第62話 ギデオンのしもべ
長剣を抜きはなったメトーリアに反応を示したプローブ・アイは、四枚羽を広げて宙返りしてギデオンの後ろに下がった。
「こ、こやつらは!?」
「オオ!? リ・ウルド! ミシ! ビオン、ナキム!」
ウォルシュが杖を、ネイルは部下ふたりを連れて駆けつけてくる。二人の部下とはフィラルオークの男女だ。男の名はビオン。女はナキムという。
「お、落ち着けみんな。こいつらはもう敵じゃない。おいギデオン! ちゃんと説明してから召喚しろよ!」
「すみませんバルカ(笑)ちょっと驚かしてやろうかなってっ――ホラホラホラ、お前達、敵意が無い証拠として笑顔を見せて差し上げるのダー」
「笑顔って……」
困惑するメトーリア。
プローブ・アイは巨大な目玉に四枚の羽を花弁の様に生やしている、カラスぐらいの大きさの魔物だ。
そもそも顔などないのだ。
当のプローブ・アイ達でさえもギデオンの命令に戸惑っているのか、フワフワ浮きながら、おたがいの巨眼を見つめ合っている。
ちなみに四体いる。
やがてバルカ達の方を振り向き、じっと見つめてきた。
「(◎)…(◎)…(◎)…(◎)…」
よくみると以前のプローブ・アイの瞳は真っ黒だったが、今は瞳の虹彩が赤く、何とはなしにワームナイトに使役されていたときに比べて中心の瞳孔も活き活きとしているように見える。
そのプローブ・アイの瞳がすうっと横一本に細くなったかと思うと山型の曲線を描いた。
「(((^))) (((^))) (((^))) (((^)))」
ちなみに、かなり無理をしているのか、四体とも全身をプルプル震わせている。
どうやら、ギデオンの命に従って、笑顔を見せているつもり?……らしい。
「うわぁ……」
「ぶ、不気味ぃ……」
ハントとニーナはかなり離れてその様子を見ていたのだがドン引きの声を上げた。
ネイル達もどう対応していいか分かりかねて、困惑の状態だ。
「もういい……わかったから、いやちょっと本当に気味が悪いから止めさせろ」
「あい」
ギデオンが片手を挙げると、プローブ・アイの瞳孔はスッと元の状態に戻った。
……プローブ・アイは完全にギデオンの制御下にあった。
湿地帯で霊的領域……霊界に身を潜めて休眠状態になっていた生き残りのプローブ・アイにギデオンが接触。命令系統を書き換えて隷属化させていたのだ。
一足先に地底界へ行っているレバームスの発案だった。
このようなことができるのも、プローブ・アイもギデオンのような器械精霊の一種だからである。
ギデオンはエルフの少女。プローブ・アイは目玉の化け物と、見た目が全く違うが、制作者がレバームスか魔王かという違いがあるだけで、ギデオンは冒険者達のサポート用に造られ、プローブ・アイは高位の魔物をサポートするために生み出された。
そのサポートの対象をギデオンの力で変更した……ということなのだが、こういったことはバルカは門外漢なので詳細はよく知らない。
プローブ・アイはギデオンのように外部の動力源を必要とせず自律行動ができる。
だから先行させてサンピーナ峠周辺を調査させていたというわけだ。
「こやつらは便利ですヨ~。地底界と地上界を隔てては通常、念話やその他魔法による通信とかができないんデスがこやつらを繋ぎ役として利用すれば通信可能ですからね」
「そのことは今はいい。で、どこだ? 退化の秘法の呪染源はどこにある?」
「あい、ズバリ言いますと、地底界デスね」
「……んん? いや、サンピーナ峠や根の谷の何処かにあるって話じゃ無かったか?」
「イエ、くまなく探したけどそれらしいものは見つからなかったんデス。ってことは自然と地底界に存在するという結論に行き着くわけデスヨ。なぜだかワカリますか?」
バルカは腕を組んで頭をひねった。
その横で、メトーリアも顎に指を当ててしばし考える。
「……そういえば、湿原の川や湖で地底界の魚が獲れたといっていたな」
アーガ砦の宴の席で出た、巨大魚料理の独特な風味を思い出しながらメトーリアが呟く。
「アンダーパイクか」
バルカも思い出した。
「地底界から湧いている水が地上の水を汚染していると? ですが地底界に住むオークは呪いにかかっていないかもしれないという推察と矛盾しますが」
と、ウォルシュは疑問を口にする。
「いや、水が汚染されている地域は限定的かもしれないとギデオンも言っていた。だとしたらあり得る話だ。これは、手間が省けたな」
当初、バルカは呪染源の場所を突き止め、水に呪いをかけているモノを除去するなり破壊した後で、地底界へ向かう予定を立てていた。
だが、呪いの源が地底界にあると分かった今、このまま一気に崖道を下り、根の谷の奥にある地底界へ続く大穴まで行くことにした。
「ギデオン。ここからはプローブ・アイに斥候をしてもらおう。崖の下の哨戒と、その先の大穴へと続く最短ルートを探させてくれ」
「了解デス。さぁ我が僕たちっ。器械精霊ギデオンの名において命ずる。再び幽世に潜行するのダ」
「「「「(◎)ッ!!」」」」
「……その、命令する前の台詞っているのか?」
「いる!」
力強く断言しながらギデオンが崖下をビシッと指差すと、四体のプローブ・アイは命令を遂行すべく崖へと飛び込むように下降しながら姿を消していった。
昼前にサンピーナの峠道辿り着いた一行はそのまま先へと進んだ。
以前この道を通過したときは半日の時間を消費し、途上で夜を明かしたが、あの時は『レギオン』という百名を越える大規模パーティーでの移動だった。
現在のパーティーは少人数構成だ。その移動速度はレギオンパーティーの行軍よりも格段に迅速だ。
パーティメンバーは以下の八名。
バルカ&メトーリア。
治療士ニーナ、魔法士ウォルシュ、アイテムボックスの管理係である補給士ハントのアクアル組三名。
そしてフィラルオークのネイル、ナキム、ビオンだ。
ちなみに今、アクアルの面々は徒歩だ。
アズルエルフのレバームスが呼び寄せ、提供してくれた馬は非常に優秀だったが、オークが近くにいると怯えて手が付けられなくなるため、今回の旅はできるだけ固まって行動するためにアーガ砦に置いてきたのだ。オークの居住区から離れたところに急ごしらえの馬屋を建て、砦に残ったアクアル隊が馬の管理している。
サンピーナ峠の南側の崖をかつてオーク達は“霧断つ崖"と呼んでいた。
その名の通り、進むごとにどんどん霧が晴れていく峠道を踏破し、バルカ達は根の谷にかかっている天然の石橋まで辿り着いた。
「アノー、バルカ。大穴付近の様子をプローブ・アイ達が伝達してきてマス。私の計算では日が暮れる直前には入り口まで到着できそうです」
「……わかった。じゃあこのまま進もう。メトーリア、ネイル。いいか?」
「問題ない」
「オル」
メトーリアとネイルの同意を得てから、ふとバルカは気になったことをギデオンに聞いてみた。
「お前とプローブ・アイとのやりとりって、念話通信みたいなものなのか? そもそもあいつら喋るのか?」
「いえ、器械特有の言語でやりとりしてるといいマスカ……まあ念話みたいなものだと思ってクダサイ」
谷に沿って吹く山風は冷たい。
日も暮れてきたが、先行しているプローブ・アイから送られる情報を持つギデオンの案内で、バルカ達は北西に向かって切れ込んでいく根の谷の渓流に沿って上流へと移動する。
やがていくつかの支流が枝分かれして、川の流れが細っていくころになると、
「こっちです。この山の向こうに大穴がありマス」
と、ギデオンは山肌に生えている下生えの上をすいすい飛んでいく。
その後をバルカ達が追いかける。
「飛べる奴は楽だよなぁ」
そう呟いて額の汗を拭うハントの前を、ウォルシュがたしかな足取りでバルカやメトーリアの後に続き、ズンズンと歩いていく。
ウォルシュの年齢は八十を超える。メトーリアの妹アゼルと共にシェイファー館で軟禁生活をしていた時は、杖をついて歩くのも億劫そうだった身のこなしが、見違えるほどに颯爽としている。
体の動きにキレがあるのだ。
……アーガ砦からここまでの道中、バルカの集団強化魔法で敏捷さや体力が底上げされているが、それはハントとて同じだ。
「ウォルシュ様、身体が軽くなる魔法かなんか使ってるんですか?」
「そんな霊力の無駄づかいはせん。山歩きは慣れと経験じゃよ、ハント」
「俺だって非戦闘員の補給士とはいえ、それなりに鍛えてるんだけどなぁ……」
「オル」
「ん? 何だよビオン?」
先を行くウォルシュの後ろ姿を眺めながら、しんどそうにぼやくハントを見て、ビオンが近寄ってきた。そして、彼の背負っている長方形の魔法の箱……アイテムボックスを指差した後に自分を指差す。
「ロ・ハント。メギ…メギ・ボ――ミ?」
「背負ってるの持ってやろうかって言ってる? 大丈夫大丈夫。こればっかりは俺の役目だから」
ハントが峡谷の山肌と格闘し、付き添っていたビオンと共に一行の中で一番遅く頂上に着く。
「ん? どうしたんすか。皆さん固まって――うお!?」
これまで見てきた地域とは一変した光景が、眼下に広がっていた。
それは巨大な縦穴だった。
まるで大地が天に向けて口を開いているかのようだ。
直径は百メートル以上ある。
しかもこの縦穴は、自然の力が長い年月をかけて創りあげたものではない。
たった一体の竜が穿ったものなのだ……。
「こ、これが地竜ジルザールが掘り進んだという……地底界まで繋がる大洞穴ですか」
「お、大きい……」
ウォルシュとニーナも圧倒されて見入っている中、バルカは面食らったように大穴の外縁に生えている樹木を見つめていた。
寒冷な気候でも自生するヤシの木、フロストパームだった。
樹高四十メートルにも及ぶフロストパームが大穴の周囲を囲むように、ほぼ等間隔に並び立っていたのだ。
まるで農園だ。
「ネイル。あのフロストパームはお前達が植えたものじゃないよな?」
「ちがう。バルカ、前にも言ったように、俺たち、この辺りには近づかない」
「どうする? 木の上部……ロープが張り巡らされているし、樹液を採取する仕掛けが施されているのが見えるが……」
「……とりあえず下まで降りて野営の準備をしよう」
メトーリアの懸念に対してバルカはそう答えるのだった。




