35話 スライムダンジョン②
白い牙達の疲れを癒すため、その日は1日休息になった。
守護者との戦いは明日だ。
大神殿の側で思い思いに休息を取る冒険者達。
ある人は装備の手入れ、ある人は料理、ある人は横になってイビキを上げている。
双子はと言えば入念に装備の点検をしていた。
「お二人の武器は総ミスリルのブロードソードですね」
「「そうだよ。凄いだろう?? 私達の装備は全てミスリルなんだ」」
双子の装備はミスリル製の全身鎧と小型の盾、そしてミスリルのブロードソード。
ミスリルは白銀色に輝く美しい金属だ、鋼以上の硬度と靭やかさを持ちながら重さは遥かに軽い。そして魔力伝導率が高い。
その特性を利用して魔道具の内部部品にも使われる希少金属で値段も高い。装備を全て純ミスリルで揃えるなんていくらするのだろうか? 流石はA階級冒険者だ。
「でも、純ミスリルは軽すぎて武器には不向きと聞いたことがあります。お二人は気にならないのですか?」
ドワーフの鍛冶頭バーゲルからそう聞いた。武器は無骨で実戦的で在るべきと主張する髭親父だ。
僕の言葉に双子は「「ふふん!!」」と鼻で笑い。立ち上がって剣を構えた。そしてブロードソードに魔力を薄く流す。
「あっ! 魔力の膜が刀身を覆った?」
「「そうだよ。私達は魔法剣士だと言ったろ。魔力はこんな使い方もある。こうする事で斬れ味が何倍にも上がるのさ、私達の戦い方は斬れ味重視なんだ」」
「凄い、見事な魔力制御ですね。魔力が無駄になっていない」
「「30階層のベースキャンプで話は聞いた。君は魔力制御が下手らしいね。あれも一種の才能だから仕方がない。ただし、魔力を無駄に使って良いなら君にも同じ事は出来るはずさ」」
考えた事はなかったけど、試してみる価値はある。
僕は王剣を抜いて双子の指導のもと、魔力を流してみた。
「「あぁ〜〜!! その剣は駄目だ!! 魔力伝導率が低すぎる。使えないよ」」
なんと王剣は魔力を通さなかった。残念。
「「そっちのショートソードはどうかな?? かなりの業物だろ??」」
今度はバーゲルのショートソードを抜く。
確かにこれは鋼とミスリルの複合剣だ、多少の魔力は流れるだろう。
再び魔力を剣に流す、今度は流れる、ただし少し詰まった感じがした。
刀身の表面を、淡い水色の魔力が包んだ。
軽く振ってみると空気を斬り裂く感覚が違う、鋭さが増しているのがわかる。これが魔力剣なのか。
「「出来たじゃないか、でもやっぱり魔力の無駄が多いね。才能って大事だね!!」」
双子はそう言って笑った。僕は少し落ち込んだ。
夕食の時間になり、乾燥野菜を戻した温かいスープと硬いパンと炙った干し肉を食べる。
パンは保存用に硬く焼かれた不味い物だから、スープに浸けてふやかして食べるのだ。これがまた不味い。
保存食とか携帯食とか、もう少し味の研究はしないのだろうか?
そんな事を考えながら(そう言えば)と思い出すことがあった。
愛用のウエストポーチから60階層の宝箱で手に入れた虹色の宝玉を取り出して双子に見せる。
「これなんだかわかりますか? 僕は初めて見ます。《鑑定》も使えないのでわからなくて」
宝玉を見た双子は驚きの表情を露わにした。
それは他の冒険者も同じ、宝玉がそれだけ貴重なアイテムと言う事だ。
「「それは転移宝玉だよ!! 60階層で手に入るのか!! このダンジョンは凄いぞ!!」」
「転移宝玉です?」
「「ダンジョンから一瞬で外へ出れるアイテムだよ。使い捨てなんだけど、便利だよね!!」」
「それは良いですね。正直、60階層まで来ると移動だけでしんどいです」
「「宝玉が2つあれば、転移を使った階層に戻る事も出来る。これがあれば階層の深いダンジョンの探索もかなり楽になるんだ。でも、出現数は少ない。とても貴重だ。君は何個見つけた??」」
僕は5日間で手に入れた虹色宝玉を全て見せた。
全部で17個、60階層の宝箱の中身は半分が宝玉だった。
双子も冒険者達も色めき立つ。
食事そっちのけで様々な意見が交わされた。
僕は干し肉を齧りながら、事の成り行きを見守る。
「「ヴィンター」」
「はい、ヴェリアさん、ヴァリスさん」
「「明日、守護者を倒す。それは変わらない」」
「わかりました」
「「コアは破壊しない。ここは管理ダンジョンにするかもしれない。ギルマスに相談する必要がある」」
「わかりました」
実は僕も、同じ事を考えていた。
ダンジョンを全て討伐する。
そう意気込んで山脈を旅立ったが、現実は厳しい。
僕1人で世界中のダンジョンを討伐するのは不可能だ。
1つ討伐する内に別のダンジョンが2つも3つも現れる。
しかもダンジョンは世界の経済や人々の生活に密接に繋がって切り離すのは難しい。
不可能な事に労力を割くのは馬鹿らしい、異形の侵攻対策は別の方法を考える必要がある。
そして、利用価値の高いダンジョンは活かした方が利口だ。
それから明日に備えて最低限の作戦や役割の話し合が行われた。
僕とグリはA階級冒険者並の戦力として双子と共に前衛を務める。もちろん前衛は他にもいるが、戦力の中核は僕らという事だ。
また、パーティーはパーティーごとに戦う。
今から即席の編成を組んでも混乱して戦力低下を招くだけ、ならばそれぞれがいつも通りに戦った方がいい。
練り上げた連携の力は足し算ではなく、掛け算になるのだ。
ただし、パーティーの枠を超えて助け合い、協力し合うのは必須とした。特に回復や命に関わる援護は言うまでも無い。
そして夜が明けて、戦いの時がやって来た。
「「みんな行くよ。戦って駄目そうなら撤退の判断は私が出す。勝手な撤退はしないように」」
「「「了解!!!」」」
漆黒の膜を抜け、大神殿内部へ踏み込む。
大神殿の中央には、いつも通りに守護者がいた。
巨大ナメクジにそっくりだ。
体長は10メートルを超えている、虹色の体色をしたテラテラ光る巨大スライムが守護者だ。
双子が剣を抜いて魔力を流す。
他の前衛も武器を構え、盾を掲げる。
僕も王剣を抜いた。
グリもやる気十分。
後ろでは魔法使い達が魔力を練り始める。
そして走り出した。
虹色スライムの顔の前に魔力が収束する。3つだ。
距離100メートルまで近付いた時、3種の魔法が僕らに向かって放たれた。
《火炎槍》《高水圧砲》《竜巻》だ。
ヴェリアはミスリルの小盾に魔力を流し、《火炎槍》を受ける。
太い炎の槍がミスリルの小盾に当たって火花を散らし、爆音を響かせて天井に逸れて爆発した。
ヴァリスは小盾に魔力を流し、前面に掲げて《竜巻》へ飛び込む。同じく魔力を流したブロードソードで《竜巻》を斬り刻み、霧散させた。
僕は《火弾》に出来るだけ魔力を籠めて《高水圧砲》にぶつけた。
空中で衝突した2つの魔法は水蒸気爆発を起こす。
それは辺りに水蒸気の霧を作り出して、視界を遮る。
グリが飛び上がり、羽を羽ばたかせて霧を振り払うと、後方から魔法使いの攻撃魔法が虹色スライムに殺到。
双子も左右に別れて魔力剣で虹色スライムを斬り刻む。
少し遅れて他の前衛も攻撃を開始する。
グリは空中を旋回しながら虹色スライムの注意を引き付け、その間にもスライムの魔法がグリを襲うが巧みに躱す。
逸れた魔法は天井や壁に当たって激しい爆発を起こしていた。
僕も負けじと王剣で虹色スライムに斬りかかる。
奴の表面はヌメリの強い粘膜で覆われていた、硬さと弾力も兼ね備えている、王剣の刃は浅く肉を斬ることしか出来なかった。
双子の叫び声が聞こえる。
「「こいつの耐性はただ事じゃない!! 私の魔力剣でもダメージが浅い!! 魔法はどうだ!!」」
聞く迄も無い。魔法もろくにダメージを与えていない、見れば分かる。 他の前衛の攻撃など無意味に等しい。
しばらく攻撃を続けた時、虹色スライムは突如口を大きく開けた。そして濃い紫色の霧を噴霧した。
「「毒だ!! みんな下がれ!!」」
双子の指示は遅かった。前衛数人が毒に侵される。
僕も毒を食らった。
体が痺れて呼吸が苦しい、視界が霞む、心臓が飛び出しそうな程、速く鼓動を刻む。
意識を総動員して咄嗟に紫ポーションを取り出し口に放り込む。
不味い! 臭い! 不味い! でも毒はすぐに体から消える。周りを見廻した、他の前衛も紫ポーションを飲んでいた。
「「一旦距離をとれ!! 魔法組、援護しろ!!」」
前衛組が距離を取り、魔法組が虹色スライムに集中砲火を浴びせるが、時間稼ぎにしかならない。
グリが飛び回り、虹色スライムを引き付けているが、このままではグリの負担が大きすぎる。
難攻不落な虹色スライムをどう攻略するか? 双子はリーダーとして決断を迫られていた。
綺麗な顔を苦渋で歪める双子を横目に見ながら、僕は1つの可能性を考えていた。
それは守護者もスライムなら、走光性があるのでは? という可能性だ。
「ヴェリアさん、ヴァリスさん、お二人の剣で奴の目を斬れますか?」
「「ん?? それは出来るだろう。なんで??」」
「奴もスライムです。視力を失えば、敵を無視して光を追うかもしれません」
「「そうか!!」」
「僕ら前衛が注意を引きます、その隙に目玉を斬り取って下さい。魔法組は毒霧の前兆が出たら頭を集中砲火して止めて下さい。……行きますよ!!」
前衛組が再び虹色スライムに殺到する。
出来るだけバラけて間隔を開け、奴の注意力を分散させるのだ。双子は僕らを盾にしたり、隠れ蓑にしたりしながら虹色スライムに肉薄した。
そしてグリが前脚の爪と嘴を巧みに使い、タイミングを合わせて虹色スライムの頭を下に向けさせる。
刹那。
2つの斬撃が虹色スライムの目を2つ同時に斬り落とした。
それは素早く、正確で、美しい太刀筋だった。
「みんな目を反らして! 《照明》!!」
僕はありったけの魔力を籠めて《照明》を虹色スライムの後方に出現させた。
両目を失い、なにも見えないはずの虹色スライムは、その光に強く反応して体を反転させる。こちらに背を向けたのだ。
「「今だ!! 総攻撃!!」」
僕らはありったけの力で攻撃を始めた。
一撃のダメージが少なくとも、蓄積すれば同じ事だ。
幸い奴には回復手段がない。
《照明》の魔法は数十分は消えない、虹色スライムは攻撃される痛みに体をよじりながらも、ひたすら光を追い続けた。それは悲しい本能だった。
《照明》の魔法の魔力が減少して光が弱まり始める。
攻撃は続いていた。特に双子の魔力剣の斬れ味は群を抜いていた。2人の剣技は華麗でありながら力強く、虹色スライムに最大のダメージを与え、体をズタボロにする。
双子ならではの連携も凄い。そっくりな2人が目まぐるしく位置を変え、攻撃箇所を変える。最早見分けなどつかない(最初からついてない)
完全に息の合った攻撃は、掛け算の更に掛け算になっていた。
僕の王剣は今ひとつだ、斬れはするが浅い。
攻撃力は73あるが、こいつ相手に力不足なのだ。
僕の剣技も双子と比較すれば見劣りする。
流石はA階級、あの若さでどれだけの修練を積んだのか。
そしてどれだけの才能に恵まれたのか。
母さんの加護が無くても強い者は強いのだと思い知らされた。
そんな双子に触発されて、途中からショートソードに魔力を纏わせて二刀流で斬りまくった。どうせ反撃はないのだ、手数を増やした方がいい。
グリの活躍も目を見張る物があった。
グリの爪と嘴は虹色スライムの体を問題なく引き裂いていた。双子の剣に匹敵する鋭さだ。
上空から急降下、上昇、急降下。それを繰り返して虹色スライムの背中は見るも無残な姿に変わる。
魔獣という存在は、そもそも人とは比べるまでもなく強靭だ。さらにダンジョンで戦えば生命力も上がる。
ちょっと卑怯だと思ってしまった。
そうして《照明》が完全に消えて無くなる頃、虹色スライムの生命の火も消えた。
体は煙となって消滅する。
後に残されたのは赤い大魔石と宝箱だけ。
相手の習性という弱点を突いた戦法であったが、とにかく勝利した。
僕らのスライムダンジョン攻略はこうして終わった。
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王剣 レベル26 攻撃力76
効果1 成長
効果2 生命力上昇補助
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掛け算の更に掛け算?
1人×1人=1人×1人=1人??? 駄目じゃん!!!