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02.あなたが見ている世界は

 レスター公爵は来客を迎え入れると、マーサとクラウスと談笑をしながら客間らしき部屋に入って行った。

 暗い目は、終始二人を蔑んでいるように見えたけれど。


 アマリリスのキャラクター三人に気を取られていた私は、我に返って屋敷の中を見回した。夢なら目が覚めないうちに見ておかないと。たとえ私の想像の産物だとしても、こんなリアルな夢なら楽しんだ方が良いに決まってる。


 目を凝らしてよく観察してみる。


 深いワインレッドの絨毯が敷かれた美しい大理石の床。いかにも高級そうな装飾が重なり合うように施された壁。そこに掛けられている沢山のよく分からない、これまた高級そうな絵画。


 舞踏会でも開けそうな大階段の横には、品の良い燭台がいくつも置かれ、蝋燭の火がチラチラと揺れている。


 雰囲気は似ているけれど、私がさっきまで見て回っていた現実の貴族のお屋敷とは少し異なる。全体的に薄暗くて、開放感とは無縁の重々しさ。


 現実のお屋敷も同様の雰囲気だったけれど、でも今いるこちらの方がいかにもという感じ。今にも怪物が出てきそうな、某ホラーゲームなんかに出てきてもおかしくないような……。


 そんなことを考えながら、ふと足元の絨毯の模様に目を向ける。血のようなドス黒い赤色を基調に、淡い色を使ってとても繊細に羽が描かれていた。


 この不気味な屋敷のせいか、まるで天使の殺害現場のようにも見える。こんな気味の悪いデザイン、誰が思いつくんだろう。


 そう考えたところで急に身体が冷たくなった。

 

――これは、本当に夢?

 

 いや、夢じゃなきゃあり得ない。夢に違いない。


 でも、私の脳が絨毯の繊細な模様まで、完璧に表現できるだろうか?何の知識もなく、こんな屋敷の内部を設計できる?壁にかけられた肖像画の中の、不気味な男性は誰なのだろう。


 全てがリアルすぎる。私にここまでの想像力があるとは思えない。


「ちょっと大丈夫?顔色がとても悪いわよ。」


 突然声をかけられてびくっと振り向くと、メイドの女性が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。


 なんと、こんなタイミングで話しかけられてしまうとは。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。


 何が何だか全く分からないけれど、とにかくこの場は誤魔化してやり過ごすしかない。


「えっと……体調が優れなくて。」


 メイドは心配そうな顔をする。

「あらまあ。街では風邪が流行っていると聞いたわ。今日の仕事は私たちに任せて、あなたはゆっくり部屋でお休みなさい。」


 ちょっと待って。どういう設定なの?


「今日の仕事……?」

 

「お屋敷のお掃除とか、お庭の手入れとか、いつもやっていることでしょう?あなた本当に体調が悪いのね。早く休んだ方がいいわ。」


 どうして今まで気が付かなかったんだろう。見れば、私も彼女と全く同じメイドの服を着ているじゃないか。メイドカフェとかで見るようなあの服だ。それよりもスカートの丈はずっと長いけれど。


 ショックで呆然となり、馬鹿みたいに口をパクパクさせる。なんとか振り絞った言葉は現実的だった。


「私の部屋って……どこでしたっけ?」

 

 ベッドに転がって茶色の天井を見つめる。頭の中は真っ白で、考えようとしても上手く脳が働かない。こういうのをパニック状態って言うんだろうな……ぼんやりとした思考の中で、妙に冷静な自分が言っている。

 

 結果として、私の部屋はさっき声をかけてくれた彼女と同室だった。


 「メイドの部屋」と聞くと質素で狭いイメージだけれど、この部屋は十分すぎる程に広いし、家具も一式揃っている。使用人のために造られた部屋というよりも、単純に屋敷の私室の一つという感じだ。


 ボロボロの狭い部屋の方がまだマシだった気がする。だって無駄に豪華な装飾や圧迫感のある絵画は、私の気持ちをザワザワさせるから。

 

 今私が置かれている状況は一体何なんだろう。ただのリアルな夢?もしくは流行りの異世界迷い込み系とか……?


 いや、夢じゃなきゃ困る。だって今私はこの屋敷の、レスター公爵のメイドなんだから。


 レスター公爵は、孤児院育ちの身寄りのない者や、行く当てのない路上生活者などをこの屋敷に住まわせて、使用人としての仕事を与えていた。そんな彼を人格者だと言う人も多いけれど、本当は違う。


――彼は選んでいるのだ。


いなくなっても誰にも探されない者を。彼の餌となっても問題のない者を。


 この屋敷にいるということ自体がつまり、孤独の証明なんじゃないだろうか。「お前は誰にも必要とされていない」そう言われているみたいだ。


 だってつまり、ここで働く使用人たちは皆等しく彼の餌なのだ。この立派なお屋敷の中で、樽の中のワインのように熟成されて出荷の時を待っている。


 このままここにいたら、いつか私も彼のディナーになってしまうだろう。


 人間というのは不思議なもので、こんなに異常な状況でも眠くなるようだった。「大きなストレスがかかると人は急激な眠気に襲われます」なんて、何かの専門家がテレビで話していたような気がする。


 今寝るなんて絶対に駄目……そんな場合じゃないんだから……ああでも、もしもこれが夢なら眠った方が良いのかな。目が覚めたら、全て元に戻っているかもしれない。きっとそうだ、そうに違いない。そうじゃなきゃおかしい……

 

 ゆっくりと私の意識は薄れ、深い眠りの底へと落ちて行った。

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