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第73話 霊脈回廊


「あっ」

 

 バルカがふと思いついたことがあってゼフラを呼び止めようとしたが、ゼフラはすでに光の渦の中に滑り落ちるように消えた後だった。

 それを見たハントは動揺した。


「え、今、消えた? 落っこちた?」


 魔法を使えるニーナとウォルシュは違う見解を述べた。


「落ちたというより……」

「転移……魔法による瞬間移動に似ておるな」


「ゼフラは何度も行き来したことがあるみたいだから大丈夫か……みんな、ワールドノードの中に入ると渦巻いていた光が川のように一つの方向に向かって流れていくからその流れに沿って移動することになる。絶対に流れに逆らうなよ。ネイル、ナキムとビオンにも巧いこと伝えてくれ」

「オル」


 バルカの指示にネイルが頷き、後ろにいるフィラルオークたちに身振り手振りを交えながら古語でバルカの命令を伝える。ナキムとビオンは、黙って従う姿勢を見せた。


「それでな、さっき使ったロープで今度は俺たち全員を繋いでから中に入るぞ」

「え、またですか?」


 ニーナが少し不安げな声で尋ねたが、バルカは落ち着いて頷いた。


「そうだ。光の流れからフラフラと逸れると、取り返しのつかないことになる。俺たち全員が繋がっていれば、誰かがはぐれかかっても、引き戻せる。命綱だと思ってくれ。ハント、そんなにビビるな。アイテムボックスを開いて中に手を突っ込むときにいちいち心配しないだろ。念のためだよ」


 ということで、一行は手際よくロープを腰のベルトに巻き付け、それぞれが隣の者に繋がれる形で準備を整えた。

 バルカが先頭に立ち、メトーリア、ニーナ、ウォルシュ、ネイル、ハント、ナキム、ビオンの順でロープで繋がれた。


 そして、順々に光の渦の中へと入っていった。


    ×   ×   ×


 ワールドノードに入った直後。

 足場がなくなり落下するような感覚。

 それから、宙に浮いてるような浮遊感。

 だがそれはわずかな間のことで、直後に光の粒子の密度が一基に高まり視界が覆われたのでメトーリアは思わず目を細めた。


 ……気がついたときには、今まで見たことがない不思議な空間にメトーリアは立っていた。


 とても暖かい。暑いくらいだ。

 根の谷の大穴の底で渦巻いていた光の粒子は事前のバルカの説明通り一方向へと水平に流れていた。

 右も、左も、上も、美しい星空が見える。だが星は見て分かるほどの速さで動いている。

 しかも速度はバラバラだ。

 そんな空間に、橋が架かっているように、光の粒子が流れているのだ。


「お~! 久しぶりの世界軸――またの名を霊脈回廊! お、プローブ・ワン。元気にしてた?」

 

 ギデオンはメトーリアから離れてそこかしこを元気に飛び回り、先行していたプローブ・アイの一体と空中でダンスを踊るようにぐるぐる回っている。

 先に到達していたゼフラはプローブ・アイの存在にビックリしたようで、目を丸くして器械精霊のダンスを目で追っている。


「メトーリア入り口の前にいたままだと、後続のニーナ達とぶつかるぞ。こっちだ」

「あ、ああ」


 後ろを振り向くと、入ってきたのと同じ光の渦、ワールドノードがある。

 だが根の谷の大穴にあったように地面では無く、見えない壁に穴が空いたようになっていてそこから光の粒子が流れ出ていた。

 ワールドノードからニーナ、ウォルシュ――と次々に後続のメンバーが姿を現した。


「わぁ~~~~! ……綺麗」

「これが霊脈回廊……この歳になって初めての経験ですじゃ」


 まるで光の河――否、光の回廊の上に一行は立っていた。

 後ろを振り向くと、入ってきたのと同じ光の渦がある。だが根の谷の大穴にあったもの地面では無く、見えない壁に穴が空いたようになっていて底から光の粒子が流れ出ている。


「みんな、間違ってもあの出入り口の裏側に行こうとか思うんじゃないぞ」

「あの、みんな何で縄で繋がってるんですか」


 さきに到達していたゼフラがジッとバルカとメトーリアを見た後、気を取り直したように口を開いた。


「一応、安全のためだ。ゼフラ、お前は平気か?」

「はい。私は何度か行き来してるんで。では行きましょう」


    ×   ×   ×


 大穴の階段に引き続き、ゼフラの先導でバルカ達は光の回廊を進み始めた。

 すると、広大無辺な星空に虹色の雲が漂い始めた。


「なにか変なものが見えても無視してくださいね」

 

 と、ゼフラ言う。


「どういう――」

「ああそうだった!」


 バルカがパンと両手を打ち鳴らした。

 重要な事を伝えていなかったのに気づいたからだ。


「ワールドノードの中じゃ時々、この光の橋の脇に、色々なものが見えるんだよ。トンネルだったり橋だったり……川の岸辺や、前に行ったことがある場所とか、死んだ家族の幻が見えたりする……でも全部幻だから。光の流れから逸れるんじゃないぞ。みんな、気になるモノが見えても絶対無視してくれ」

「……もしこの光の粒子の流れから外れたらどうなる?」

「端的に言うとぉ、迷子にぃ、なっちゃうヨ?」


 と、バルカよりもはやくギデオンがメトーリアに説明する。


「な、なんということじゃ」


 言ったそばから、ウォルシュがフラフラと脇に逸れようとしている。

 聞くと、虹の雲の中にアクアルの町並みが見えるとか言い出す。


「おい、爺さんいくなッ。ニーナ、ネイル。ロープで引張れッ」

「オル、メギ・ウォルシュ! そっち、ダメ!」

「だ、だめですぅ~~ッ」


「……バルカ。お前には、何か見えているのか?」

「え、俺? 特に何も」


 メトーリアの唐突な質問にバルカはそう答えたが……。

 実は様々な光景が咲き乱れていた。


 向かって右側には魔王討伐パーティーのリーダー勇者ベルフェンドラやレバームスと飲み明かしたギルドハウスの酒場。

 左には当時のオーク君主エルグ・アモルシンとその妃ゼラ・ルサイドの姿等々……。

 どこからともなく声さえ聞こえた。


「な、なんなんすかこれ」


 ネイル達フィラルオークは特になにも見えていないようだが、ハントも何かの幻を見ているようで、不安げな声をあげる。


「さっき、地底界やワールドノードは空間が歪んでいるといったろ? 地底と地上を含む世界そのものを一つの生き物としてたとえるなら、ここは世界の霊体といっていい。つまり霊脈(レイライン)そのものだ。俺たちの霊体と世界の霊脈が触れることによって記憶にあるものの幻像や音が現れる……という仕組みらしい」


「バルカ、私には全く身に覚えのない光景が見えているぞ。右側にはレバームスと、浅黒い肌をした人間の男が酒場で酒を酌み交わしている」


(え、もしかして俺が見ているモノがメトーリアにも見えてる!?)


 と、バルカはびっくりしたあとで、おずおずとメトーリアに確認する。


「……レバームスと一緒にいる人間の髪は黒か?」

「ああ」

「美しいか?」

「は?」

「お前と俺が見てるのが同じなら、そいつ。めっちゃくちゃ女に、モテてた」

「つまりこれはお前の記憶か……まあ、一般的な美的感覚でいえば、そうだな。小顔で、体型もスラッとしていて……それでいて力強さも感じる……誰なんだ?」

「ベルフ――ベルフェンドラだ」

「勇者の!?」

 

 思わず見入るメトーリアに、バルカは落ち着かない気分になってベルフェンドラから彼女の気を逸らそうとした。


「左側には何が見える?」

「ん、左は……一組のオークの男女が佇んでいる。オークの衣類のことは全く分からないが、それでも高い身分を示す装いをしているのがわかる。男は心配そうな目をしていて、女は顔の下半分を布で覆っている」

「魔王討伐戦が終わった頃のオークの君主エルグ・アモルシンとその妃ゼラ・ルサイドだな」

「ちょっと待て。おまえ、さっき“特に何も見えてない"って言ってたよな?」

「……」


 結び目の中で見える幻……それは記憶に強く残っている思い出や、強い願望や未練、後悔などが反映される。


“まずは同胞達の呪いを解き、彼らを助ける”


 それを目標にしているバルカだが、心の中は後悔と自責の念でいっぱいだったのだ。

 そのことを世界そのものに突きつけられた気がして、バルカはうつむいた。


『バルカ。一緒に天空(そら)に上がらないか? 今のお前が、地上に残ってもなにも良いことはないぞ』


「今度は女の……声? おい、バルカ。今のはなんだ」

「シェンリーに言われた言葉だ。ほら、前に言った、俺の師匠でもある当時の仲間」


 今のは、アティセル・エリア(天空領域)に住まうエミリータ族の戦仙女シェンリーに言われた言葉だ。


「魔王を討伐した後、天空の世界で修行を積めばもっと強くなるって誘われたんだよ。でも断った。オークとエミリータでは生きる目的からして違う。エミリータは地上世界との関わりを絶っていた種族だ。魔王の襲来は世界が滅ぶか否かの瀬戸際だったので緊急事態として地上の種族に手を貸してくれたんだ。本来の彼らは空よりも更にはるかに高くて、さらに遠い世界へ旅立つために修行している種族だ」


 その説明はまるで自分自身に言い訳しているように思えて、バルカは普段考えないようにしている、抑え込んでいる後悔の念にさらされる。

 ……もし、あの時。ダンジョン封印の仕事を引き受けるのではなく、天空のエミリータ族の居城クラウドパレスにいたら、地上で起こるオークの惨劇を防げたのではないか? ベルフェンドラ達も救えたのではないか……


    ×   ×   ×


(一緒に行こうと誘われたということは……)


 バルカが思い悩んでいる間。

 メトーリアはメトーリアでシェンリーという伝説の仙女の存在が気になっていた。

 シェンリーのことをバルカは“恐い師匠だった”と言っていたが……バルカ対して発したその声はとても柔らかく、温かみを感じさせるものだった。

 そんなことを考えていたら、違う幻がメトーリアの前に現れた。


『メリア、留守の間。母さんと妹を頼むぞ』


 弾かれたようにメトーリアは見上げた。


『メリア、留守の間。母さんと妹を頼むぞ』


 そこには何度も繰り返される短い映像が浮かんでいる。


『メリア、留守の間。母さんと妹を頼むぞ』


「メリアって呼ぶ男が見えるんだが、メリアってお前のことか?」

「…………父上だ」

「メトーリア、見るのはいいけど立ち止まらないでくれよ」

「……」


 バルカにも自分と同じものが見え、聞こえていることを気にも留めずに、メトーリアはおぼろげな記憶の中にあった、まだ背の低かった自分に向ける父スガル・シェイファー・アクアルの優しい笑顔を、見つめ続けていた。


『メリア、留守の間。母さんと妹を――』


 不意に父の映像が消え去り、ワイワイガヤガヤとした騒がしい音が聞こえ初めてメトーリアはハッとした。


「今度は、着飾った人間がいっぱい現れたな」


 バルカの言うように、いつの間にかオーク君主と王妃の幻が映っていた左側が大きなパーティ会場になっている。


「これは……たしか、レギウラの隣国ナバリスの国王主催の晩餐会」


 何でこんなものが。

 できることならもう一度父の姿を見せてくれとメトーリアは思った。


 この時の記憶など、着たドレスはウエストはきつく、スカートは両足にまとわりつくようで鬱陶しく、二の腕の中ほどまである長いぴっちりとした手袋も心地悪かったぐらいのものだ。

 肩から乳房の上半分が剥き出しだったため、男達にうんざりするほど声をかけられて作り笑いを浮かべたのを思い出す。

 中には連れの肘から腕をほどいてまで近づいてきた男もいるくらいで、相手の女性に睨まれたのを妙に覚えている。


 朗々とした男の声が不意に聞こえた。

 そして、メトーリアは思いだした。

 この声がナバリス国王のものだということを。


「なぜデイラに、狩りや危険を伴うクエストをさせるのだね?」

「あの子が望んでいるのです。ご心配いりません。優秀な護衛を付けております――」


 男に向かい合っているのはアルパイスだった。


「それは君と私の息子をたぶらかした男の娘のことかね」


 男の顔が浮かぶ。幻のナバリス王は、メトーリアに険しい表情を向ける。

 憎しみのまなざしだった。


「いいかねアルパイス公。私は孫が生まれたこと。あの子が無事健やかに成長したことを毎日天に感謝しているんだよ」

「……」

「だが私の息子は死んだ。このことは毎日天に問いかけてる。”なぜ息子なんだ”とねッ」


 夢の光景は全てがぼやけている。アルパイスの顔はよく見えない……。


「メトーリア。聞こえるもの、見えるもの全部無視しろ。俺もそうする」

「……うん」


     ×   ×   ×


 いつしかバルカとメトーリアは隣り合って歩いていた。

 時折、何も言わずにお互いの顔を見つめ合っては、前に進み続けた。


(知ってる? プローブ・ワン。この霊脈回廊で見る幻視はフツー共有することできないんですってヨ?)

(……)

(両者ネ~強い想いで通じ合ってないと生じない精神交感現象なんですっテ!)

(……)

(……はぁ~~~ツマンナイ。私ら器械精霊は幻視なんて見ねーモンナー)


 やがて全員が幻を見なくなったのか。それとも無視するようになったのか。

 バルカ達は光の回廊をひたすら歩き続け――。

 出口へと辿り着いた。


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