第81話 超越者級のスキルとハイオークの掟
空の星と周辺のジオルミ結晶が急激にその輝きを強める光還現象が起こる前に、メトーリアは起きてレバームスの天幕の前までやって来ていた。
声をかける前にバルカが天幕から出てきた。
バルカは猛獣のような金色の眼をしばたたいた。少し驚いたような顔をしていた。
だが自分が近づいてくる気配をとうに察知していたはずだとメトーリアは思った。
「おはよう、メトーリア」
瞑想中だった昨夜のバルカがつぶやいた“おやすみ”にくらべると随分ぎこちなかったが、疲労はかなり抜けたようで、その声には張りがあった。
(そういえば、レバームスと何の話をしたんだろうか?)
「また、アルパイスからの連絡の催促か?」
「あ、いや。だが、大きな出来事があったときにはこちらから必ず連絡を入れるよう言われている。それでなんだが――」
メトーリアは昨日の出来事……オークの呪いの根源を破壊したことやクロキア族のこと、ベヒーモスのことを報告してもいいのかと確認した。
「隠すことはない。全部話せばいい」
と、バルカは答えた。
「タイタン・アバタールというスキルや大量の霊を取り込んだこともか? お前との霊体の繋がりの件は?」
「かまわない。あ、だが……クロキアの霊を憑依させている間、俺は霊力を消耗するし、その間、疲れが溜まる」
「……大丈夫なのか?」
× × ×
心配げな彼女の様子を見て、バルカは内心慌てた。
「いや、疲れると言ってもほんの少しだ。霊力の消耗も取り憑かせた直後が一番きつかったが、目減りし続けるわけじゃない。霊力の回復量の方が勝ってる。一応、こういう情報は共有しておいた方がいいと思ってな。昨日、言うのを忘れていたんで。アルパイスにはこのことまでは言わない方が、いいかもな。あくまでも念のためだが」
「聞きたかったんだが、憑依させたクロキアの霊をどうするつもりだ? “恨みが洗い流される場所に行く”とか言っていたが」
「そういう場所があるんだ。一つ心当たりがあるんだ。行くのはハイオークの問題とギルド同盟のケジメ案件を片付けた後だけどな」
「そうか……なら、今日のアルパイス様への報告は私一人で行う。お前は、まだ寝ててくれ」
「いや、俺は平気――」
「いいから。それじゃ、また後でな……」
そう言ってメトーリアは天幕から離れていった。
天幕の中に戻ったバルカはレバームスの背中に向けてぶっきらぼうに言った。
「聞いてたんだろ。どうだ? ちゃんと言ったぞ。霊力の消耗のことも、疲労が溜まりやすくなることも」
レバームスは半身を起こしてバルカを見つめた。
「そっちじゃねえ! バルカ、メトーリアに何を望んでんだ。あの戦仙女のようにお前の思考を読むことか? さらけ出せっつってんの。自分の気持ちを! 想いってのは言葉にしないと伝わらないんだよっ」
「むう……」
「お前って昔はもっと無口だったから気づかなかったが、ほんとガキみたいなところがあるな……」
なにやら訝しげなレバームスの声とまなざしから逃れるように、バルカは二度寝を決め込んだ。
× × ×
バルカ達がいるエリアとは違う、どことも知れないワールドノードの側にアルパイスはひとり立っていた。
ワールドノードの光が、わずかに眉根を寄せている彼女の怜悧な美貌を照らし出す。
(まさか、メトーリアが私に嘘をつくはずはないが……)
メトーリアの報告を表面上は淡々と聞きながら、アルパイスは内心で困惑し、そして驚嘆していた。
魔王討伐戦当時。超巨大な魔物が存在していたことは現在では秘匿されている。だがギルド同盟において外縁部の領地を治める公王になったアルパイスはギルドクリスタルに記録されたアーカイブを閲覧できる権限を持っていた。
それ故にベヒーモスという名称やタイタン・アバタールというスキルも知ってはいた。
「メトーリアよ。タイタン・アバタールというスキルは、超越者級とランク付けされている現在では使い手のいないスキルだ。さらに大量の怨霊を背負い続けるなど、相当な霊力を消耗するはず。タイミングを見誤るなよ」
『はい』
魔法通信を終えたアルパイスは水晶玉を懐にしまう。
伝説のスキルを使いこなし、同胞を呪う怨霊にも情けをかける男……。
“バルカを籠絡し、傀儡化して操るというのはどうか”
先日、メトーリアがそう提案してきた事を思い返す。
わずかではあるが、バルカを殺すには惜しい存在という気持ちが湧いたことにアルパイスは驚きを禁じ得なかった。
だが、それはありえない。
暗殺以外にも対象を魅了したり誘惑するスキルはあるが、その場合バルカの心を掌握するのはメトーリアではなく、自分でなければならない。
メトーリアはシェイファー館にいるアゼルや他の人質を見殺しにはしないだろうが……。
……どうせなら、国務を一時的に嫡子であるデイラに任せ、自分がバルカとの旅に同行すればよかったかもしれない。
デイラのレベルは高くない。魔物狩りの指揮なども得意とはいえない。
だが能吏としては優秀だった。
計数に明るく、文官への差配もそつなくこなしており、平時における国務であるなら、ミリアや優秀な部下を補佐につければアルパイスの肩代わりをすることができるまでになっていたのだ。
しかし、デイラ本人はしきりに政戦両略志向。
特に魔物狩りやその他さまざま任務に携わりたがる癖があった。
その割にはレベルの高い戦士や魔法士への嫉妬が強く、デイラにメトーリアを一時期預けたことをアルパイスは密かに後悔するほどだった。
レギウラの公王であり、自分への憧れが強すぎる一人娘に頭を悩ましている母親でもある彼女は物憂げなため息をつき、ワールドノードの光の渦へと姿を消した。
× × ×
切り立つ岩稜が連なる高地の一つにハイオークの城が建っていた。
そびえ立つその石造りの武骨な形容は、バルカ達が根の谷周辺の山で見つけ、本拠地にしているアーガ砦に似ているがこちらの方が大きい。
城下には丸太と積み上げられた石で造られた住居が建ち並び、凝った造りの建造物はほとんど無く、いたるところ火が灯されていた。
その周囲には見張り台がついた外壁が張り巡らされており、ハイオークの町は戦時に使用する山岳要塞と町が合わさったような景観をしていた。
城には獄舎があり、その地下には厚い壁と長い階段で地上の部屋と隔たれて、三十メートルほどの石畳の修錬場があった。
ねっとりとした煙臭いオークの臭いと脂を含んだ空気が充満しているなか、二人のオークの男が対峙していた。
ふたりとも上半身は裸。
片方は鎖に繋がれ、背中に鞭打たれた傷があり、血がにじんでいる。
——ザズだった。
根の谷の大穴でバルカに遭遇したハイオーク部隊の隊長だ。
いや、いまは元隊長というべきか。
ザズと向かい合っているオークは彼よりも大きかった。
背丈はバルカと同じくらいか。だが隆起した筋肉はバルカをもしのいでいた。
濃い緑色の肌が張り裂けんばかりに筋肉が盛り上がった獰猛な肉体は戦いに明け暮れた結果出来上がった代物だ。胸筋や腕には剛毛が生え、バルカと同じ淡い色をした髪と髭を長く伸ばしている。その、髪に縁取られた顔は幾つもの皺が刻まれていた。
若々しく厳つい体に、老人の顔が乗っかっているような、異様な魁偉さを放っていた。
顎は太く、頭頂部は剃り上げている。
ハイオークの長ギルベーダはそういった魁偉な顔貌の持ち主だった。
「勘弁してくれギルベの兄貴ッ、許してくれ!」
「ザズぅ、お前は下級オークに負けて逃げ帰って来たんやぞ? しかも儂の未来の嫁の妹分をほっぽってな。そんなお前にもう兄貴呼ばわりされとうないわ」
傾けた首をゴキリと鳴らしながらギルベは灰色の濁った眼でザズを睨みながら一歩前へ進み出た。
ザズは無意識に両膝をストンと落とし跪いた。
「立てや。罪を犯したハイオークは決闘して、生き延びたら罪は帳消しにされる。掟やで」
「俺が兄貴に勝てるわけないでしょ!」
悲鳴のような声を上げて訴えるザズ。
にやりと笑い、ギルベーダは髪を掻き上げた。
「アホ。誰が勝ていうた? 儂は“生き延びれたら”と言うたんじゃぞ――おい」
ギルベーダが周囲にいた獄吏達に命じ、ザズの鎖を外させ、彼の前に多数の武器を並べさせた。
「好きなの選べや。儂は一歩も動かん。で、儂にかすり傷一つでも付けることができたら今回の件は許しちゃる」
「ほ、ほんとですか?」
「普通にやっても儂が勝つだけじゃからのう。もちろん儂は素手じゃ」
そう言ってにっこりと好々爺のような笑みを浮かべるギルベーダにザズは鋼鉄の槍を手に取り、バッと挑む姿勢を取った。槍を持った手はまだ震えていたがなんとか闘志を奮い立たせてるようだった。
回り込んで、力を込めて槍を突き出した。狙ったのは腹部側面だ。
狙い違わず、槍の穂先がギルベーダに命中直前――ギルベーダの体が闘気に包まれた。
金属と金属が激突したような音がし、ザズは手の痺れを感じて槍を取り落としそうになった。
ザズは驚嘆した。ギルベーダの全身の肌が緑色から黒色に変化していたのだ。
「へっへっへ。これじゃろ? お前が見た肌色を変化させるスキルは……同じ色か?」
「い、いえ。あの女のは色が薄かったです」
それを聞いたギルベーダは好々爺然とした笑みを浮かべたままスッと目をわずかに見開いた。
「そうか。ところで攻撃が止まったが、もう諦めるんか?」
「う、うおおおお~~~!!!」
ザズは叫びながら立て続けに突きを放つ。鳩尾、臍、股間。
だが、ザズの攻撃は徹らない。
ギルベーダにかすり傷一つ付けることができないのだ。ザズは必死の形相になって最後の手段とばかりに、渾身の力を振り絞ってギルベーダの眼を狙った。
ギルベーダは余裕の笑みを浮かべたまま、瞼を閉じた。
「おお!」
見ていた獄吏達が一人残らず驚きの声を上げた。
瞼さえも槍をはじき返したのだ。
「いてぇ!? 効かんがしかし、眼は痛ったいじゃろがボケェ!」
ギルベーダの灰色の濁った双眸がカッと見開かれ、槍を掴んでザズを引き寄せ、無造作に左拳を突き下ろした。
手打ちの拳打だったが、ザズの胸筋にギルベーダの左拳が手首まで埋まった。
「グブゥゥッ――!」
衝撃は心臓を貫き、背中へと突き抜けていった。
ごぽりと血を吐き、急速に眼の光を失っていくザズを抱き寄せ、獄吏達に聞こえないように耳元でギルベーダは囁く。
「ザズぅ……お前はいままでよう働いてくれた。どんな汚れ仕事もやってのけたし、俺の言うことは何でも聞いてくれたな……じゃがのう俺以外の相手にビビったのがどうしても許せんのじゃ。お前が俺に従うのは俺にビビり散らかしとるからや。じゃが、その下級オークの群れと一戦かましたとき、俺へのビビりよりその女へのビビりが勝ったんじゃ……いやその女を従えとるバルカとかいう奴にか。ビビりは伝染する。じゃから、お前とお前の部下はせーんぶ殺すしかなかったんじゃ」
どこまで聞いていられたのだろうか。ザズの亡骸を放り捨てると、ギルベーダは「う~~んんん」っと、腕を上げて伸びをした。
ふたりの獄吏が処理のために亡骸に駆け寄っていく。
「さーて、飯でも食うか」
他の獄吏達にそう言って、ギルベーダは地下修錬場をあとにした。




