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第76話 正体

 湖岸まできたバルカは斧槍と脱着した軽装鎧を砂浜の上に置いた。

 メトーリアはその後ろで湖を観察していた。

 湖水は驚くほどに透き通っていて青い。

 すぐ近くに熱帯雨林を彷彿とさせる密林が広がっているというのに、異様な透明度だった。

 普通なら、土壌の影響で濁りやすいはずだ。

 湖の外縁は遠目からでも湖底がはっきり見えるが、その先が急激に水深が深くなっているのがはっきり見える。


(さっきまでの蒸し暑さが嘘のように涼しい……肌寒いくらいだ――あッ!)


 バルカが上着を脱いで剛健な身体をあらわにした。

 メトーリアの目にバルカのたくましい灰緑色の背中が飛び込んできた。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って振り返るバルカの上半身をじっと見た後、メトーリアはハッと息を吞み、視線を逸らした。

 つい最近みた夢――バルカを裸にしてその胸に顔を押し付けて、口づけする自分――を思い出したからだ。


 視界に焼き付いた本物のバルカの肉体は夢で見たものとはまるで違った。

 平均的な体格・筋肉量が人間とは段違いのオークという種族は、骨格、骨密度がそもそも違うのだろう。そして、骨が大きいと筋肉の付き方もまるで違ってくる。

 首、腕は太い。肩、胸、腹筋は分厚い。 

 その中でもバルカは特別だ。修錬と戦いで鍛え上げられた肉体だった。

 

 メトーリアは気恥ずかしさで顔がかあっと熱くなったのと、背筋に電流が走ったような感覚を静めようとして、深く息を吸った。


(今は危険な瘴気を発するこの湖のことに集中しなければ)


「下調べもせずに行くのか? レバームス卿、湖をもっと調べた方がいいんじゃないのか? ギデオンはどう思う?」


 咄嗟に出した言葉だったが、レバームスは真剣な顔で頷いた。

 ギデオンもメトーリアの肩の上に姿を現して、


「ウンウン! バルカ、せめて湖の中を調査してからでも遅くないのでは?」


 と、メトーリアに同意する。

「瘴気が強すぎて、俺以外は湖の中には入れないだろう? ギデオン、お前だって危ない。時間がかかりすぎる」


 異存を述べるバルカに対して、ギデオンはその小さな胸をそびやかして腰に手を当てた。


「ワタシがプローブ・アイを使役しているのをお忘れでデ?」

「なるほど、あの鬱陶しい大目玉は元々魔物だ。瘴気の影響は殆ど無い」と、レバームス。

「デスデス。すでに潜らせてイマス。水中や湖底の様子を軽く調べるくらいならイイデショ?」

「わかったわかった。じゃあ、はやく見せてくれ」

「リョウカイ! ではプローブ・ツーの視界、オープン!」

  

 ギデオンは両手をかざし、空中に青白い幻像を投影した。

 幻像はプローブ・アイが見ている水中を映し出していた。

 湖水の深みはどんどん濃さを増し、暗くなっていく。生き物らしきものは影も形もない。


「サカナとかは全くいないですネ。ただ、瘴気は湖底から発生しているようです。ソレがあの島に集まってる感じです」

「しかし、地上の湿原でアンダーパイクとかいう地底界の魚が獲れただろ? 湖の中に魚がいないのはおかしくないか?」

「いやバルカ、地上のオークが呪いにかかったのは敵性種殲滅戦とダンジョン封印の活動が終わった頃だ。となるとこの湖が退化の秘法の呪染源になったのは四百年前ということになる。それ以前はこの湖も生命豊かな湖だったに違いない。そのとき地上に行った種が湿原に息づいているんだろうよ」


 そう言いながらレバームスは幻像の一点を指差した。


「あれが地上の地下水と繋がってるワールドノードじゃないか?」


 レバームスの指摘した幻像に映し出されている微かな光の点はどんどん大きくなっていく。

 はたしてレバームスの以前から見立てていた通り、湖底にワールドノードは存在していた。

 そして、ワールドノードの光の渦の周囲の湖底に堆積しているものに、メトーリアは息を吞んだ。

 バルカとレバームスは顔を見合わせた。

 湖底には大量の白骨が積み重なっていた。

 幻像からは判別できないが、ワールドノードが根の谷の大穴に存在しているものと同じ大きさとするなら、比較してみるとかなり大きな生物の骨だ。

 頭骨は細長く、鋭い牙がずらりと並んでいる。


「ワニ、みたいだな」


 メトーリアがそう呟くなか、幻像は白骨化していない死骸も映し出していく。

 瘴気の影響で腐敗が進まないのだろうか。それとも何か別の原因があるのか。

 どちらにしても、数百年間ずっと湖の底に肉や皮膚を残したままの死骸が沈んでいたのかと考えて、メトーリアは寒気を覚えた。


「これは全部、クロキア族の(むくろ)だ」


 苦い表情をしたバルカが、そう呟いた。


「クロキア……たしか、魔王討伐戦で魔王側に付いた敵性種族だったか?」

「そうだ。体高は四、五メートル。大物なら十メートルを超えた。直立したワニのような姿をしていて、人間やエルフ、オークといった他種族を捕食対象にしていた。クロキア族は魔王側に付き、オークとの戦いで滅んだ種族だ。これで、退化の秘法が四百年以上発動し続けている理由が分かったな。呪いの源は――」


 幻像の中のクロキアの屍が振動を始めた。無数の頭骨の眼窩に赤い光が灯ると、どういう訳かバルカ達の鼓膜を低くて大きな音がつんざいた。


 グオオオオオオ……オオオオオオオオオ!


 声というよりは鳴き声だ。おびただしいクロキアの、怨嗟の叫び。


「怨念だな。呪いの動力源としてこれほど相応しいものは無い。ワールドノードは霊脈上に存在する霊気が溢れるパワースポットだ。白骨に宿る霊はその霊気を蓄えることで消滅することなく存在し続け、怨念を発し続ける。その怨念を湖の島のどこかにある呪物が吸い上げ、呪いを吐き出し続ける仕組みか」


 レバームスの洞察通りに、クロキアの屍から黒いオーラが生じて上昇していく。

 やがて黒いオーラを出し尽くした屍は力尽きたように振動するのを止めて、眼窩の光も消え去った。


 辺りの瘴気も湖の中心に引き寄せられていくのを感じたバルカとメトーリアはハッとして湖の小島の方を振り返った。

 一見、何の変化も見受けられないが、とてつもないエネルギーが島に集約していくのが感じられた。


「皆サーン! 水中の幻像の方を見てクダサイ。ワールドノードに退化の秘法による呪いエネルギーが送り込まれてマス」


 見ると、今度は赤黒いエネルギーの奔流が上方から沈み込んできて、ワールドノードの中へ流れ込んでいく。

 おそらく絶えなく発生する怨念の吸収と呪いへの転化・放出が四百年以上、繰り返されてきたのだろう。


「こんな仕掛け、誰が作った!」


 そう怒声を発するバルカにレバームスは肩をすくめた。


「当時、俺ら()()を裏切った()()()()()()かもな。ギルド同盟長老衆(エルダーズ)の一席に座ってる……」

「呪染源がなんなのか突き止めてくる。破壊できるアイテムか何かなら速攻で壊していいんだよなッ?」

「呪いやデバフに完全耐性があるお前ならまあ……」

「これを片付けたらヴァルダールにいる長老衆とやらに会いに行くぞ。きっちりケジメを取らせてやる!」


 そう言いながらバルカは湖に入っていく。

 水温はかなり低かった。

 常人が長時間浸かっていれば、命に関わる冷たさだ。

 これに瘴気による影響が加わっているので、危険きわまりない湖水だった。

 だが常に瘴気や呪いデバフを寄せ付けない完全耐性に加え、霊気を練って見えないシールドで全身をコーティングしていたバルカは平気だ。


 浅瀬の水をかき分けながら急に深くなっている手前まで来ると、波紋すら殆ど立たせずに、一気に全身を水に沈めた。

 その巨躯にもかかわらずバルカは泳ぎの名手だった。不思議なことに大きな水飛沫を上げることもなく、驚異的な速さで小島へと向かう。


    ×   ×   ×


 程なくしてバルカは島の岸に上がった。

 島というよりは凹凸の少ない平坦な岩礁だ。

 遠目からでも分かっていたが、草一本生えていない。

 バルカは小島の周囲をぐるりとまわり、今度は小島の中心に立った。

 ごつごつした岩は妙に黒っぽいこと以外は特徴が無い。


「いっそのこと、この島まるごと木っ端微塵にするか」


 バルカは砂浜に向けて手をかざした。

 すると斧槍はふわりと浮かび上がり、バルカの元に飛んで、彼の手に収まった。

 直後に、レバームスが声を張り上げた。


「どうだ? 何か見つかったか!」


 周囲は無風だが、湖岸から島までの距離はかなりあった。

 しかし、バルカの優れた聴覚はレバームスの声を聞き逃さなかった。


「いいや! 何もない!」


 バルカも口に手を当てながら、戦場で号令を下しているかのような、すばらしい大音声で返事した。 

 

    ×   ×   ×


「ンンン? アレ? アレレ?」

 

 湖岸でギデオンが首をかしげながら、しきりに何事か呟き始めた。


「どうした?」

「イヤ、今バルカが声を発した直後に、急に生命反応を感知しまして」

「……どこからだ」

「えっとーあの島全体から、デス」


    ×   ×   ×


 バルカは島を破壊することをレバームスに伝えようとして、さらに続けて口を開こうとした時、突如として足元がぐらついた。

 無風で鏡のようだった湖面が小島を中心にして波を立たせている。

 バルカはハッとした。地底界はよく地震が発生することを思い出したのだ。


「おい! 地震じゃないか?」

 

    ×   ×   ×


「いいや!」

「違いマスヨー!」


 急に強い風が吹き始め、島からの振動音が鳴動する中、メトーリアはこめかみに指先を当て、念話でバルカに語りかけた。


(バルカ! 地震じゃない。お前のいる場所が、島が動いてる!)


 そしてメトーリアは、驚愕して目を見開き、息を吞む。

 島は水平に動いただけでなく、上昇し始めた。

 ようやくメトーリアは理解した。今バルカが立っている場所は島などではない。

 怨念と瘴気に満ちた湖水に全体の殆どを沈み込ませ、身を隠していたとてつもなく大きな何かだったのだ。

 バルカの足元に近い、水中から出てきた部分から巨大な眼が見開いた。

 瞳孔は縦長で細い。上瞼と下瞼の内側にもう一つ瞼があり、それが水平に瞬きをした。

 鳥や鰐などが持つ第三の瞼、瞬膜だ。


 メトーリアの肩に乗っていたギデオンが悲鳴を上げた。


「ヒェ!? ゲェ――――!!?? ア、アレはベヒーモスッッッッ!!」


 メトーリアは青ざめた顔で、巨大な怪物の頭の上にいるバルカを見つめた。


巨獣(ベヒーモス)化したクロキアか……」


 デフィーラーやワームナイトに続き、再び滅ぼしたはずの魔物の出現に直面したレバームスは険しい目でベヒーモス・クロキアを睨んだ。

 鰐のような頭、鎧のような外皮。

 ついに直立して全貌を現した身体は鰐とはかなり違う。まるで熊が鎧を着ているような重厚な体躯をしていた。

 頭部だけでも二十メートルはある……まさに島が動いているかと錯覚するほどの巨体だ。

 

 グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 湖底のクロキアの怨霊が発した鳴き声と同じだがはるかに大きい、轟く雷轟よりも凄まじい咆哮を上げ、頭を激しく振り、上に乗っている憎きオーク族をふるい落とそうとする。

 だがバルカは斧槍をベヒーモス・クロキアの脳天に突き刺し、その場に踏みとどまっていた。

 

 ガアア!!!


 大したダメージにはなっていないようだが、ベヒーモス・クロキアは苛立たしげな唸り声を発して、水面からさらに浮上したかと思うと、今度は水中に潜り始めた。

 オーク族を水底に引きずり込むために。

 バルカが戦闘に備えて、かつて無いほどに霊力を霊体にめぐらせているのがメトーリアには感じ取れた。そのエネルギーがあまりにも凄まじいため、彼の肉体に折り重なって存在している霊体が巨大な影となって現れるのが肉眼で、はっきりと目視できた。

 その影は湖面にも映った。輪郭がさらに広がってゆくが――。

 ベヒーモス・クロキアが尾を波に打ちつけた。

 巨大な水柱が上がる。

 メトーリア達の視界からバルカとベヒーモスの巨体が見えなくなった。


「バルカ!」


 思わずメトーリアは叫び、湖に向かって駆け出そうとしたが、レバームスがその腕を掴んで止める。


「よせ、湖の瘴気は未だ強い。俺らにとっちゃ猛毒だ」

「でもバルカが!」

「あいつの霊体、どうなってるように感じた?」

「それは、凄まじい霊力を感じた……肉体と同化しているはずの霊体が膨張して、巨大な影になっていくような……」


 レバームスは、メトーリアに笑みを返した。


「心配するな。あいつの力は俺が一番知ってる。あいつなら何とかする」


 そう言いはするもののレバームスはわずかに眉をひそめ、未だに波立ってはいるが、不気味なまでに静まりかえった湖面を見つめた。


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