第29話 レギオン
バルカ達はギルドハウスのホールから、クリスタル・ルームに移動していた。
王都メルバのギルドハウスには、レギウラ直轄パーティー用と、フリーランスの冒険者パーティー用の、二基のギルド・クリスタルが設置されているが、アルパイスの許可を得た一行は直轄パーティー用のクリスタル・ルームを利用している。
ホールにいたギルドマスターや受付嬢はいない。バルカ達三人だけだ。
「もう一度確認するが、お前が、たった一人のリーダーとして束ねたというのか……八千人の冒険者を、ただ一つの、パーティーとして……」
「そ、そうだが?」
「何故、そんなことが可能なんだ!?」
「な、なぜって言われてもな」
メトーリアは思わず詰問口調になりながら、バルカを問い詰めている。
思い返せば、バルカは群れとして率いている百名以上のフィラルオーク全員に、強化魔法を施していた。メトーリアはそれをオークという種族の特性が可能にしていたものだと解釈していた。
(だが、違うというのか……)
「なんつーか、当時可能にしたっていうか……なあ?」
レバームスはそれ以上は言わず、“お前が説明してやれ”と、目で訴えてくるので、バルカが続きを引き継ぐ。
「魔王がいた頃は、魔物は数を増し、種の違う魔物同士が連係を取っていたんだ。まるで兵種ごとに編成された軍隊みたいにな。そこで、こちらも対抗して“レギオン”という指揮能力を備えたものが数百から数千の兵力を、一つのパーティーとして率いて戦ったんだ」
「……」
「ところでメトーリア、今は誰かとパーティーを組んでいるのか?」
「……組んでいる。デイラ様やその護衛の者達と。アルパイス様の命令でリーダーは私だ」
「じゃあ、説明よりやってみる方が早い。まずは俺達で組む。いいな?」
「俺はいつでもいいぞ」
「……わかった」
バルカはクリスタル台座の制御盤の認証装置に手を置いた。
黒いガラス状の半球体の形をしている認証装置がバルカに反応する。
クリスタルが明滅し、光を放つと、バルカの眼前に少女型の器械精霊ギデオンが出現した。
「お帰りなさいっ、バルカ」
「ギデオン、頼む。レギオンを編成――いや新たに結成したい」
「ここにいる三名で? 随分小さな軍勢ですねぇ」
「とにかく頼む。ふたりの承諾は、今しがた得た」
「わっかりましたっ。では――」
ギデオンは両手を振りかぶると「ハイ!」と一声放って両手の指をパチンと鳴らした。
パーティー編成によるメンバー同士に生まれる“繋がり”とは、五感で感じられるものではない。
この世界と折り重なっているように存在している、霊界とも幽界とも呼ばれる別世界。
其処に存在するもう一つの体……霊体同士の結び付きのことを差す。
メトーリアは目を閉じ、自分の霊体に意識を集中する。
霊体に、デイラと組んでいるパーティーとは違う別の繋がりができているのを、確かに感じた。
メトーリアは目を開け、制御盤に近づくと左手で操作しながら、認証装置に右手を置く。
すると光の文字が投影された。
「たしかに、デイラ様とパーティーを組んだまま、それとは別の大きな枠組みに自分が編入されている。これが、レギオンか……」
メトーリアが提示された情報を読み取っている最中、バルカは、手で円を描き、囁くような詠唱を開始した。
バルカの掌に、魔法の炎が出現する。
そして次の瞬間、その炎が弾けた。
光のオーラが、レバームスとメトーリアを包みこんだ。
フィラルオークに施したのと同じ強化魔法だ。
「こ、これは!」
「おーおー懐かしいなこれ」
メトーリア達は今まで経験したことのない、強力な魔法効果による肉体と感覚の変化に驚き、レバームスは嬉しそうに、強化された体の動きを確かめるように体を動かす。
「『肉体強度』『魔法抵抗力』『敏捷性』『持久力』軒並み強化されてますネー」
「パーティーを組んだから、集団強化魔法もかけられる。ど、どうだ? メトーリア」
ギデオンが説明し、バルカはちょっと自慢げな顔で、メトーリアの様子を伺う。
メトーリアは今まで感じたことのない高揚と陶酔感に戸惑いながら、制御盤を再び操作し始めた。
期待していた反応とは違うメトーリアに、肩すかしを食らったバルカは、
「どうした? 何をしている」
と、尋ねた。
「……デイラ様達と組んでいるパーティーからは抜けておく」
「そんなことしなくても問題ないと思うが。俺だって今オークの群れを率いた状態のまま、レギオンを編成した。兼任は可能だ」
「複数のパーティーに同時に所属することなど、普通はできない。レギオンのこと、知られたくないないんじゃないか?」
「あっ……」
「だな。嬢ちゃんの言うとおりだ」
(さっき、ギデオンは指を鳴らすだけで、いとも簡単に私と、バルカとレバームスの霊体に繋がりを持たせた……)
今生の冒険者達は器械精霊を使役できない。
パーティーを組むには手動でクリスタル台座の制御盤を操作し、誓約の呪文を宣誓するなどの儀式的な手続きが必要なのだ。
(バルカとレバームス。彼らは、まだ私やアルパイス様ですら知らない、未知の知識や技術を隠しているのかも……いや、そう考えた方がいい)
メトーリアがそんなことを考えている最中、ギデオンがわくわくを抑えきれない様子で空間を飛び回っていた。そして……。
「う~~~~ん! バルカ! レバームス! 私も連れて行ってください!」
と、言い出した。
(今度は何だッ?)
パーティー脱退の手続きを終えたメトーリアが顔を上げる。
「あ、説明しとくな。クリスタルの器械精霊はサポート役として冒険者に『装備』させることも可能なんだ」
バルカは怪訝な表情になる。
「だが、ギデオンは解析や冒険者情報の管理や交信担当で、探索や戦闘向きじゃなかったろ?」
「あー……俺がギルドの支配から解放した器械精霊はギデオンだけなんだ」
と、レバームス。
「・・・・・・他の精霊達はどうしたんだ。レイやサーラ、フィーロンやキットとか」
「現在、外縁部のクリスタルでは交信不能だ。俺がギデオンを奪ったから、長老衆に警戒されたんだろうな。今、他の精霊達がどうなってるのかは分からん」
「だ・か・ら! ずぅぅぅぅっとこの十年、レバームスの命令で同盟のクリスタルが接続されてる霊脈網に潜伏して、情報収集ばーっかりやらされてたんです! 酷いですよ! 精霊づかいが荒すギィィ!」
「大げさに言いすぎだろ……それに命令じゃなくてお願いしたんだ俺は」
「器械精霊の創造者のお願いを! 私たちが拒否できないの知ってるじゃないですか! 命令と同じですよッッッッ」
「でもなぁ……同盟の動向を探るのにめっちゃ便利なんだよねぇ。お前さんを霊脈網に仕込ませとくと」
「バ、バルカ! 私が一緒ならクリスタルを使わなくても、いつでもどこでもパーティやレギオンの編成も、魔物の解析もできるし! その他オプション機能満載で超便利ですよ? ね? ね? ね?」
「確かに、それは魅力的だな……あーもうっ、顔のまわりをブンブン飛び回るなッ。わかったわかった。レバームス、連れてってやってもいいだろ?」
キッとレバームスを睨むギデオン。
レバームスはお手上げとでもいう風に両手を上げて、バルカとギデオンを交互に見た後、
「いいよぉ、許可する」
と、ぼやくように言った。
バルカが手を上げ、ギデオンがその巨大な手に自身の小さな手を合わせた。
互いの手を合わせることで霊的な誓約が結ばれる。
こうして、ギデオンはバルカに『装備』されることになるのだった。
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