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第80話 お前がはぐらかした

「なあ、霊力を回復する薬とか持ってないか? マジック・ポーションとか」


 レバームスの天幕に入ってからバルカは開口一番そう言った。

 メトーリアに心配をかけたくない。自分の疲弊を悟られたくない――と、さっきまで気張っていたが、その反動だろうか。

 今の自分の声はくぐもっていてひどく疲れを感じさせるものだった。

 そのことにバルカ自身、密かに驚いていた。


「ねえよ。あったらお前がタイタン・アバタールを使った直後に渡してる。ベヒーモスを倒した後に湖底のクロキアたちをすぐに()()しなかった時から、お前が何をするつもりかは大体わかってた。憑依した霊は憑依された者の霊力を奪い続ける。まさかジリ貧で減り続けてるわけじゃないよな?」

「大丈夫だ」

「もっと具体的に言え。魂から生成される霊力の回復量と霊に吸われる分の消費量は拮抗してるのか? それとも――」

「回復量の方が多い。これで満足か?」


(ただずっと、霊力を吸われているのは気持ちのいいもんじゃないがな……)


 と、バルカは思ったがそれは口に出さない方がいいだろうと考えた。

 天幕内に照明は無かったが、外にあるジオルミ結晶が淡く発光しているので、真っ暗ではない。エルフもオークも夜目が利く。

 レバームスはバルカから目を逸らしながら短いため息をついた。不機嫌そうだった。


「そうか。ならいい。俺が確認したかったのはそれだけだ。俺は狭い天幕の中で男と一緒に寝る趣味はない。メトーリアのところへ戻れよ」


 そう言ってレバームスはどさっと横たわって毛布にくるまった。

 バルカは小さくうめいた。


「いや、メトーリアにはその、心配をかけたくないんだ」

「ふうん」


 レバームスの顔は横を向いていて見えないが、にやりと笑っている青エルフの顔がバルカには想像できた。

 

「お前、ちゃんと彼女に説明してるのか? 一時的に霊力を消費し続けることや、憑依させた霊の供養の方法とか」

「いや、まだだ」

「メトーリアは霊体を感じ取る力も無ければ知識も無いような凡骨(モブ)じゃないだろ。しかもフィラルオークと友誼を結ぼうとしているアクアルの領主だ。しっかりと情報共有はしておくべきだろう?」

「それはそうだが、今の俺はひどく消耗している。少しでも弱ってるところをあいつには見せたくないんだ」

「なんで?」


 寝返りを打ってこちらを向いたレバームスのきょとんとした顔を見て、バルカは無性に腹立たしくなった。


「そりゃお前、メトーリアは俺の……強さを頼ってくれてるからだ。俺のことを、多分だが、好きでいてくれているのも、やっぱりそれは俺の強さに惹かれているからで……だからだよ」

「なるほど、オークらしいな。たしかにお前達オークにとって強さは重要な価値基準なんだろう。でも絶対的なものじゃないはずだろ。メトーリアより強い女なんて魔王討伐戦当時は大勢いたが、目もくれなかったじゃないか。それにメトーリアに関して言えば、お前の強さだけに惚れてるわけじゃない。端から見てりゃ分かる」

「さすがエルフ。お前は俺と違って昔からモテたもんな。同族だけでなく人間やその他様々な女に。だから俺よりメトーリアのことを、人間の女のことをよく知ってるってわけだ」


 バルカはできるだけ冷静な声を出して言った。


「知ってるさ。だがお前が考えてるようなことじゃない。俺の隠れ家で一晩泊まったときの時のことだよ。まだ皆が寝静まってる中で、お前に声をかけた時の彼女の声。ただ強さを見込んでいるだけの相手の耳元であんな風に囁いたりしない。それに、メトーリアは他の相手に肯定の意を表すときは“ああ”とか、“わかった”って返事をするがお前にだけは、二人っきりの時に“うん”って言ってることをお前分かってるか? こっそり盗み聞きしていた者の観点から言わせてもらうが、あれは演技じゃないと思うがね」

「なあ、もしかしてお前酔っ払ってるのか?」

「いや?」

 

(忘れてた。コイツがこういうことを喋り出すと止まらなくなることを)


「ただの好奇心とおせっかいでこんなに多弁になってるわけじゃないぞ。フィラルオークとアクアルは協力関係を結ぶとお前とメトーリアで決めたんだろ? これはお前達個人の関係と二つの勢力の政治の問題が絡むことだ。そしてお前達二人の霊体の結び付き(リレーション)が今どうなっているか。お前だって分かってるだろ」

「……メトーリアは俺の斧を軽々と扱っていた」

「そうだ。それに感覚も鋭くなっている。おそらくこの短期間の間にかなりレベルアップしているんだ。お前のメトーリアへの想いが彼女の力になっている。だがその分お前の力がわずかに弱まってるはずだ。これがお前をまた悩ませてるんだろう? 一方的に自分が思いを寄せているだけで通じ合ってないんじゃないかと。だからお前はもっと強いところを見せようとする。外堀を埋めようとする。当然弱ってるところなんて見せたくないわけだ。だがな、お前の弱いところをちょっと知ったくらいで、メトーリアがお前を見限ると思うか?」

「お前はシェンリーみたいに他人の心を読めるようになったのか? そうじゃないなら、たわごともいい加減にしろ」

「心が読めなくても洞察力と観察力で推理はできる」


 レバームスはかまわず続けてきた。


「おそらくお前は“偽りのつがい”にお互いの関係を落とし込んだままで、自分の気持ちをはっきり告げていないんじゃないか? あるいはメトーリアの方から何らかのアプローチがあったのに、お前がはぐらかした。それが原因でお前と彼女の関係と霊体の結び付きはこじれている」

「もういいか? 満足か? それで終わりか?」

「ああ、終わりだ」

「じゃあさっさと寝ろ!」

「聞かせてくれよ。俺の推理は当たらずとも遠からずじゃないか?」

「アズルエルフのレバームス」

 

 バルカは心底、眠たかったし、疲れを感じていたし、話を終わりにしたかったし、教えたくもなかったので。奥の手を出すことにした。


「俺が四百三十年後のこの世界で目を覚まして、お前に再会してから最初に口論になった時以外に、お前達アズルエルフの里が焼き払われてから何百年も何を手をこまねいていたのかとか、もっと早く俺を探せなかったのかとか、誰と闘って、ほんのちょっぴりの間しか闘えないくらいの深手を負わされたのかとか、一度でも聞いたことがあるか? マジでもう黙れ」

「おやすみバルカーマナフ」


 天幕の中は一気に静かになった。

 ジオルミ結晶の淡い光が微かに差し込む中、夜風が天幕の帆布を震わせた。


    ×   ×   ×


 天幕に戻ったメトーリアはなかなか寝付けずにいた。


 クロキアの亡霊をバルカが自らに取り憑かせた光景が頭から離れない。

 アンデッド・モンスターの一般的な退治法は、骸と霊体を破壊して消滅させること。

 しかしバルカは違った。


 “消滅させるようなむごい真似はしたくなかった” 


 バルカはそう言っていた。

 それにベヒーモス・クロキアを殺す直前、バルカは明らかに憐れんでいた。

 

(地上のオークを四百年以上も呪い続けていた怨霊や怪物に対してなぜそんな感情を抱く? レバームスはクロキアは人間やオークを捕食していたと言っていた。魔王の側について滅んだ種族だとも……それでもバルカは個人的にクロキア族に何か思うところがあるのか?)


 そう考えた瞬間、メトーリアはふと気づいた。

 自分はバルカのことを何も知らないのだと。

 魔王討伐戦当時、彼がどんな過去を背負い、どんな思いで戦っていたのか。

 そして今は、なにを考えているのか。

 バルカのことをもっと知りたい。

 その強い衝動が、メトーリアの胸を締めつけた。


「ネ~、起きてるメトーリア? ゼフラの事なんだけど」


 耳元で話しかけてきたギデオンにメトーリアは妙な怒りを感じた。


「なんだっ?」


 語気を強めすぎた。苛立ちをにじませた声にギデオンはむっとした。


「チョ、何怒ってるんデスカ? アンタが見張っとけって言ったんデショ」

「あ、いや、すまない。眠りに入る直前だったのでつい苛々してしまった――で、ゼフラがどうした?」


 ギデオンにバルカのことを色々聞けはしないだろうか――などと考えながら、メトーリアは反射的に言葉を紡いだ。


「フン、まあいいデスヨ。今はアンタが私の装備者だからネ。で、ゼフラだけど、あのオーク娘をちらちら観察してて、最初はね、バルカのことが好きなのカナ、慕ってるのカナ……って単に思ってたんデス」


 ギデオンは一旦言葉を切ってメトーリアの反応をうかがう。

 メトーリアは、バルカがゼフラに自分のことを紹介した時のことを思い出していた。


“ええと、俺とメトーリアは、番の契りを交わしている”


 あの時、それを聞いたゼフラが驚き、困惑している様子だったのを見て感じた居心地の悪さまで、よみがえってくる。

 その感情を表には出さず、メトーリアは無表情でギデオンを見つめ返した。


「……で? 続けてくれ」

「ン~、今日、ベヒーモス・クロキアをバルカが倒す映像を私が見せたじゃナイ? あの時のゼフラの顔、見た?」

「いや……」

「大興奮してるネイル達と違って、食い入るように黙って無双するバルカに見入ってましたけど、ただ驚いてるって感じじゃなかったネ。アレはビックリしつつもバルカを“品定め”してる顔でしたヨ」

「品定め?」

「思えば、バルカが呪いやデバフに完全耐性があることや、フィラルオークの呪いを抑制する薬を作ったこと、触手の魔物ワームナイトを全滅させた話を聞いてたときも、バルカの力や価値を推し量ってたのカナ~って」

「ゼフラがバルカの力を何かに利用しようとしているってことか? たとえばギルベーダとかいうハイオークのリーダーを倒して欲しいと?」

「それ以上のことを望んでいるかもヨ? あの娘、バルカに“自分を囲ってください”って言ったデショ? 奴隷でもなんでもいいからっテ。さらに“でも、群れ共用の性奴あつかいだけはご勘弁を……”と、懇願してタヨネ。つまり地底界のハイオークの社会にはそういう制度があるってことヨ。それをバルカに変えて欲しいとまで考えてるカモ」

「……バルカにハイオークの長になってほしいと考えてるって事か」


 ギデオンは肩をすくめる。


「ン~、ありえますネ~。とにかくあのオーク娘、バルカを単に慕ってるだけじゃないって線は濃厚だと思いマスヨ」


 メトーリアは言葉を返さなかった。ゼフラは何かを隠しているのだろうか?

 その疑問が、胸の中で渦を巻き始めた。


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