第27話 追跡してきたもの
バルカはメトーリアとレバームス、ネイルを伴って、ハーブ園を駆け抜け、フィラルオーク達の野営地にたどり着いた。
バルカの姿を見て、オークの同胞達はすがり付くようにして、彼のところへ集まり、口々にオーク古語で何やら叫び立てる。
「ロ・バルカ!」
「ゴウル・ウルドッ・ロ・バルカ!」
「ナル・ハガル・ゴウル・ウルド・バルカァァ!」
「ニド・ヒム! ニド――」
フィラルオーク達は騒然としていた。恐慌状態寸前だ。
「ガアアアアアアアアアアア――――――――――!」
バルカは凄まじい咆哮を放ち、
「落ち着け!」
と、これまた兵を率いる戦将としての、鳴り響くような大声で同胞達を叱咤した。
フィラルオーク達はビクリと身をすくませて、押し黙った。
バルカは、最も近くにいたルドンという名の、北の牧草地で決闘した戦棍使いのフィラルオークに問い質す。
「ルドン、ニド・デミカ?」
「ウ、ウルド。ナル・ハガル……ニド・ヒム。ナル・ハガル・ロ・バルカ……」
ルドンの返事を聞いたバルカは、スンスンと鼻を鳴らしながら、周囲を見渡す。
「バルカ、彼らは何と言ってる?」
「う、うむ。えっとな……」
メトーリアにどう言おうかバルカが迷っている隙に、レバームスが素っ気なく答える。
「魔物の臭いがするって言ってんだろ?」
「お前!? 何でオークの古語が分かるんだ?」
「極めて原始的な言語だ。道中会話を聞いてるうちに大体、分かるようになった。“ウルド"ってのはモンスターとか魔物を指す言葉だろ? しきりに彼らは“魔物の臭いがする”と言ってる」
「そうだ。たしかに、妙な臭いがするし、気配を感じるんだが……」
「聞き慣れない単語もあった。ニド・ヒムってなんだ?」
「“肉の紐”とか“肉の細長いもの”って言葉を意味するが、わけわからんだろ?」
「“肉の紐”ねえ……」
「元々住んでいた北の沼地のことをネイルに聞いてるときも、ニド・ヒムを連呼していた。まさか、そこの魔物が同胞達を追って来たのか?」
「さて、それはわからんが……」
レバームスと会話している間も、バルカはしきりに臭いを嗅いでいる。
メトーリアもなにやら異様な気配を感じてはいるようで、身構えていた。
何かがいるのはたしかだ。
しかし、姿が見えない。
バルカの鋭敏な感覚をもってしても、居場所が特定できないのだ。
「すぐ近くに存在を感じるのに実体は無し、か。となると、肉体の感覚では捉えきれない処にいる系のやつじゃないか? ギデオンみたいな精霊のように、肉体より霊体がメインの奴」
レバームスが指摘すると、バルカはおもむろに戦斧を構えたまま、意識を肉体ではなく自らの霊体の方に集中した。
落ち着いてきたとはいえ、まだざわついているフィラルオーク達の声や、身動きするときにわずかに生じる音……それらが遠ざかるように消えていく。肉体が存在する世界より、魔法やスキルの源である霊力を生み出す、霊体が存在する世界へと意識を近づけていく。そして、入っていく。
――不意に、頭上に不吉な気配を感じ取ったバルカは跳躍した。
巨躯の体重を感じさせない、宙を舞うような動きだった。
メトーリア、レバームス、フィラルオーク達がバルカの姿を追うために一斉に頭上を見上げた。
だがその時には、すでに肉を切り裂く音がしていた。
バルカが“何か”を戦斧で真っ二つにしたのだ。
悲鳴をあげて、フィラルオーク達はバルカに叩き斬られて落ちてきたモノから遠ざかる。
「何だ何だ?」
好奇心に駆られたレバームスは調べるために逆に落下物に近づき、膝をついて観察し始めた。
……それは、一見すると生き物なのかも判別しがたい奇妙な形状をしていた。
だがよく見ると体全体が巨大な眼球であり、皮膜のある四枚羽根を生やしている小型の魔物だった。
「一体それは?」
メトーリアはレバームスの肩越しに覗き込む。
彼女が今まで見たことのないタイプの魔物だった。
「色や形が知ってるのと違うが……これは、プローブ・アイか?」
バルカは、自分が斬ったモノのを一目見て、驚きの声を上げる。
「だな。今となっては見るのは極めて珍しい」
「これが、ニド・ヒム。肉の紐の正体かな?」
「いや、コレ、細長くはないだろ?」
プローブ・アイは真っ二つにされたのにもかかわらず、流れ出る体液は僅かで、やがてくすぶっている焚き火から立ち上る煙のようなものを体から発散し始めた。
「と、溶けて――いや、崩れていくぞ?」
「なんだメトーリア。アクアルの狩り場にはこの手の魔物はいないのか。こいつは肉体より霊体本位の生き物なんだ。だから死ぬと殆どの場合、体がすごいスピードで崩れて消えてしまう」
「僅かな部位でも残ればけっこうなレア素材になるんだがな。しかしこれでフィラルオークを住み処から追い出した“ニド・ヒム”なる魔物の事が少し分かったぞ。プローブ・アイは魔王や他の魔物に使役される偵察用の使い魔だ」
「……同胞達はプローブ・アイから発する臭いが住み処を奪った“恐ろしいもの”の臭いだといっている。つまり――」
北の湿原に現れた魔物の正体は依然として不明だが、すくなくともプローブ・アイを引き連れて、使役できるほどの魔物の上位種ということになる……。
「さて、と。どうするよバルカ」
「…………これはパーティーを組む必要があるな」
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