来た。思考が一瞬で途絶えた。




 だが僕は唐突に目を覚ました。最初に感じたのは、息苦しさでもなく、痛みでもなかった。むしろ、全身に広がる不安感と奇妙な違和感。瞼を開けようとするも何処に力を入れればいいのかもわからない。


「生きてる…?」


 助かったのか?救助されたのか?運が良かった…と思い身体を動かそうとした。

 しかし自分の体に何か異常があると気づく。自分の体が重く感じ、体を動かすのもままならない。無意識に手を動かそうとするが、動かない。瓦礫に埋もれているのかと考えるも何かが違う。しかし、頭の中ではすでに不安と混乱が入り交じっていた。だが生きているのは間違いない。


 なんとか重い瞼に力を入れふと目を見開くも視界はぼやけ何も見えていないに等しい。何日か経ったのか?驚くほど光が眩しい。そこへ白くて小さな手が視界に入る。指先が細く、短い。まるで赤子の手のような物体が視界に入る。


「な、なんだ…?」


 僕は驚き、思わず体を動かそうとするが、思うように動かない。体が完全に自由ではない。手足も、体全体も、まるで自分のものではないような気がする。


「これ?自分の手?」


 その言葉を口にしようとしたが、口から出たのは言葉ではなく、ただの鳴き声だった。自分の声ではないような、無力な鳴き声だけが響く。唐突に背中を叩かれるような感覚、体中が悲鳴を上げているかのようにあらゆる刺激が口を、肌を、目を、耳を通して突き抜けていく。


 絶望的にその事実を受け入れられなかった。状況をまったく理解できない。しかし思考ははっきりとしてくる。自分の体がまるで動かない…これが現実だとは思えなかった。どこか遠い世界での出来事のように、全てが夢のように感じられる。


「なぜ、こんな…」


 意識がどんどんとはっきりとしてくるにも関わらず、まったくもって自分の体が言うことをきかない。思考だけが先行し、無力感と焦燥に駆られ、心の中で必死に叫んだ。


「誰か助けてくれ!!」


 その叫びは、言葉としてではなく、ただ無意識の中で響いた。ただただ、何もできず、自分が叫べば叫ぶほど、赤子の鳴き声だけが骨を通し、耳から脳へと伝わるのが実感できた。


 ――そう。僕はこの時、転生した。


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