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第72話 世界の結び目

 根の谷の大穴は四方すべてが山で囲まれている。

 山の稜線から朝陽が昇る前に、バルカ達は大穴の縁までやってきた。


 根の谷周辺はもう冬の季節だというのに大穴の奥からは暖かい風が吹き上がってくる。

 直径百メートルを優に超える縦穴を形成している岩壁には、不規則な段差や削り跡がらせん状に続いている。


「ゼフラ。ここから下の〈結び目〉まで降りるときはどのくらいかかる?」

「身軽な者なら半日とかかりません」


 ゼフラはバルカに半歩近づいて彼を見上げ、そう答えた。

 その声にはわずかな緊張が、瞳はバルカに対する尊敬と憧れが滲んでいるように、そばにいたメトーリアには感じられた。


「一応確認するが、お前達はこの、階段を使って登ったんだよな?」


 バルカは岩壁の出っ張りを指差しながら言うと、ゼフラは頷いた。


「はい。そうです」

「じゃあ――」

「ふぇ!? 階段ってあの岩壁の出っ張りのことですか!?」


 ニーナの裏返った声がバルカとゼフラの会話を遮った。彼女の目は岩壁の険しい削り跡を不安げに見つめている。

 

「ニーナ、そう心配するな。ゼフラがいたハイオーク隊は重装鎧で武装していた。そんな奴らの重さを受け止められるんだから、簡単に崩れたりしない」

「心配してるのはそこじゃなく――な、何でもないですぅ」


 ニーナは言葉を飲みこみ、気まずそうに引き下がったニーナはウォルシュやハントと顔をつきあわせて何やら話し始めたが、バルカは無視して話を進めた。


「ギデオン、ザズ達はもう地底界へと戻ってるよな?」

「あい」

「それでは、ゼフラ。先導してくれ」

「はい、バルカ様」

「ちょっと待ってくれバルカ」

「どうしたメトーリア」

「私は平気だが……ウォルシュ達はさすがに命綱がないと危険すぎる」

「じゃあウォルシュ爺さん。〈飛翔〉や〈浮遊〉といった魔法を使えないか?」


 ぎこちない笑みを浮かべながら、ウォルシュが杖を持ってない方の手で顎髭をしごく。


「申し訳ないバルカ殿……そのような魔法は持ち合わせておりません」

「俺たちが背負ってやってもいいが……それだと何かが起こったとき対処しづらいな」

「な、何かってなんすか?」

「ハイオーク達がまた地底界側から登ってくるようなこともないとは限らないし、別の、何か危険な生き物に出くわすかもしれないだろ……あ、ハント。ロープを用意してくれるか。それをお前達は腰に巻き付けて俺と……そうだな、ネイルとナキムがそれぞれが一人一本ずつロープの反対側を腕に結ぶ。お前達が万が一足を踏み外したら、俺たちが引き上げる――ってのはどうだ。」

「あっ、じゃあ私、バルカさん。バルカさんがいいッ。私のロープ持ってくれるのはバルカさんって事で」

「あ、ちょ――」

「じゃあ儂はネイル殿ッッ」


 出遅れてしまったハントはナキムを不安げに見つめる。

 ナキムとて、一対一ならネイルより強いかもとバルカが評するほどの屈強の戦士なのだがハントは昨日のナキムの強さを目にしていない。

 ナキムは一連の会話が全く理解できないので首をかしげてハントを見つめている。


「…………ビオン」

「オル?」

「俺の背負ってるこの箱ね……ちょっと間さ、持っててくれない?」


 ビオンは背負っているアイテムボックスを親指で指し示したあと、ボックスの肩紐両側を掴んで、背負うジェスチャーをした。


「オルッ」


 ニカッと笑ってビオンは頷いた。


 ――こうしてバルカ一行は、ゼフラの後に続き、大穴の岩壁に刻まれたらせん状の階段を降り始めた。


    ×   ×   ×


『あ~、メトーリア。一晩ゼフラの様子をこっそり見張ってたけど、不審な様子は無かったデスよ。天幕の中でぐっすり寝てました』


 ギデオンからの念話を受けて、ゼフラ、バルカ、ロープを腰に巻いたニーナに続いて階段を降り始めていたメトーリアは、


(そうか……)


 とだけ返事した。


『それにしてもあのゼフラって娘、ミョ~にバルカとの距離が近いっすよね』

(……)

『バルカが肩に手を回したらそのまま身を任せそうな感じデスよね~』

(ギデオン、ハイオークを尾行させているプローブ・アイから何かめぼしい情報は伝わってないのか?)

『あ~、今は通信できない状態』

(でも、複数のプローブ・アイを使えば地上と地底を隔てても通信可能とか言ってなかったか?)

こっち(地上)あっち(地底)の繋ぎ役の別のプローブ・アイを結び目に待機させてるんですが、まだ中継点の構築に手間取ってるんデスよ。それよりも、ゼフラってさ~』

(昨日から気になってるんだが結び目とはどういうものなんだ?)

『……大穴の底に辿り着けばわかりマスヨ』


    ×   ×   ×


 岩の階段は狭く、湿気ていて思った以上に滑りやすかった。

 岩壁を削ってできた階段はまるで巨大な爪で引っ掻いたかのように不規則だ。


(これがハイオークの手によって造り出されたものなら、階段が出来上がる前はどうしていたんだ……。)


 階段を下りながら、バルカは同族達の四百三十年間という長い歴史と、その苦難を想像して顔を顰めた。


「ゼフラ、この階段はハイオークが作ったものなのか?」


「よく、わかっていません。私らハイオークが造ったのか。それともかきゅ――フィラルオーク達が造ったものなのかも。そのどっちもかも。大穴ができたときから自然に存在してたともいわれています」


 階段を降りる一行の足音とゼフラの声が、岩壁に反響して不気味な響きを立てた。


 メトーリアの後ろはウォルシュ、ネイル、ハント、ナキムの順で階段を下っている。ビオンは最後列だ。

 時折、強い風が吹き上がってくるので、その度にハントやニーナは脚をすくませて歩みを遅らせてしまう。


「この階段、どれくらいの長さなんじゃろ……」


 ウォルシュが不安げに呟くと、ゼフラが後ろを振り向いて答えた。


「長さとか、計った奴はいないよ。ただ、まだ三分の一もいってないのは確かだね」


 ゼフラはバルカだけでなくネイル達フィラルオークにも敬意を払った態度で接しているが、人間であるウォルシュ達には結構ぞんざいな口調で話す。

 そのことは、最初はわずかに気になったバルカだが、当のウォルシュ達が特に気分を害した様子も無いので、何も言わないことにした。

 

「あと三分の二以上……この狭い階段を降りるのか……」


 ハントが呟き、ウォルシュは杖を握る手に力を込めた。

 バルカは一行を振り返り、静かに言った。


「焦るな。無理をせず、確実に降りるんだ」


 階段を降りるにつれ、周囲はどんどん暗くなっていく。


「バルカ殿。明かりを付けます」

「おう」


 ウォルシュが呪文を呟くと杖は煌々と輝き、青みがかった白色光で周囲を照らした。


 しばらくの間、会話も無く、一行は黙々と下に降り続けた。

 

 ビオンは最後尾で肩に担いだアイテムボックスを背負い直しつつ、一行を見守っていた。彼の視線は常に周囲の岩壁や足元に注がれ、危険を見逃さないよう警戒しているようだった。

 


 やがて――。

 階段の底に光の点が見えた。

 最初は小さな点だった光が、次第にゆっくりと広がっていく。

 ウォルシュの杖が放つ魔法の光とは全く違う輝きだった。

 同時に空気が湿り気を帯びて暖かくなっていく。


 バルカが一旦足を止め、底を見下ろしたあと、振り返ってメトーリアに言った。


「あの光の渦の中心が世界の結び目〈ワールドノード〉だ」


 根の谷の大穴の底は、無数の光の粒子が渦巻いていた。

 地上界と地底界を繋ぐ結び目……世界の結び目(ワールドノード)

 その光はまるで生きているかのように脈動し、周囲の岩壁を照らし出していた。

 一行は最後の数段を降り、ようやく大穴の底に足をつけた。

 

「これは……何とも不思議な」


 ウォルシュは思わず光の粒子に触れようと手を伸ばすが、粒子はウォルシュの手をすり抜けてしまう。

 ハントとニーナも腰に巻いたロープを解くのも忘れて光の渦を見回し、最後にはその中心に目が釘付けになる。

 それは空間に浮かんでいるのではなく、大穴の底のさらに下へと渦巻きながら流れ落ちているようだった。


「バルカ。あの光の渦の中心が、地底界の入り口なのか?」

「そうだ。地底界といってもただ地中にデカい空間があるわけじゃないんだ。空間が歪んでいて……こう、あ~ギデオン。説明頼む」


 ギデオンが姿を現し、メトーリアの肩に乗って、


「ちょーざっくり言うと、地底界ってのは大地にめっっっちゃくちゃデカいアイテムボックスが点在していて、それが霊脈という通路でつながってるような感じなんデスヨ」


 と、メトーリアたちに説明する


「ここからが本番だ。気を引き締めていけ」


 バルカの声に、一行は頷き、渦の中心ワールドノードへと歩みを進めた。


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