第63話 根の谷の大穴
フロストパームの見た目は熱帯地域のヤシの木とほぼ同じだ。
葉が幹の先端部に集まっており、大きな実がついている。
ただ樹高が二倍近くあり、オークの巨体が登っても問題ないくらいに幹も太い。
実がついていないフロストパームが全体の半分ほどあった。実が成る前に花を刈り取り、液採取の仕掛けが設置されていたが、器には樹液が溜まっていなかった。
糖分を含んだ樹液が溜まっているはずの茎をそのままにしてあるので当然といえた。
花を刈るか、茎に切り口を作ればすぐにでも樹液が採れる状態だったが、バルカは手を付けないようにネイル、ナキム、ビオンに命じた。
誰かが植林したとしか思えない樹液採取の仕掛けが施されたフロストパーム……バルカはこれを地底界に住むオークのものでは無いかと考えたからだ。
「じゃがのう……地上の水にオークを退化させる呪いがかかっているとするならば、その水をい吸って育ったこのフロストパームも汚染されているのでは?」
あご髭をさすりながらウォルシュはそう疑問を口にするがバルカはかぶりを振る。
「それはそうだが……他人が作った仕掛けをいじるのはダメだろ」
等間隔に生えているフロストパームの下、日が暮れる前にウォルシュは焚き火を起こし、ハントは背負っていたアイテムボックスを降ろして携帯式の天幕の部品を中から取りだし、ニーナと一緒に組み立てていく。
ナキムとビオンは、どう考えても中に入りきらないはずのテントの生地や骨組みとなる棒などが次々とボックスの中から取り出されていくのを目を丸くして見入っていた。
ネイルはレギウラからの旅でずっと見てきたのでさすがに見慣れており、ハントとニーナを手伝っている。
バルカはメトーリアを連れて大穴の縁に来ていた。
まるで、巨大な錐で大地をくり抜いたかのような縦穴だ。
二人してかがみ込んで下を覗く。
暗い洞が広がっている。
今は夕暮れだが、真昼でも底は見えないだろう。
「この穴の向こうに地底界が……」
メトーリアは下に引きずり込まれるような気がして、足がふらつきそうになった。
高所が苦手というわけではないが、これほどの深みを見下ろすのは初めてのことだった。
直径百メートル以上の巨大な縦穴はまっすぐ下に向かって続いていた。
岩肌が剥き出しであり、穴の内側はほぼ垂直に切り立っているが、壁にはでっぱりや削ったような痕がたくさんあり、それがらせん状に続いている。
まるで手すりの無い階段だ。そのせいで洞穴というより垂直のトンネルのようにも見える。
「バルカ。私は地質には詳しくないが、大地の下には何種類もの層があると聞く。砂だったり粘土質だったり、火山灰が積もった層など色々あると聞く」
「けっこう詳しいじゃないか」
「だが、ここから見えるのは同じ色をした岩壁だ。わざわざこんな固い岩盤を選んで、地竜ジルザールは地底界まで掘り進んだのか?」
「あいつはどんなものでも粉々にできるから苦にしないだろうな。それに石化のブレスを吐くから、どんな地層だろうとカチカチにできるぞ」
「意図的に石壁の縦穴を作ったというのか?」
「この穴をずっと残しておきたかったのかもな。その辺は本人に聞いてみないと分からん」
「なんというか……伝説の竜に対してずいぶん気安いな。お前は、地竜ジルザールとは知り合いなのか?」
「ああ——そういえば知らないんだっけか。超大型の魔物ベヒーモスとの戦いで竜族とは共闘したんだ……それよりメトーリア」
「なんだ?」
「久しぶりにアゼルと連絡を取ったらどうだ? たしかアーガ砦からは距離と霊脈の関係で通信できなかったろ? ここからなら通信できるはずだ」
「そうしたいのは山々だが、ギデオンの分霊体。今はレバームスに渡してある」
「あ! そうだったな」
帯革につけられるタイプのギデオンから分化したメダル型の長距離通信補助アイテム『ミニギデオン二号』はワームナイトとの戦いまではメトーリアが装備していた。
だが今は、一足早く地底界に向かったレバームスが連絡用にと、メトーリアから借り受けているのをバルカは思い出した。
長距離の念話通信はミニギデオンのような補助装置が必要だ。
「おいギデオン」
「あい、なんデスカ」
呼ばれて姿を現したギデオンは何となくいつもよりテンションが低い。
「メトーリアの念話通信の補助ってお前自身はできるのか?」
「えェ……」
「なんだよ、その嫌そうな顔と声は。お前の分霊ができるんだから本体のお前だってできるだろ」
「そりゃできマスが、メトーリアには私を利用したり装備する権限がありませんよ?」
「…………そんな設定あったのか?」
「あるんデスよ!? 今までワタシ、面と向かって会話してるのもバルカとレバームスだけでしたデショ! もう今までに何度かそういうシチュエーションがあったし、こういうやりとりもしてますヨ!?」
「そうだっけか? いやいや、ワームナイトと戦ってたとき、同胞達を鼓舞するために演説してたじゃないか」
「あれは独り言喋ってるって設定なんデス!」
「なんだそりゃ……」
……どうもギデオンには「自分は魔王討伐戦で勇者ベルフェンドラのパーティで働いた仲間である」という自負があるようで、他の冒険者達をワリと見下していたようだ。
「あー! もう、めんどくせえヤツだな! そんな装備制限無視しろッ。命令だ!」
「ムキーッ! ……あ、このままバルカに装備されたままでもメトーリアとアゼルの念話通信を補助できるっちゃーデキマスよ。そのかわり会話内容はバルカにも聞こえちゃいマスガ」
「……できれば妹とは二人きりで話したいんだが」
「そ、そりゃそうだよな。ほら! さっさとメトーリアに取り付け」
「うううう~~ワッカリマシタヨ!」
バルカの周囲を浮遊していたギデオンはふわりと宙返りして、メトーリアの肩に腰を下ろした。
まだ納得できていないのか、ぷいっとメトーリアの顔とは反対の方向に顔を向け、腕組みをする。
「はい、どーぞ」
「えっと、じゃあ、始めさせてもらうぞ……」
戸惑いながら、メトーリアはこめかみに指先を当てながら、遠く離れたアゼルに向かって念話を試みようとした。
すうっと息を吸い込んだ後、メトーリアは頭の中で言葉を浮かべる。
(……アゼル。アゼル聞こえるか?)
今、妹はシェイファー館で何をしているだろう……そろそろ夕食の時間だろうか……。
『あ! ハイ! ハイハイ!! お姉様。聞こえてますよ!』
即、返事が返ってきたのでメトーリアはちょっと驚いた。
(……アゼル、お前まさか起きてる間ずっと念話に備えているのか?)
『だって! サンピーナ峠だっけ? そこで通信してかもう何日も――んんっ?』
(どうしたっ?)
『あ、そうか。お姉ちゃん、今地底界に続く大穴の前にいるんだね?』
(お前、なぜそれを……)
ギデオンの補助で念話で繋がった相手が見ているものを遠隔視できることはわかるが、なぜ根の谷の大穴だとわかったのか。メトーリアは訝しみながら足元に広がる巨大な縦穴を見下ろした。
× × ×
「うわッッッ!?」
シェイファー館の書斎にいたアゼルは目を見開いてのけぞった。
椅子の背もたれに体重がかかってひっくり返りそうになるのを何とかこらえる。
アゼルはシェイファー館に軟禁されている身だ。
殆ど外に出たことはないし、高いところに登ったこともない。
そんな彼女にとって、目を閉じて遠隔視によって頭の中で鮮明に見えた根の谷の大穴のあまりにも巨大で深い淵を、見つづける勇気は無かったのだ。
机の上に散乱している書物に囲まれたた我が身をかき抱く。
まだ足がすくんでいる。
『お、おい。どうしたアゼル?』
「な、なんでもない。ちょっとびっくりしただけっ」
アゼルは震える膝頭を手で押さえながら、思わず呟いていた。
× × ×
(なるほど。レバームス卿からあらかた状況は聞いているんだな)
歩きながらでも念話は可能だ。
メトーリアはバルカと一緒に天幕が設営されている場所へ戻るべく歩きながら念話通信を続けていた。
メトーリアはなんとか落ち着きを取り戻したアゼルからの話を聞く。
ワームナイトとの戦いも、退化の呪いの抑制薬が一部のフィラルオークに投与されはじめたことや、地底界に呪いのかかっていないオークが存在しているのではないかということも、アゼルは知っていた。
レバームスが、装備しているメダル型のギデオンの分霊を通じて、大穴に入る前に一通りアゼルに伝えていたのだ。
だが、メトーリアが重傷を負ったことは伏せてあるようだ。
『フィラルオークの問題が一段落したら、いったんアルパイス様とバルカさんが話し合うって事になってるけど、どうするの?』
(実は、通信用の魔法水晶を持っている。これで、地底界に行く前に一度、アルパイス様と通信を行う予定だ)
『でも、地底界の旅に同行してるってことは……お姉ちゃんはこのままバルカさんと一緒にオークとアクアルの友好を結んでいく……ってことでいいんだよね?』
(…………)
『お姉ちゃん。もしかしてまだ迷ってるの?』
(……今は“バルカと行動を共にせよ”というアルパイス様の命令にも従っている形を取っている。アルパイス様との通信にバルカにも同席してもらうつもりだ。あいつは“ギルド長老衆に直接交渉をする”とも言っているし……)
『やっぱり、私たちが足かせになってるんだよね……』
(そんな風に言うなアゼル。お前とシェイファー館にいる者達の安全は最優先だ)
『お姉ちゃん。そのことに関係がある事なんだけどさ。地上界と地底界では魔法的な通信はできないって話は知ってるよね)
『ああ。だからその前にこうやってお前と話を――』
(うん。でもね、これはレバームスさんから教えられたことなんだけど、もしかしたら――)
× × ×
「なんだとっ?」
それまで無言で歩いていたメトーリアが不意に声を上げた。
だが声に出したのはその一声だけだ。
バルカは心の中で、独りごつ。
(メトーリアの妹アゼルか)
どんな会話をしているのか気になる。
こめかみに指を当てながら歩くメトーリアの横顔をちらりと見てから、バルカはレギウラ王都メルバにあるシェイファー館で出会った赤毛の少女の顔を思い浮かべる。
メトーリア・シェイファー・アクアルがアクアル領主となったのは六歳の時だ。
レギウラの公王アルパイスが後見人となり、メトーリアの妹アゼルはレギウラの王都メルバに建てられた『シェイファー館』に移り住んだ。
当時、アゼルはまだ四歳にもなっていなかったという。
それから十五歳になるまで、アゼルは軟禁状態で館の中で籠の中の鳥のような生活を強いられてきた。
アゼルについて、バルカが知っていることはそれぐらいだったが、姉妹の仲がとても良いことは分かる。
……ふとバルカは、自分の家族に思いを巡らせた。
(家族か……)
バルカに兄弟姉妹はいない。
外つ世界から魔王が襲来する前。
オークの君主が亡くなり、次の君主を決めるため、各氏族の有力戦士が力比べ――決闘大会――が行われた。
バルカの父は前君主に仕える戦士長だった。
決闘にも参加したが、最後の決闘でエルグという男に負けた。
ずっと仮死休眠状態だったバルカの感覚ではそんなに昔のことではないのだが、実際には四百年以上の時が流れている。
レバームスのような例外はあれど、自分の家族や知人友人はことごとく死に絶えているわけだ。
ダンジョンの底で目覚めて以来、喋れなくなるほどの呪いを受けた同族達を助けることに奔走することで、バルカは自分の置かれている状況を考えないようにしてた。
かつての仲間。勇者ベルフェンドラたちがどうなったのかも努めて考えないようにしていた。
だが――。
(もし、地底界に呪いのかかっていないオークがいるなら、彼らの口から聞きたい。この四百三十年間なにがあったか)
バルカはそう考えるのだった。




