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第64話 オークのつがい

 野営の場所に戻る頃にはメトーリアはアゼルとの念話通信を終えていた。

 何を話したか、バルカは気になったが、メトーリアは少し俯いてなにやら考え事をしているようなのでそっとしておくことにした。

 

 天幕は完成しており、ナキムとビオンが近くで捕まえた鹿をウォルシュの起こした焚き火で焼きはじめたところだった。

 日が暮れて夜になると、皆で火を囲み、食事が始まった。

 鹿はかなり雑に切り分けられており、ネイル、ナキム、ビオンは適当に焼いて、骨を掴んで肉を噛みきっていた。

 これでも、ヨロイ狼の肉を生食していた頃に比べれば大した進歩ではあるが。


「お前ら、もうちょっとよく焼いて食えよ」


 そう言いながらバルカは手に持った肉にかぶりつく。


「あのぅ……バルカさんのもかなり生焼けだと思うんですけど」

 

 ニーナが粥をすくっていたスプーンを持つ手を止め、バルカが食いちぎった箇所を見つめながらそう言った。


「……懐かしいな。昔よくそう言われたわ。でもなぁ、鹿肉はこんくらいの焼き具合が一番美味いと思うんだが」

「いや、かなり生ッス。あの色は俺らには無理ですよね。ウォルシュ様」

「うむ……赤いのう……」


 メトーリア達アクアル勢は皆、 鹿肉は焼かずにスジごとぶつ切りにして煮込んだ後に、粥に入れて食していた。


 ナキムとビオンは最初はバルカ達の会話の内容が理解できないので、ぴったりと寄り添って、黙々と肉を食べている。

 ふたりは(つがい)だ。

 ナキムはくせ毛の赤髪を短く刈り上げた女オークだ。

 肌は平均的なオークの淡緑色の肌よりも緑の色素がやや濃い。

 ビオンも立派な体格をしているが、同じ男オークのバルカやネイルに比べるとちょっと華奢に見える。大人になったばかりの若者といった感じだ。

 

 ふたりとも何十年も使い古されたような服や靴を身に着けていた。

 服は毛皮で裏打ちされた短衣(チュニック)だ。どうやらフロスト・パームの樹皮を加工して作ったもののようだ。

 その上にビオンは皮鎧を装備している。

 ナキムはビオンの服より布面積が小さく、ビオンよりも軽装だ。

 腹などは露わになっており、腰にはスカート……というか短衣と同素材の短い腰巻きを履いていた。

 靴は皮製だ。

 粗雑な造りではあるが、これらは元々獣皮や羽根、木工品などを好んでいたオークの文化が完全には失われていないことを示している。

 ちなみにふたりとも拾いものと思しきメイスを装備していた。

 これも武器の硬度と耐久性を重視するオークらしい獲物だ。


 ナキムは寡黙だが気の強い性格をしている。

 これは皆分かっていた。

 夫であるビオンに対する態度が厳しいからだ。

 ビオンが時折「ナキム」と名を呼んで、笑いかけたり、古語で短い言葉を投げかけたりしても、「フンッ」と鼻を鳴らしたり、そっぽを向いたりするのをここまでの道中で何度も見かけた。


 これには理由がある。

 オークには強さを信奉する戦闘種族的な側面がある。

 どうやら戦闘や狩りの腕はビオンよりナキムの方が上で、そうなるとつがいの相手であっても強い方は表だって甘い顔を見せないものなのだ。


 だが、食事が始まるとその様子は一変した。

 仲良く、指でちぎった肉をお互いに食べさせあったりしている。


「アっ」


 ナキムが口を開けると、


「オル♡」


 と、ビオンがつまんだ鹿肉をナキムの口へ運ぶといった具合だ。

 ビオンの指ごと口に含んで、気の強そうな目をとろんとさせて、口をもぐもぐしている。


「ふえぇ(アレぜったい指をおしゃぶりしてるよね!?)」


 ニーナはその様子を見ないフリをしながら、ちゃっかりと視界の隅で見ている。

 ウォルシュとハントは素知らぬ顔で地底界について話をしている。

 アクアルの面々はもう何日もアーガ砦でフィラルオーク達と暮らしている。

 夜になるとフィラルオークのカップルが城壁の影や、部屋の隅の暗がりなど、いたるところで人目をはばからず色んな事を色々と始めるのをもう知っていた。

 だが、夕食時に煌々と照らす焚き火の前でいちゃつくのはあまり見たことがなかった。


 メトーリアはアーガ砦の天守で、フィラルオーク達と離れて食事や寝泊まりをしていたので、初めてみるオークの番の行動を密かに観察していた。

 時折、バルカの方も見るのだが、バルカはこれに気づかない。

  

「ネイル、お前何でこのふたりにしたんだ?」

 

 ぐりん、と首をネイルの方へ回してバルカは問うた。

 その顔はぎこちない作り笑いを浮かべていた。

 目の前で繰り広げられる度し難い甘え合い(イチャイチャ)に辟易しているのだ。


「グルルッ……」


 ネイルは歯がみしながらナキムとビオンを見て唸り声を上げていた。


“オレは妻子と離れて独りでいんのに目の前でいちゃつきやがってぇぇぇ!!”


 と、いう雰囲気がバルカにも容易に察することができた。

 

「なあ、ホントにお前、なんでこのふたりを選んだの? 腕の立つ奴は他にもいるだろ?」


 旅に出る前、バルカがネイルに命じたのである。

 地底界に行く同胞をもうふたりほど連れて行きたいからお前が選んでくれ、と。


「ビオンとナキム、つがいになったばかり。だから、ネリ・ナダシ――子供が、まだない」

「あー…………」


 ネイルのぶっきらぼうな答えを聞いて、なんとなくバルカは納得した。


「そういうことか」


 戦士として戦えるオークはみな番になっていて、たいてい子供がいる。

 そういった者達は長いこと里を離れて狩りに出かけていて、ついこの間バルカに率いられて戻ったばかりだ。また親と子供と離ればなれになるのは可哀想。

 だが、番になったばかりのナキムとビオンの間にはまだ子供がいない。


 大方、ネイルがこのふたりを選んだのはそんな理由だろう。

 それはそれとして――。


「ガアアアア!」


 ついにネイルが吠えて、若いふたりをたしなめた。

 ネイル自身は妻ジェンや息子のバドと離ればなれなのだ。苛々するのは当然といえた。


「!? ロ、ロロ・ネイルッ」

「~~~ッ、ロ、ロ・ネイル」


 ナキムとビオンは即座にお互いの体を離してネイルに向き直り、彼に敬意を表する声を発した。ビオンはびっくりしたナキムに指を噛まれたようで、そこをもう片方の手で押さえていた。

 アクアル勢はハッと顔を上げてネイルを見るが、すぐに各々食事や会話に戻る。

 フィラルオークが吠え声をあげたり、威嚇し合ったりするのは日常茶飯事だからだ。


「ン"ッ」


 ネイルが喉を鳴らして頷くと、ナキムとネイルはホッとして、肩をなでおろした。


(それにしても、ナキムは戦士としてかなりのレベルにあるな)


 バルカはナキムが戦うところを見たことはないが、そう直観していた。

 オークは人間やエルフといった種族に比べて総じて身長が高い。

 女も男と同じように犬歯が発達した牙、筋肉に覆われた強靱な肉体を持つが、その中でもナキムは腰回りがどっしりしている。

 生来、恵まれた体格なのだろうが、狩りや日々の厳しい生活で、鍛えられた肢体だった。

 見事な体だとバルカは思った。

 軽装鎧を装備しているネイルや自分と違って、服装などは貧しいが、霊力も強い。

 身にまとう気配からして、群れをまとめるのに必要な統率力などはやや欠けているようだが、一対一の闘いならネイルよりも強いんじゃないかとバルカは看ていた。


(他の女よりも肌が露わなのは、体の頑丈さに自信があるんだろう)


 バルカはこれまでの戦闘――ネイルやワームナイトの攻撃でも傷一つ付かなかったが、それは防御系のスキルを使っているからだ。

 以前、バルカはワームナイトの四体同時の触手鞭の攻撃を、体から不可視の力を発して吹き飛ばしたがあれなどは、霊力をみなぎらせて戦闘的霊気(バトルオーラ)……いわゆる闘気を発散させる攻防一体のスキルだ。

 ネイルの斧槍の突きを受けても、皮膚すら裂けなかったのは、この闘気が肉体を強化しているからである。無意識に発動しているパッシブスキルだが、闘気を操ることで、さらに防御力を高めることもできる。

 使い手によってはスキルに大仰な名前をつけたりする者もいるがバルカはあまり興味が無いのでそういうことはしない。 

 

 自分ほどでは無いにしろナキムもそういった防御スキルを備えているに違いないとバルカは考えた。


(そうでなかったら鍛えた体を見せびらかしたい癖でもあるのか……いや、充分あるかもしれんッ)


 ナキムの身につけている短い腰布の下は肌が露わになっており、鋼のような筋肉に覆われた逞しくも艶めかしい太腿を眺めることができる。


 つい、バルカはチラチラと見てしまう。

 オークは“体は大きいが、ずんぐりむっくりの短足体型だ”と、他種族から思われがちだ。

 だがそれはちがう。

 自然に備わる筋肉量が人間よりも圧倒的に多いので見間違ってしまうのだ。

 

 バルカは魔王討伐戦時代、他種族と長く関わってきたので、人間やエルフが言うところの、いわゆる「理想的な体型(スタイル)」というイメージを一応は共有していると思っている。

 どっしりしているといっても、ナキムは肥満では無い。背中はそこだけ見ると男のオークのように広々としているが、それ以上に尻から太ももにかけての肉置きが豊かなので、他種族が理想とするところとは少し違うかもしれないが、肉感的な魅力があると思う。

 オークの男なら誰でもそう思うんじゃ無いかとバルカは考える。


(他の種族はどう思うんだろうな……)


 ふとバルカはメトーリアを見た。

 メトーリアとナキム。

 人間とオークの女性ふたりをバルカは密かに見比べてみる。

 メトーリアは人間女性にしてはかなり背が高い。百八十センチ近いのではないか。

 オークとしてはやや小柄なネイルの妻ジェンと同じくらいの背丈だ。

 戦士として鍛え上げられてはいるが、筋肉量ではオークの女達にはかなわない。

 その代わり手足が長く、なんというかスラッとしていて……それでいて大きいところは大きい。


(ス、スタイル抜群とかというやつだろうか……)


 チラッチラッとバルカは無意識にメトーリアとナキムを交互に見やっていた。


    ×   ×   ×


 ナキムはこの旅にどんな意味があるのかまるでわからなかった。

 ただ、長の次にえらいネイルに命じられたので従っているだけだ。

 ましてや、バルカという(おさ)が一緒にいるのだ。

 沼地の恐ろしいウルド(魔物)を退治したバルカと一緒にいるのは誇らしかった。

 番っているビオンと一緒なのも嬉しかった。

 だが、ビオンは自分より強くないので、他の仲間の前ではその嬉しさをあまり顔や仕草にださないようにしていた。

 だが、我慢しきれなくてまだ飯食ってる最中なのに、仲良くしすぎてしまって副長(ネイル)に怒られてしまった。

 気をつけなければ。

 もうすぐ寝る時がくる。

 それまでは我慢だ。


 ふと、ナキムは丘の上から見たあの大きな穴を思い出す。

 あの穴の中に長達は入るつもりだろうか?

 そう思うと不安な気持ちもあるが、バルカやネイル。それに肌が白いバルカのつがいの相手メトーリアやロカ・メギ・シ(すごい・魔法・つかう)のしわくちゃのウォルシュもいる。

 何も怖れることは――。

 と、そこでバルカの視線を感じたナキムは顔を上げ、バルカと目が合った――。


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