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剣王記  作者: ドルクススツラリス
3章 力への道
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55話 拉致られて弟子


「ヴィンターが帰って来ない!」


 ハーマイン公爵夫人は自室で激怒した。

 朝、夫人はヴィンターとユートを冒険者ギルドへ送り出した。ギルドマスターに挨拶をするために、王都で人気の菓子折りを持たせて。


 出かけたのは朝なのだ、そして今は夜なのだ。

 いくら何でも遅い、帰って来ないのはおかしい。

 もうすぐ夕食の時間になる。夫人も娘のクリスタも、ヴィンターとの食事を心から楽しみにしている。


 なぜ帰って来ないのか? 何かあったのではないか?

 夫人は心配で仕方がない。不安が天元突破して、大声で叫んだ。


「ホーク! ホークは居ますか!? プッロでもいい! すぐに来なさい!」


 ハーマイン商会本社と自宅を兼ねた屋敷に、夫人の声が木霊した。


 ◇◇◇


「ここが俺の家だ、入れ」

「……はい」

「ひぃ~!」


 マツォさんの家は外縁市街地にある。僕らは冒険者ギルドからテクテク歩いて古臭い民家が立ち並ぶ一角にやって来た。


 案内された家は大きいと言えば大きい、ボロいと言えば凄くボロい。つまり、デカボロい。


 宿屋みたいな建物にそれなりの庭があり、そこでは家庭菜園が行なわれていた。

 植わっているのは大根かな? 人参かな? マツォさんの趣味だろうか?


 マツォさんが、落書きと傷だらけのドアを開ける。

 ドアは古く、修繕の後があちこちに見えたが機能はしていた。


「お前ら、帰ったぞ!」


 家の中へ向けてマツォさんが大声で叫んだ。すると奥から、ドタドタと無数の足音が轟いて近づく。僕は思わず見構えた。


「「「わ〜〜!!! 師匠、お帰りなさい!!!」」」


 現れたのは子供達、マツォさんに群がり飛びついて殴りかかる。

 数は、え〜と、1、2、3、……15人か! 多いな!


「喰らえ師匠!」「死ね、死ね!」「急所を狙え!」

「甘いわ! 貴様ら10年早い!」


 マツォさんと子供達はワチャワチャと戯れた。恐ろしいオーク顔が子供に懐かれている。

 僕らを置き去りにして、戯れは続いていく。呆然と眺めていると奥からもう1人少女が現れた。


 長い金髪に青い瞳、高い身長と骨太の体、そして低い鼻。オーク族だ。


「先生お帰りなさい、後ろの子達は誰ですか?」

「ギータ、ただいま。こっちはヴィンター、こっちは娘っ子、今日弟子にした」


 マツォさんは群がる子供達をあしらいながら、雑な紹介をする。ユートがキレて抗議をした。


「俺はユートだ! 最初に自己紹介したじゃんか!」


 子供達の視線が集まる。まるで今初めて僕らに気が付いた様に目を輝かせて興味を向けてきた。


「新しい弟子か!」「新入り新入り!」「どっから来たの!」「殴れ殴れ!」「お腹空いた!」「虫あげる!」


 15人の大合唱に圧倒された、ある意味ダンジョン守護者より圧が強い。


「お前ら飯にするぞ。ギータ、2人増えたが大丈夫か?」

「皆のおかわりを減らせば大丈夫です。ヴィンターさん、ユートさん、マツォ道場にようこそ、私は弟子のギータです。こちらへどうぞ」


 マツォ道場とはなんぞ? 子供達の年齢は下は5歳、上は13歳ぐらいだろう。ギータさんもガタイは良いけど僕と同年齢だと思われ、ちょっと訳が分からない。


 大きな食堂に案内され、席に着くよう促される。

 テーブルには食器が人数分並び、子供達が夕食の準備を手伝っている。僕は疑問をそのままマツォさんにぶつけた。


「この子達はここで暮らしているのですか? 親はどうしています?」

「あっ! 親か? それはいない! こいつらは全員俺の内弟子だ!」


 キレ気味に応えるけど、怒っていないのは気配でわかる。

 なるほど理解した、ここは孤児院だ。

 マツォさんは弟子の名目で孤児の世話をしているのだ、ハゲ強面の筋肉だるま剣聖は孤児院を経営していたのか。


 食事の用意が終わると全員が席についてマツォさんの合図を待つ。彼は静かに目をつむり両手を合わせて一言。


「今日の命を聖女キアラフェミニア様に感謝致します。頂きます」

「「「頂きます!!!」」」


 噴き出しそうになった。

 マツォさんは母さんの信者だったのか、人は見かけに寄らない。てっきり、俺様教だと思っていた。


 夕食のメニューは野菜のスープと鶏肉のソテーとパン。

 子供達はガヤガヤガツガツとやかましく食べている、マツォさんはテーブルの主人席でお酒をチビリと飲みながら、それをしかめっ面で眺めていた。隣ではギータさんがニコニコとお行儀良く食事を楽しんでいる。


「ヴィンター、美味い! 味付けが美味い! 俺、この味好きだな!」


 ユートはいつもの調子で食事を褒めて、ギータさんがニコニコしている。

 この料理、香辛料が効いていてドワーフの味に近い。僕も好きな味付けだ。


 食事を楽しみながら食堂や子供達を観察すると、生活は質素ながら掃除が行き届いていて、必要最低限の物は揃っている。痩せている子などいない、みんな笑顔だ。

 マツォさんが善人なのはこれだけでも分かる。

 初めは見た目でビビったけど、昼間は全く歯が立たなかった事だし、この人に師事するのはいいかもしれない。


「マツォさん」

「なんだ」

「ハーマイン商会に一度連絡したいです。心配していると思うし、友達のグリフォンも預かってもらっているんです」

「そうか、グリフォンが友達か」

「はい、そこは一旦置いて。連絡を入れないと悪いです」

「それもそうだな。ヴィンターはハーマイン商会のなんなんだ?」

「なにと言われましても、母が聖女なもので、それで良くしてもらっています」

「なぁ〜にぃ〜!!」

「ひぃ!!」


 母さんの話をした途端、マツォさんの顔が鬼になった! 

 どうして? この人、聖女信者じゃないのか!?


「お前! 本当にキアラ様の息子なのか!!」

「はひ! はひ!」

「嘘だったら物理的に殺す!!」

「はひ〜! はひ〜!」


 マツォさんは立ち上がり、殺気を放って僕を威圧した。

 2メートルを超える筋肉の塊が倍の大きさに感じる。

 つまり4メートルの鬼だ! この人は本当はオーガなんだ!


 食堂は静まり返り、子供達は凍りついた。ユートもスプーンを手に持ったまま人形みたいになっている。

 僕もガチで死を感じていた。その時ギータさんが……


「先生、先生、駄目ですよ。落ち着いて下さい」

「むう? 俺は落ち着いている」

「殺気が溢れています。みんな怖がっています」

「そうか?」


 九死に一生、彼女がマツォさんを抑えてくれた。

 冷や汗が体中から噴き出して、危うく漏らす所だった。

 これがS階級、剣聖と呼ばれる剣士の本気の殺気か。


「あの、僕は本当にキアラフェミニアの息子です。ハーマイン商会に確認してもらえばわかります」

「おう、そうしよう。嘘ならお前はこの世から消える」

「ひぃ〜! マツォさんは母さんのなんなんですか!」

「俺か? 俺は若い時キアラ様に拝謁して加護を頂いた。気持ちは神獣の山脈の戦士のつもりだ」

「はぇ? 山脈の戦士?」


 聞き間違いだろうか? マツォさんは自分を山脈の戦士と言った。その意味を飲み込めないでいると、玄関のドアをノックする音が響いたのだ。


 今は夜だ、孤児院で夜と言えば定番は借金取りだ。

 それを正義の味方である僕が退治する、そんな展開があるはずだ。

 ギータさんが出迎え、食堂に現れた借金取りはなんとホークさんとプッロさんだった。


「なんでだ! 2人が借金取りかよ!!」

「「はぁ??」」

「おう、お前らか。ちょうど良い。ヴィンターがキアラ様の息子というのは本当か?」


 2人は僕とユートの無事を確認して安堵していた。そしてマツォさんのそばに寄り、ホークさんが問い掛けに答える。


「剣聖殿、それは真実です。そしてシェファーセティルの民にとっても大切なお方です。私達は会長の指示でお迎えに参りました」


 そういう事ですから、怖い顔はやめて下さい。

 僕は心の中で祈りながらマツォさんを見た。

 しかし更に顔が怖くなっていた、何故ならニタリと笑っているからだ。


「そうか、キアラ様のご子息だったか。うむ、これが天の導きと言うものか。なるほど」

「あの、剣聖殿?」

「ホーク」

「はい?」

「ヴィンターは俺の内弟子になった」

「はい?」

「今日からここで生活する」

「えぇ! 駄目ですよ!」

「知らん。ヴィンターは見込みがあるし、キアラ様のご子息なら俺が指導するのが筋だ」

「そんな無茶な! ハーマイン商会がお世話する事こそ筋です!」

「知らん。……ヴィンター!」

「はひ!」

「ギュネスに剣を習ったと言ったな?」

「はひ!」

「奴のことはなんと呼んでいた?」

「え? ギュネスです」

「へっ! 呼び捨てか、坊ちゃまだな。さぞや甘やかされていたんだろう?」

「はぁ? そんな事は……」

「お前、友達はいるか?」

「それは、……いますよ」

「友達とはなんだ?」

「はぁ? 一緒に遊んだり、笑ったり、たまに喧嘩したり? 将来の夢を語り合ったり?」

「違うな。友達とはな、殺し合ってでもお互いを高め合う存在の事だ、命を共にする者だ」

「へぇ? それはマツォさんだけでは?」

「お前、友達に殴られた事はあるか? 殴った事は?」

「そんなのありませんよ、必要がないですから!」

「ではギュネスに殴られたか?」

「稽古で打たれた事は何度もあります!」

「ふっ。甘いな、だからお前の剣はフニャフニャしているんだ。年中発情して、やらしい事をいつも考えているんだ」

「はぁ! 違うわ! 人前で変なこと言うなし!!」

「違わん。キアラ様が悲しむぞ、自分の息子が常にエロい事を考えているなんて、母親は悲しいだろうな」

「やめろ! やめろ! やめろ!」

 

 僕は頭に血がのぼってマツォの奴に殴りかかった。

 そしてベチッ! と叩かれた。無残な蝿の様に。


「「ヴィンター様!!」」「ヴィンター!」


 ユートとホークさんとプッロさんが僕の名を叫んだのを、潰れたゴキブリの様に床に這いつくばりながら聞いた。頭上からマツォの声が響く。


「今から俺を“師匠”と呼べ、良いな」

「ぶへぇ〜」

「ホーク、プッロ。そういう事だ。ヴィンターは俺に任せて帰れ」

「「そ、そんな!!」」

「あ、ヴィンターのグリフォンは連れて来い。ここで一緒に面倒を見る」


 マツォ改め師匠は有無を言わさず決めてしまう。

 ホークさんもプッロさんも、抵抗出来ない様子で困惑してオロオロしている、2人のそんな姿は見たくなかった。


 ユートは習いたての《回復》を僕にかけながら師匠を睨んでいた。駄目だ、やめろ、殺される!


「娘っ子、ユートか。お前も弟子だ、鍛えてやる」

「嫌だ!」

「元気が良いな。お前は魔法が得意か? 俺は魔法を知らん。だが魔力の制御は教えられる。これから楽しみだな」

「い、や、だ〜!!」


 無意味なユートの叫びが言霊した。ただそれだけの夜だった。


 最後までお読み頂きありがとうございます。

 次回もよろしくお願い致します。

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